頻発するテロ事件や犯罪、災害、事故などを未然に防いだり、被害を小さくしたりするために、ITなどの技術を使って都市の安全性や効率性を高める動きが世界で広がっている。こうしたパブリックセーフティー(公共安全)の向上を一気に推し進めようしている国の一つが中国だ。

 北京や上海といった大都市は、地方からの人口流入で渋滞や大気汚染などが慢性化し、都市機能は限界に近づいている。中国政府は内陸部の小都市などの発展を促して大都市の問題解決を図るとともに、農村と都市の住民の間にある格差を解消しようとしている。テクノロジーを活用した公共安全の向上は、大都市の問題解決と小都市のレベルアップの双方に役立つ。さらに、インフラへの投資によって経済の活性化につなげる狙いだ。

 広東省深圳市や江蘇省南京市、山東省済南市などでは、顔認証技術を使い、信号を無視して交差点を渡る歩行者を撮影し、大型のディスプレーに映し出す仕組みが登場した。中国政府は公共安全の技術を使って、国民のマナー向上にまでつなげようと考えているようだ。ここまで来ると監視社会を感じさせるが、こうしたことができるのは社会主義国の中国だからこそだろうか。

広東省深圳市にある信号無視をした人を映し出す監視装置(写真:Imaginechina/アフロ)
広東省深圳市にある信号無視をした人を映し出す監視装置(写真:Imaginechina/アフロ)

 中国の信号無視対策はやりすぎだとしても、テロなどの脅威が以前にも増して高まっている以上、より安全な都市を作りたいという要望が高まるのは自然な流れで、日本を含む民主主義国であっても同様だろう。もしかすると中国の対策が世界に先行している可能性すらある。

 公共安全をテクノロジーで強化する流れの中で、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)もここ数年、公共安全分野に力を入れている。すでに世界約80カ国、約200都市の公共安全プロジェクトに関わっているという。公共安全分野で有名な日本の大企業の幹部は「最近はファーウェイが各国の警察組織などに攻勢をかけている」と警戒する。

 中国企業のファーウェイは公共安全とプライバシーの問題についてどう考えているのか。現在、同社のグローバルチーフパブリックセーフティーエキスパートを務めるホンエン・コー(Hong-Eng Koh)氏に話を聞く機会があった。

 同氏はシンガポール出身。シンガポール警察で捜査や防犯、地域警察、トレーニング、コンピュータシステムなどの各部門を経験した元警察官だ。シンガポール警察を退職後は米オラクルで15年以上働いた。以下はコー氏とのやりとりだ。

ITなどを使った公共安全に投資する国や都市が増えている。テロなどの脅威が増している中で当然の動きとも言えるが、一方でプライバシーがなくなっていく懸念もある。公共安全とプライバシーの両立をどのように果たすのか。

コー:まず公共安全がなぜ重要なのかについて話をしたい。都市の安全と一口に言うが、そこには様々なものが付随している。投資家や旅行客、そのほか様々な業界が都市の安全と関係している。もしその都市が危険なら、言うまでもなく旅行者は来ないし、投資も集まらないだろう。自国民でさえ海外に移り住んでしまうかもしれない。金融業にとっても製造業にとっても都市の安全は重要であり、だからこそ公共安全が重要な産業の一つになってきている。

ファーウェイのグローバルチーフパブリックセーフティーエキスパートを務めるホンエン・コー(Hong-Eng Koh)氏
ファーウェイのグローバルチーフパブリックセーフティーエキスパートを務めるホンエン・コー(Hong-Eng Koh)氏

 ファーウェイとしてもこの分野を大きくしたいと考えていた。そのためには、より詳しい専門家が必要だということで、私もファーウェイに加わった。ほかにも、この1年ほどでたくさんの専門家を招いた。いずれも警察の一線で活躍してきた人やその道の専門家だ。

 公共安全の分野は最も複雑な産業の1つと言える。その使命そのものは簡単だ。しかし、この分野は常に様々な脅威に直面している。また、顧客は国や自治体などだが、例えば国と自治体では組織が異なり、担っている責任がそれぞれ異なる。

 例えば日本には警察庁という組織があり、東京には警視庁という組織がある。また警察内部にも様々な部門がある。それぞれの任務に対応するアプリケーションは数え切れないほどあり、それぞれに様々な問題が出てくる。

