国鉄の分割民営化で、JR7社体制に移行してから4月で30年を迎える。その間、東海道新幹線の収益力に磨きがかかり、超電導磁気浮上式鉄道(超電導リニア)の建設着工までに至った。その一方で、JR北海道のようにローカル線の赤字路線に経営が圧迫され、収益安定の見通しが立たない会社も出てきた。

 国鉄の分割民営化から東海旅客鉄道(JR東海)の経営まで主導し続けた葛西敬之名誉会長は、今のJRをどのように見ているのか。また代表取締役の立場から今後30年の展望も聞いた。

<b>葛西 敬之</b>(かさい よしゆき)氏<br />1940年生まれ。63年東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。69年米ウィスコンシン大学経済学修士号取得。国鉄では多くの経営計画業務に携わる。87年東海旅客鉄道(JR東海)発足と同時に取締役、95年に社長就任。2004年に会長、2014年から現職。1990年から代表取締役を務める。国家公安委員など政府の要職を歴任。(写真=村田和聡)
葛西 敬之(かさい よしゆき)氏
1940年生まれ。63年東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。69年米ウィスコンシン大学経済学修士号取得。国鉄では多くの経営計画業務に携わる。87年東海旅客鉄道(JR東海)発足と同時に取締役、95年に社長就任。2004年に会長、2014年から現職。1990年から代表取締役を務める。国家公安委員など政府の要職を歴任。(写真=村田和聡)

国鉄の分割民営化を主導した立場から、JR各社の経営をどのように見ていますか。もっと収益を高められる余地はないのでしょうか。

葛西:JR各社についてつぶさに把握しているわけではありませんが、経営の特徴をこのように見ています。

 JR東日本は首都圏の鉄道の安定的な強さと、首都圏の不動産開発によって力を強くしようとする会社。JR東海は端的に言って、「東海道新幹線会社」です。

 JR東日本の華が不動産開発だとすると、JR東海の華は鉄道輸送で、西日本はそのちょうど中間に当たります。九州は関連事業が華というように、それぞれ個性があります。

 JR四国は仕方がない面がありますが、JR北海道は30年間を本当に有効に使ったかを検証してみるべきです。やり方がいろいろあったんだろうと思います。

地理的な問題だけではないということですか。

葛西:と思うんですよ。デンマークは北海道と同じくらいの人口で、(鉄道事業は)それなりにバランスしています。

 JR北海道は借金ゼロの上に、6822億円の経営安定基金を持ってスタートしました。金利が下がったから稼げなくなったというだけでなく、もっとファンダメンタルな経営戦略で問題はなかったのでしょうか。

 戦略を立てたらそれを実行する筋肉があったかどうか。30年間、本当は何ができたのかどうかをよく見た方がいいと思います。

 大きな事故が起きてしまう前までに、設備を食いつぶしたようにも見えます。もっと早く手を打っていくことで事故を起こさずに、よりいい形がとれたかもしれない。どうにもならない路線は、トラブルが起こる前に早めに道路へ転換する努力をする余地があったかもしれません。

 国鉄を分割民営化する時には、(会社ごとに)そんなに差がでないような手当てをしました。それから30年間に何ができたか、何を成すべきだったのかはしっかり議論をすべきポイントではないでしょうか。

事業環境だけではなく、経営にも焦点を当てるべきということですね。

葛西:北海道庁など公的機関とどのような関わりを持つかもポイントです。JR北海道は、30年間で1回だけ運賃値上げをしました。これまでなんとか持たせてきたのは、努力の一つだと言えるかもしれません。

 国鉄の分割民営化で4社が上場して、四国は国策によって経営が成り立ちにくくなりましたが、北海道は何をやり得たかを検証した方がいい。

 (国鉄の分割民営化については)中曽根康弘内閣だけでなく、自民党のほか、野党も最終的には同調し、世論がバックアップしてくれたことは大いに評価されてしかるべきではないでしょうか。

JR各社に対する株式市場の評価は高くありません。

葛西:電力会社に比べたら評価されていますよ。他の公共事業、航空会社に比べても評価は高い。当社は小さなところなので見えやすいのかもしれません。

角栄氏の日本列島改造論は誇大妄想

田中角栄元首相の関連書籍や雑誌が売れ、元首相の考え方に注目が集まっています。元首相の著書『日本列島改造論』(日刊工業新聞社)にも鉄道への言及が多くあります。新幹線網を全国に張り巡らせることで、地方の過疎化を防ぎ、国土の均衡のある発展を促すという論理でした。どのように評価しますか。

 田中角栄元首相の著書『日本列島改造論』(日刊工業新聞社)では、全国に新幹線網を張り巡らせることを主張している
田中角栄元首相の著書『日本列島改造論』(日刊工業新聞社)では、全国に新幹線網を張り巡らせることを主張している

葛西:列島改造論というのは誇大妄想だと思います。地質地形は神様が作ったものですよね。大風呂敷なのか妄想なのでしょうか。神様が作ったものを土木工事で改造するというのはあり得ません。

