その一 兵助、怒りの鉄拳!
ぱくり・八丁堀の七人「兵助、怒りの鉄拳!七年前の殺しの秘密を暴け!!」
その一
兵助は怒っていた。
「まったく、もう!どいつも、こいつも、へらへらしやがって!」
その大きな声に北町奉行所の門番は驚いたが、兵助は振り向きもせずに大股で歩きだした。
小雪が舞う寒い日であった。
顔にあたる雪の粒からも湯気が出てきそうなくらい、兵助の顔は高潮していた。
北町奉行所同心・松井兵助。
同心となってからどれほどの時がたっただろうか。勤めには、ずいぶん慣れてきた兵助である。
しかし、時折、のらりくらりして勤めをさぼりがちな同僚たちに、いらいらすることがあった。
先ほども、奉行所内の囲炉裏端で茶をすする磯貝総十郎や吉岡源吾が、上役の悪口を言い合うのにほとほとあきれてしまった。
もちろん、直属の上役・与力の青山久蔵に対しての憤りや不満は、皆と同様に感じてはいる。
青山は、部下に対して、口が悪く態度が悪い。思いやりの言葉ひとつかけず、同心たちを手駒のごとく働かせる。
しかし、青山の悪人を捕らえる腕は確かだった。この「剃刀久蔵」の下で働き、下手人をあげることは、兵助の喜びでもあった。
……あれは、いつのことであっただろう。※
座敷に立てこもった盗賊の手下。それを捕らえようと皆必死だった。
「生きて捕らえるのが御定法」
北町奉行所同心としての心得であった。
しかし、兵助は、その手下の太吉を斬った。
同僚である同心・古川一郎太が斬られそうになるのを、かばって斬った。
その太吉は、一郎太の幼なじみだった。
一郎太には、「太吉を斬るぐらいなら、自分が斬られた方が良かった」と叫ばれ、太吉の母や近所の者からは、「太吉はそそのかされただけだ。斬るなんてひどすぎる」とせめらたてられた。
……だけど、あの時、八兵衛さんは黙って聞いてたなぁ。
「憎むことも生きる力なる。私を憎めば生きてくれるだろう」
自分は憎まれてもいい、息子の後を追って死なないように。と、願う仏田八兵衛の優しさは、あの時の兵助の心にしみた。
過去の事柄を思い出しているうちに、兵助の心も落ち着いてきた。
歩みを止め、肩に降りかかった雪を手で払い、舞う雪を見つめた。
往来の人々は、寒さに身を縮めながら、足早に歩いている。
……青山様は、報奨金を太吉のおっかさんに渡したんだった。
「おいらがもらうぜい」
百両もの大金をあっさりと自分の懐に入れた青山。青山の飲み代に消えるのか思いきや、青山はその百両を太吉の母親へと渡した。
「あの母親の涙を忘れちゃいけねぇ」
あの時、兵助は、青山の非情な表の顔の裏に、町の者をいたわる慈悲深さがある意外な一面を知った。
原作・Answer警視庁検証捜査官第5話「謎の墜落死!? 娘を二度失った母…!!」
※第二回千両箱に罠を張れ!狙われた同心の娘