平和論ノート(2)平和をたぐり寄せる
この記事は「森達也とか外交とか」「失敗、責任、反省、改良」「「やむをえない犠牲」はお前が負え」を素材として加筆・修正を施したものです。
失敗の認識と責任の追及
数年前の某TV番組で、野坂昭如が「ミサイルが飛んできたら終わりだ」という旨の発言をしていた。私は、当時から一貫して、この考えに強く共感を覚えている。
確かに、ミサイルが飛んできた時点で世界が滅亡するわけでもなし、その後のことも考えないわけにはいかない。迎撃や反撃などの直接的な対応策や、被害に対する救助・支援体制などについても予め議論しておく必要はあるだろう。だが、撃ってこられた後の対応策についてはひとまず措くとして、撃ってこられたこと自体が外交における一つの失敗であることは認めなければならない。
「撃つか撃たないかの選択は最終的には相手の判断に委ねられるから、こちらが操作可能な範囲を超えている」という見解は、それ自体として正しい。だが、そうだとしても、ここで言う失敗が失敗であることは変わらない。なぜなら、政治的責任とは結果責任を意味するからである。結果責任としての性質は政治的責任に固有なものではなく、「立場に基づく責任」に共通する性質である。この性質を有する責任が問題となる場合、責任の有無と大小は、当事者がベストを尽くしたか否かではなく、専ら結果によって判断される。
市場における交換を想起すればよい。相手の利益に適うような内容でなければ、交換を実現することは出来ない。そこで重要なのは、相手のニーズを満たすことであって、こちらがベストを尽くすことではない。「私は一生懸命営業したので、商品が売れないのはお客様側に問題があるのだと思います」とのたまう部下を、上司は迷いなく解雇するだろう。外交交渉においても同じことが言える。無論、相手を利してばかりでいるわけにはいかない。市場における交渉と同様に、いかに少なく与えて多く得ることができるかが外交手腕の発揮のしどころである。そうした交渉の結果に応じて、政治的責任の如何が判断されなければならない。
「止むを得ない犠牲」と平和をたぐり寄せる方法
同様の問題は、国家間の外交関係だけに限られない。テロや暴動についても同じことが言える。体制へのカウンター的な暴力というのは、端的に、体制側の政治的失敗を意味している。直接的な暴力を発露させたことそのものが、明白な失敗の証拠である。そこでは確実に人が傷つき、命を落とすのである。治安を預かる立場の人間にとって、これが失敗でなくて何であろう。それが政治的失敗である以上、政治的責任が問われて然るべきである。ところが、「少々」の暴力の発露だけでは、政治的責任を追及する根拠として十分とされることが少ない。
それは、多くの人が、どこかで「この程度の」犠牲者は「仕方ない」と思っているからである。「仕方ない」という意識が広範に存在する限り、それは失敗とは認識されない。失敗と認識されない限り、基本的に同じ方針が継続され、結果としての犠牲者は生み出され続ける。そこでの犠牲は、「止むを得ない犠牲 neccesary cost」として正当化され、予め勘定に入れられているのである。
しかしながら、「止むを得ない犠牲」とは、被害者の側からすれば「強制された流血と死」でしかない*1。爆風に吹き飛ばされる瞬間に、あなたは「仕方ない」と思えるだろうか。確かに暴力を消去することはできないが、それは決して「止むを得ない犠牲」が存在することを意味するわけではない。暴力は決して避けられないけれども、同時に道徳的には決して正当化できない。暴力の不可避性に寄り掛かって「犠牲者」が生まれるは「止むを得ない」と語るのは、いかなる対象についてのいかなる種類の暴力においても、欺瞞以外の何物でもない。
現実には、われわれは誰かに「犠牲」を強いずに生きることは難しい。では、「犠牲」をできる限り避けるためにはどうすればいいのか。失敗から学べばいいのだ。これまでの失敗に学び、「犠牲」をできる限り小さくするための方法を考え、実行すればいいだけのことである。そのためには、まず失敗が失敗であると認識されなければならない。安全保障政策や治安政策において、人の命を「止むを得ない犠牲」として予め勘定に入れることをできる限りさせないよう、政府および社会全体に訴えかけていかなくてはならない。それは、意識面では「止むを得ない犠牲」など存在しないということを訴えるという方法に拠り、政策面では、止むを得ないと考えられている犠牲が実は避けられる犠牲であることを丁寧に示していくという方法に拠るであろう。こうした営為こそ、平和を希求する者が遂行すべき使命である。平和を諦めてなお平和を望むなら、これが進むべき道である。
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