沖縄戦「集団自決」に関する教科書検定をめぐって

多くの人々が亡くなったばかりの時点でこういうことを書くのはちょっと不謹慎のような気がして控えていたのだけれども、二つの出来事を対比してみる時どうしても頭を去らないことがある。ビルマ軍がデモ隊を武力鎮圧し日本人カメラマン長井健司さんが亡くなったことに対して、ビルマ政府に抗議しその責任を追及することに疑問を差し挟む見解というのはただの一つも見かけなかった(もちろん、私がみた範囲で、だが)。しかし「外国人ジャーナリストを射殺せよ」に類する軍中央なり政府なりの「命令書」が見つかったという事実はもちろんないわけである。外国人ジャーナリストを特に指定して射殺せよという命令が出ていたか否かはビルマ政府(軍)の責任を論じるうえで二次的、三次的な問題でしかない、と考えるならば、同じロジックは旧日本軍の戦争責任を考える際にも用いられねばならないだろう。


さて、11万人を動員した沖縄県での県民大会を受けて、政府側にも「集団自決」をめぐる教科書検定について譲歩する動きがでてきている。ここで肝心なのは、この一連の出来事を「沖縄県民の声と、それを支持する他都道府県市民の声によって検定を事実上撤回させた」という物語に還元してしまうことなく、当初の検定の不当さをきちんと明らかにし記憶し続けることである。というのも、動員による圧力それ自体は、例えば「従軍慰安婦についての記述を歴史教科書から追放する」ためにも利用されうるからである。現に政府内には「沖縄県民の気持ちに配慮して」云々といった言い草が見られるが、「気持ち」への配慮によって枉げてよいものとそうでないものとが存在する。集団自決が軍の「命令」によって発生したことが沖縄の人々にとって圧倒的なリアリティであること、これ自体は事実であろう。ただ、そのリアリティを「気持ち」に還元してしまい、日本社会全体がそのリアリティを共有すべき根拠について今後も語り続ける努力を怠るなら、今回の事例が将来悪用されないという保証はないだろう。