7月22日、ミュンヘン市のショッピングモールで起きた拳銃乱射事件はドイツ国内に大きな衝撃を与えた
7月22日、ミュンヘン市のショッピングモールで起きた拳銃乱射事件はドイツ国内に大きな衝撃を与えた

7月18日 ヴュルツブルグ近郊での難民による列車乗客傷害事件
7月22日 ミュンヘン市のショッピングモールでの拳銃乱射
7月24日 バーデン・ヴュルテムベルグ州・ロイトリンゲンでの難民による刃物殺傷事件
7月24日 バイエルン州・フランケン・アンズバッハでの難民自爆テロ

 7月、ドイツでは国内全土を震撼させる凶悪事件が立て続けにおきた。これほどの頻度で事件が連続発生した例は過去になく、異常とも言える事態だ。中でも7月22日に発生したミュンヘン市北西部のオリンピア・ショッピングモールにおける拳銃乱射事件は、一瞬のうちに、世界の注目をミュンヘンに集中させた。

 事件を振り返っておこう。犯人はミュンヘンに生まれ育った18歳のイラン系ドイツ人。事件収束後の23日の家宅捜索では、イスラム国テロへの直接関連を示すものは発見されなかったが、精神異常者による銃の乱射事件(アモック)への関心を示す本・記事収集などの証拠物件が数多く発見された。犯行直前、架空名でフェイスブックのアカウントをつくり、不特定の若者たち宛てに、事件現場となったファーストフード店で無料あるいは格安で飲食できるとの勧誘メッセージを送っていた。

 犠牲者は、死者9人、負傷者35人。ドイツ人のほかに、コソボ、アルバニア、トルコ、ギリシャ、ハンガリーからの出身者である。犯人には、鬱病の病歴があった。遺書は見つかっていないが、自ら頭を撃ち抜き自殺した。犯行に使われた9ミリ口径の拳銃「グロック」は、インターネットサイト「ダークネット」を通して入手されたことが明らかになっている。

 武器購入費の出どころやリュックに詰めていた300発の銃弾の入手経路は、今も不明だ。25日現在、警察は、犯人といっしょに架空のフェイスブックアカウントで同招待メッセージを発信していたアフガニスタン系の16歳の少年から事情聴取している。

事件現場の様子。花束で埋まり、周囲は静まり返っていた。
事件現場の様子。花束で埋まり、周囲は静まり返っていた。
自殺した犯人が犠牲者を誘い出した現場近くの様子。
自殺した犯人が犠牲者を誘い出した現場近くの様子。

 事件発生から3日後、現場を歩いた。通常は、大勢の人々が行き交う歩道は、花束で埋まり、胸がふさがりそうになる。祈祷用の蝋燭独特の香りが漂い、ショックと心痛感で、妙に静まり返っていた。

 ミュンヘンに住む筆者は当時、自宅で、ラジオをつけて夕食の支度をしていたところに、同事件のニュース速報が入った。

 事件発生直後22日の夕刻、「少なくとも3人のテロリストが逃走」と住民への自宅待機がよびかけられ、ミュンヘンの公共交通機関は、すべて止まった。ミュンヘン市内に入る高速道路も、警察や救急支援車を優先するために一般車の交通は規制された。タクシーも、犯人の逃走に使われる可能性が高いため、運転手は警察当局からなるべく乗客を取らないようにとの指導が入った。ミュンヘン市内は夜にかけて、多数の帰宅できない一般市民や観光客であふれた。

 ミュンヘンの事件現場のあるバイエルン州は、周辺州の警察やオーストリアの特別機動隊の支援を受け、2300人体制で事件に対応した。消防救急医療スタッフも総動員され、最終的には4000人体制となった。

後手に回った政府対応

 一方で、政府の対応は後手に回った。ベルリンなどがある北ドイツは、夏休みシーズン入り直後だったためだ。休暇を取りやめてベルリンに戻ったメルケル首相は7月23日、事件の犠牲者への哀悼とバイエルン州の警察関係者の貢献をたたえたものの、対応の遅れに対する非難が各方面から出ている。

