コンビニおにぎりは危険?

  • コンビニおにぎりと弁当は危険!原価5円?添加物まみれで健康被害の恐れ

と題するBuisiness Journalの記事(書いたのは食品ジャーナリストの郡司和夫さん)が話題になっている。「コンビニおにぎり」+「原価」または「添加物」で検索すると、この記事をシェアしたページがたくさんヒットする。
しかし、一読して私は、この記事は信用できないと判断し、根拠を調べてみた。結論として、コンビニおにぎりで使われているグリシンの健康リスクは無視して良い。また、原価5円という計算も、怪しい。
まず、グリシン問題から検討する。郡司さんは、「人間の体内でつくられるアミノ酸のグリシンと、人工的につくられた添加物のグリシンとは別の物質」と書いているが、これは明らかに間違っている。人間の体内で作られようが、化学合成されようが、グリシンはグリシンだ。この記述を読んだ時点で、この著者に対する私の信頼は、ゼロになった。
これに続く次の記述も典型的な印象操作であり、科学者としては絶対に支持できない。

  • もっとも心配されるのが過剰摂取です。「食品添加物公定書」という公的な専門書には、グリシンをモルモットに大量に与えると、筋緊張の消失と一過性の完全麻痺が起こったという報告があります。

食塩であれ、砂糖であれ、過剰摂取すれば毒だ。どれくらい摂取すれば健康被害が生じるのか、コンビニおにぎりを食べてその摂取量に達する可能性があるのかを検討しなければ、有害かどうかの判断ができない。「どれくらい摂取すれば健康被害が生じるのか」をはかるための一般的に使われる指標は、LD50だ。ラットに投与した場合に、半数のラットが死んでしまう量のことである。グリシンのLD50については、

にデータが記載されており、3,340 mg/kg. これは塩化ナトリウム(食塩、LD50=3,000mg/kg)と同レベルだ。体重60kgの人が200g食べる場合に相当する。コンビニおにぎりが111gなので、仮におにぎり全部がグリシンでできていたとしても、LD50には届かない。
記事にも書かれているように、グリシンは睡眠用のサプリメントとして市販されている。このサプリメントの服用量の目安は、3gとされている。コンビニおにぎりにグリシンがどれだけ使われているかは検索してもデータがヒットしなかった。ごはんにつやを出すために使う場合、生化学実験を日常的にやっていた経験から判断すると、生米40g(おにぎり1個分)に対してたぶん100mg程度だろう。この程度の量で健康被害が生じるとは考えられない。
なお、コンビニおにぎり1個には塩分が1g以上含まれているので、健康管理上はこちらのほうが問題だ。食塩の摂取量が多い人は、高血圧になりやすい。現代の食生活で食塩が不足するという状況は考えられず、食塩の摂取量は少なければ少ないほど良い。健康被害を気にするなら、グリシンよりも食塩の取り過ぎに注意すべきだ。手作りのおにぎりでも、しょっぱいおにぎりを作れば、塩分はすぐに1gを超えてしまう。コンビニおにぎりよりも塩分が多いという場合も少なくないので、注意しよう。
次に、米の原価を考える。記事では、以下のように書かれている。

  • 「コンビニおにぎり1個の原価(コメのみ)は、間違いなく5円以下です。昨年などコメの取引価格が暴落して、産地によって違いはありますが、多くは60キロ(1俵)7000円台で生産者から卸業者へ売られています。コンビニおにぎりに使用されるコメは1個当たり80グラムほどですから、7000円台のおコメで計算すると、1個3円程度です。少し高いコメを使っても5円以下のはずです。」

ソースが書かれていないので、「米」「価格」で検索して、調べてみた。
JA新聞電子版の以下の記事に数字があった。

この記事に、平成26年の米価格の暴落について、以下の記述がある。

  • 「中小の米卸が、26年産米への資金調達目的もあり、在庫として抱えていた25年産米を銘柄に関係なく搗精代込みで1kg180〜190円という超低価格で外食へ投売りしたのが、米価暴落のきっかけだった」

郡司さんの「60キロ(1俵)7000円」を1kg当たりに換算すると117円であり、「1kg180〜190円という超低価格」よりもはるかに低い。このようなケースもあったのかもしれないが、この価格で全国のコンビニのおにぎりに必要な米が購入できたとは思えない。
「Wikipedia米価の変遷」によれば、大阪コメ先限年間平均価格は、60キロ(1俵)10,727円。換算すると1kg179円であり、JA新聞の記事とほぼ一致する。したがって、「7000円台のおコメで計算すると、1個3円程度です。少し高いコメを使っても5円以下のはずです。」という推定は、過小評価だろう。
また、これはあくまでも米価が暴落し、新米価格が古米価格より安かった平成26年の話だ。この年にコンビニおにぎりがもうかる商品だったことは確かだろうが、もうかったのは他の外食産業も同じだ。平成25年以前であれば、原価はさらに高かったと推定される。
いずれにせよ、原価が3〜5円という数字をあげて、コンビニおにぎりのイメージダウンをはかり、健康に悪影響があるという自分の主張への支持を高めるというやり方は、典型的な印象操作であり、記事の書き方として支持できない。原価の問題と、健康への影響の問題は分けて考えるべきだ。
コンビニおにぎりは、国産米が使われているので、郡司さんの記事の影響でコンビニおにぎりの消費が減れば、国産米の価格をさらに押し下げる効果を持つ。それは、米をつくる農家を苦しめることになる。また、コンビニおにぎりには国産のノリが使われている。ノリ養殖業もさまざまな困難をかかえており、コンビニおにぎりの消費が減れば、打撃を受ける。ノリ養殖が減れば、それだけ海から取りだされる窒素量が減り、有明海などの富栄養化を促進する。
農業や生態系を守るうえでは、消費者の賢い選択が大きな役割を果たす。郡司さんの記事でコンビニおにぎりの消費が減ることは、日本の農業にとっても、生態系の保全にとっても、悪い影響があることを理解してほしい。