池田信夫の捏造

昨年の暮れに「捏造された「朝日新聞の捏造」?」というエントリを書いた際にも指摘したことですが、「慰安婦」問題否認論者の大半に共通するのが「朝日新聞による捏造」という認識です。先日言及したこのエントリも同様です。

1991年8月に元慰安婦の金学順が日本政府に対する訴訟の原告としてカミングアウトしたときは、「親に40円でキーセンに売られた」と訴状に書いていた。ところが朝日新聞の植村隆記者は「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人が名乗り出た」と報じ、これが騒ぎの発端になった。


西岡力氏もいうように、これは誤報ではなく意図的な捏造である。なぜなら植村記者の妻は韓国人で義母が訴訟の原告団長だったので、韓国語の読める植村記者は訴状の内容を知っていたはずだからである。彼はこれが単なる人身売買である事実を知りながら、義母の訴訟を有利にするために「日本軍の強制連行」という話にしたのだ。
(http://blogos.com/article/44513/)

読み流しただけではこれに騙される人もいるかもしれませんし、書いている本人も自分を騙しきっているのかもしれませんが、ちょっとでも真面目に検討してみると、これは「捏造」の指摘になどまるでなっていないことがわかります。
ポイントは「親に40円でキーセンに売られた」という記述と「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた」という記述の間には何の矛盾もない、という点です*1。この2つが矛盾しているように思えるとしたら、それは「売春に従事するようになったきっかけ」という場面でしか「強制」を問題にしない・できない女性観、性暴力観をもっているからです*2。「親に売られた」だけであれば、国家が負う責任は身売りの背景にある構造的な貧困に手を打たなかったこと、事実上の強制売春の場であった公娼制を廃止しなかったこと、といった不作為への責任に留まります。しかし売られた少女に軍の兵站施設で売春させ、廃業の自由を保障せず、不当な拘束を加えたり将兵による虐待を放置した……となれば、軍は強制売春に積極的に加担したことになるのです。たとえ親に売られた女性であっても、です。
なお、「義母の訴訟を有利にするため」というのも意味不明な言いがかりでしょう。訴訟において金学順および弁護団は「親に売られた」という事実を隠してなどいません。その事実を前提として訴訟を提起し、裁判所もその前提のもとで「軍隊慰安婦関係の控訴人らに対する旧日本軍の措置に強制労働条約及び醜業条約に違反する点があった可能性は否定できない」などと認定しているのです。

*1:「女子挺身隊の名で」という部分については、「慰安所」制度に関する知識が、現在と比べて当時は乏しかったという事情に由来するミスに過ぎません。

*2:これは当然、「自分の意志で売春婦になったのなら、どんな目に遭おうが自業自得」といった、セックス・ワーカーへの差別的な意識と通底しているでしょう。