シューティング冬の時代

ここ20年SFマニアをしている人間から言わせると、「あーはいはい冬の時代ね」と鼻で笑うような感じですが、

  • ファンを驚かせるような作品が出る
  • そのファンをさらに驚かせるような作品が出る
  • 繰り返していくうちになんか「ファン以外が見ると理解できない作品」に畸形化していく

というのはどこでも行われる事なんだなーと思います。帝政ロシア末期からソヴィエト初期にかけてのロシア文学とか、20世紀半ばから後半にかけての現代音楽とか、それこそニューウェーブからこっちのSFとか。
特に、シューティングゲームは現時点では遊ぶ人間が固定化しているので畸形化が非常に激しく見えますが、作っている側は別に「ファンに向けて」作ってるわけじゃなくて、「これが絶対面白いんだ。やったことがない人でもやってみれば絶対判るから!」と思いながら作っているのは確実だと思います。弾幕系のゲームとスターソルジャーでどっちが簡単かというのはちょっと難しい問題ですが(そもそも、スターソルジャーの原型になったスターフォースは現在の弾幕系シューティングの始祖だと思う。元テーカンの上田さんすごい)、あの頃あれが爆発的にはやったのは先入観が非常に少なかったからだと言うだけの理由で、それ以上のものではないと思います。


文化というのは難しいもので、畸形化が進んだ文化はいったん廃れて後で再評価されることなんかざらです。廃れている間、商業的な市場規模は確かに小さくなりますが、だからといってなくなるわけではありません。むしろ、常に上昇志向な市場なんてのは幻想な訳で、経済的には波を繰り返しながら進んでいく形になります。
今、商業的な市場規模が縮小に向かっているように見えるからといってそれを「廃れた」と言うほどのものではないでしょう、きっと。
シューティングは浸透し、拡散し、シューティングの持っていた快楽が世界に偏在するようになってジャンルとしての「シューティング」が廃れたように見えても実際の文化はより多様性を増す形で変化していくと思います。
ほら、「Perfume」というただ一つのアーティストでテクノポップが20年の時を得てよみがえってみたり、当のPerfumeが畸形化して一般からだいぶ遠ざけられた「現代音楽」(ポリリズムは現代音楽の一ジャンルです)を取り入れてヒットしてみたり、よくわからないブレイクスルーがどこかからくると思うし、むしろそういうブレイクスルーを作ったりすることこそがクリエイターに求められてるんだろうなー、と、商業クリエイターとしては思うですよ。ええ。
(追記)
「段幕」じゃなくて「弾幕」です。ありがとうですしゃあるさん。
ちなみに畸形化の最先鋒は誰が何というと「エロゲー」です。gamers life(というメールマガジン)を毎週見ていると、何がどうなっているのやらって感じです。絶対これ、100年後に「20世紀末から21世紀初頭にかけてのエロゲー」という論文で学術的にとらえられるって。何万本も売れる文学的な泣きゲーじゃなくて、純粋な抜きゲーの畸形化はすごいです。
あー、「さよならを教えて」もう一度やりたいなー。ものすごい心揺すられるゲームなんだよね。