 そして、今後批判が噴出することが間違いないのが、メルケル首相の難民受け入れ策だ。2015年夏以来、中東・北アフリカから受け入れた難民は100万人にのぼる。一方で、ドイツに流入した難民の社会への融合は思うように進んでいない。相次ぐ事件の背景には、難民問題があるとの論調が、事件直後からドイツ各主要紙、その他メディアで目立つようになっている。

 「将来への希望が持てず、社会不安が募ると、暴力行為が頻発に起きる。ドイツ社会から落ちこぼれる移民たちが増えるほど、差別意識は高まり、暴力がさらにエスカレートするリスクがある。100万人という規模でドイツに存在する移民問題に慎重に対処しないと、こうした事件はさらに増えるだろう」。ビーレフェルド大学のアンドレアス・ツィック社会学教授は地元のメディアに語っている。

立て続けに起きた凶悪事件

 残念ながら、現実はツィック教授の指摘どおりになった。

 7月24日、ドイツ南部のロイトリンゲンで、シリアからの難民認可申請中の男性が、ポーランドの女性を刃物で殺害。通りかかったドイツ人たちにも傷を負わせた。同じ日、今度はミュンヘンの北200kmに位置するアンズバッハ中心街のコンサート場入り口で、シリア難民が自爆した。来場者たちが多数巻き込まれ負傷している。死亡した犯人は、正式に難民認可がとれず、期限付き滞在許可を得ていた。鬱病歴があり、警察の犯罪リストにも登録されていた。最新の捜査情報では、過激派組織ISとの関係が、確認されている。

 戦禍で祖国を追われ、困窮している難民の滞在を認めることは、人道上、誰もが認めなければならない。一方で、大量の難民が一度にドイツ社会に押し寄せ、様々な問題を引き起こしているのも事実だ。これまでにない凶悪な事件が頻発したことで、ドイツの難民受け入れ政策は、岐路に立たされていると言っていい。

 メルケル首相の所属するキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、党として何度も、彼女に方針転換を促している。これまでメルケル首相に理解を示してきたヨアヒム・ガウク・ドイツ連邦大統領も、「もう受け入れるキャパシティがない」と発言し始めた。

 バイエルン州に本拠地があるCSUは、メルケル首相は、首相として、第一にドイツ国民を守るべきだと主張している。難民流入に対し連邦として国境警備もおこなわず、貧しく生活保護を受けるドイツ人の食糧まで、難民に回すことは、ドイツの基本法(憲法)に反するとして、すでに連邦最高裁に訴えを起こしている。

 7月26日には、ドイツ連邦各州の内務大臣たちが、自主的に国内治安維持会議をもち、難民登録の厳格化を検討した。今後は、犯罪歴のある難民への滞在許可条件を厳しくしたり、2000人以上のコンサートは、必ず主催者と警察が安全性をチェックしたりするなどの具体案を話し合っている。

 メルケル首相は今のところ、これらの意見を聞く姿勢は見せていない。

トルコに頼りすぎた難民対策

 しかし、メルケル首相も徐々に追いつめられてきている。最大の問題は、難民対策として頼りにしてきたトルコの政情不安だ。メルケル首相が事実上采配するEUは、トルコに対してビザ無しでEU圏に入国できる案を提示、さらに60億ユーロ(約7000億円)以上の支援金を拠出する見返りとして、ギリシャに滞留している難民をトルコで収容するように依頼している。

 ところが、トルコではクーデター未遂がおき、トルコ国内はそれどころではなくなってしまった。

 タイミング悪く、6月2日に、長年ドイツ連邦議会で懸案であった「オスマントルコのアルメニア虐殺」を認定したため、エルドアン大統領の機嫌を損ねており、ISに備えてNATO軍としてトルコに駐屯しているドイツ兵士たちを、ドイツの国防相が、訪問さえできない状態になっている。

 昨年9月に、難民を受け入れの寛容策を発表し、世界から賞賛を浴びたメルケル首相。しかし、その計画性のない難民受け入れ策が、ドイツ全体を苦しめている。今回の悲惨な事件は、図らずもその重い代償となってしまったといえる。

 メルケル首相は記者会見で、「犠牲者に哀悼の意を表します。治安安定のために、警察官を増やします」という表現を繰り返すことが多くなった。「難民」という言葉は、なるべく避け、問題の本質から目を背けているように聞こえる。

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