 加えて、公共安全に関する顧客は皆慎重で、なんでも信じるというわけではない。日々でたらめばかり言う容疑者や狡猾な弁護士によるプレッシャーを受けているのだから、閉鎖的になるのも当たり前だ。何かを買うにしても、信頼できるところからしか買わない。さらには時間の制約など警察ならではの要求もある。

 ただ、こうした公共安全分野の複雑さは、ファーウェイの強みが生きる部分でもある。ファーウェイは通信やIT分野で様々な製品やサービスを持っており、その上、ソリューションを提供できる。さらに、世界中にパートナーがいる。携帯電話の基地局など通信事業者との商売によって、屋外での製品やサービスに強いことも公共安全の事業における強みだろう。

 この1年ほどの間にファーウェイ自身も大きく変わった。最も大きな変化は「セーフシティー(安全な都市)」から「パブリックセーフティー(公共安全)」へと考え方を変えたことだ。公共安全には災害への対応や国境の監視、出入国、総合的な警察事務なども含まれる。セーフシティーは公共安全の一側面でしかない。公共安全はより大きな概念だと理解してもらいたい。

 我々の顧客は様々な脅威に直面しており、その脅威も刻々と変化している。犯罪者も変化しており、テクノロジーを利用して新たな脅威を引き起こしている。こうした状況下では、一つの組織、一つの国だけで対応するのは難しい。警察の部門間の協力、警察以外の組織との協力、社会との協力などが不可欠になっている。協調型のパブリックセーフティーが必要なのだ。

コー:各国でプライバシーに関する法律は異なる。英国は西側の民主国家ではあるが、ここ数十年間、北アイルランドの分離独立を目指す武装勢力の脅威にさらされてきた。そのため、英国政府は監視カメラなどに投資をしてきた。英国の国民の多くは、安全のためには政府がこのような措置を取らなければならないことを理解している。

 一方、香港は中国に返還されたものの、法的には独立しており、特にプライバシーに関する法律は厳しい。香港の警察が監視カメラを設置することは簡単ではない。

 欧州の国々はこれまでプライバシーを重視してきた。しかし、欧州は何度もテロに見舞われている。そのため各国は徐々に法律を変えている。

公共安全とプライバシーのバランスは永遠の課題

 ファーウェイは当然、各国の法律にかなう製品やソリューションを提供している。当たり前だが、やってはいけないことはしない。例えば、我々は香港警察に対して監視装置を多く配置するソリューションを提案したりはしない。できないことを理解しているからだ。

 安全とプライバシーの問題は永遠に存在するものだ。常にバランスを取っていくしかない。1日でもこの問題について話し合わない日があるなら、それはよろしくないことだ。そのような社会には何らかの問題が発生しているのではないか。それぞれの国、都市、社会には、止まることなくバランスを取り、変え続ける責任がある。

 例えば、シンガポールは過去に監視カメラを数多く設置した。その結果、路上での犯罪が減少したので、政府はこれ以上必要はないと設置をやめた。ところが最近になって、テロの脅威が増していることを受けて設置を再開している。

 また、ある国では、プライバシーの法律に照らすとそれほど監視カメラを設置できない。ところが、やはりテロの多さを受けて、考えを改めつつある。多くの都市でこのような動きが出てきている。

日本の公共安全上の最大の脅威は災害

日本は世界の中でも安全な国だと思う。一方で、安全なだけに公共安全への意識はそれほど高くない。監視カメラなどによる公共安全の向上にも抵抗がある人が多いように感じるが、日本についてはどのように見ているか。

コー:確かに日本は安全だ。公共安全の観点で最大の脅威となるのは災害だろう。

 日本がITなどを使った公共安全をどの程度を受け入れるかはわからない。いくつかの日本企業と接触したことはある。ただ、日本でファーウェイが携わった公共安全に関するプロジェクトはまだない。

 以前の英国のやり方などは参考になるかもしれないと感じる。警察などの執行機関や情報機関とは独立した政府の組織が、監視カメラの映像を管理する方式だ。

 一方、シンガポールでは国民の80%が政府が供給した住宅に住んでおり、こうした住宅には監視カメラが設置されている。隠し撮りされているわけではなく、この監視カメラの映像は住民も見ることができる。シンガポールをはじめとするいくつかの国の公共安全プロジェクトはとても開放的だ。

 単に政府がオープンだというだけでなく、より多くの目によって安全を確保していることにもなる。我々が言う協調型の公共安全の一つの例と言えるだろう。

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