 結果的に土地バブルが起き、ハイパーインフレになりました。狂乱物価と石油ショックが重なりました。

 あれは現実的ではありません。高速鉄道は大量の輸送機関です。高速鉄道が出来たから人が集まるというのは考え過ぎです。

 人間がいるところに高速鉄道ができることによって、時間距離が短縮されると、そこにいる人間の経済活動の利便性が高まって、さらに人が増えてくるという形にはなります。

 人が少ないところで列島を改造しても、同じような効果は期待できないと思います。

田中角栄元首相のブームはどのように見ていますか。

葛西:あれはおかしいですよね。出版されたのは昭和40年代で私は課長補佐くらいでした。あれがリアルに見えた時期もあったけど、今はそんな時代ではありません。

 人口も伸び止まっているし、GDP(国内総生産)はある程度は安定しているけど、当時のようには伸びていません。全国で高速鉄道を作っても、流れを変えられることはあり得ません。むしろ別のことを考えた方がいい。

 新幹線が出来ましたが、東北の状況はそんなに変わっていません。北陸新幹線が開通しても、今のところ北陸はそれほど変わっていません。

 人間がどこに住んでどのような活動をするかは、高速鉄道によって変わるのではなくてたくさんの変数の結果としてある訳です。それを1つの切り口で全部を語ろうとするのは、為にする議論としか思いません。

 ただ、東京は大きくなり過ぎました。次の拠点を設けられるとしたら東京~大阪間しかない。甲府盆地や伊那盆地、木曽、奈良などが視野に入ります。

トランプ政権はリニア輸出に追い風だ

米国で高速鉄道プロジェクトを支援しています。トランプ政権の誕生は追い風でしょうか。

葛西:追い風です。そもそも交通インフラをなんとかしないといけないという問題意識は、大統領選の最中から両候補が言っていました。

 それに対する1つの有効な解として、北東回廊では超電導リニア、テキサス回廊では新幹線システムがあります。

 米国では空港と道路が発達していますが、それらが混んでしまって機能が落ちてしまっているところにバイパスを作るのはたいへん意味があります。

 全米至るところに高速鉄道のネットワークを作ることは現実的ではなく、むしろ大都市が並ぶ特定の区間で必要です。例えば北米回廊のワシントン、ボルティモア、フィラデルフィア、ニューヨークです。

 超電導リニアはその途中に停まれる優位性があります。飛行機は離れた都市間を直結する優位性があります。東京~鹿児島は飛行機では2時間ほどですよね。新幹線ではその時間で行けません。

 高速鉄道は途中で乗り降りすることで、離れた大都市間の回廊を地域としてインテグレートする効果があります。それが強みです。これはダラス~ヒューストンでも有効だと思います。

米ダラス周辺にある駅の予定地。ダラスとヒューストンを結ぶ高速鉄道を計画している
米ダラス周辺にある駅の予定地。ダラスとヒューストンを結ぶ高速鉄道を計画している

葛西:新聞の人は「トップセールスだ」「輸出だ」と言いますが、インフラは地面に張り付いているものなので、道路と同じように国が意思決定して作らないといけません。

 クルマは世界中のメーカーのものが走っており、それに当たる部分が新幹線や超電導リニアのシステムです。それを使うのがアメリカにとって有利であるのです。

 ニューヨーク~ワシントンを1時間で結ぶことをトランプ政権がプロジェクトにするなら、我々がシステムを提供すれば、日米関係強化のシンボルになると思っています。

 米国には生産能力がありませんから、少なくとも第一世代は日本のモノを持っていくしかありません。我々はシステムのコンサル料くらいはとれるかもしれませんが、たいして儲かる訳ではありません。儲けよりむしろ日米関係に、我々の問題意識はあります。

マスクの新交通システムはSFの世界

米テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)が超高速の新交通システム「ハイパーループ」でロサンゼルス~サンフランシスコを結ぶ計画をぶち上げています。

葛西:あれはSFの世界ですよね。どれくらいの輸送力があるのでしょう。

 小さなトンネルを作り、それを使って1列座席で運ぶことになると、1席当たりのトンネルを作るコストはものすごく高くなります。やはり我々の超電導の方がはるかに実用的です。

 超電導リニアは東海道新幹線に比べてコストは2倍です。速度も2倍になります。超電導リニアで輸送力のボトルネックを解消し、サービスアップも図れます。

中国にもリニアモーターカーがあります。どのように評価していますか。

葛西:上海のリニアは我々とは全く違った技術です。長大編成を作って走れますが、常電導で力が弱いので、我々のリニアほどは速度が出ません。ドイツは開発もやめました。日本の超電導リニアは他にはなく、それを米国と共有することは、コントリビューションでもあります。

 米国がそれを受け止めて超電導リニアを導入することはある種の革命的な効果をもたらすので、決断してほしいと思います。

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