(前回から読む)
北朝鮮が日本を越える弾道弾を撃つ中、文在寅(ムン・ジェイン)政権が「反米親北」路線を突き進む。戦術核兵器を韓国に再配備する構想を蹴り飛ばしたのだ。韓国の保守からは「大統領は国を守る気があるのか」と悲鳴があがる。
日本列島を海の中に押し込む
9月15日朝、北朝鮮がまた日本越えのミサイルを撃ちました。
鈴置:8月29日の弾道弾と同様、北海道の上空を通過しました。北朝鮮は威嚇を日常化することで、日本人を屈服させるつもりです。
日本は米国とともに経済制裁や軍事的な圧力をかけ続けてきた。それを止めないと核を撃ちこむぞ、と脅しているのです(「北朝鮮は日米分断に全力をあげる」参照)。
9月13日の朝鮮中央通信は、以下のような朝鮮アジア太平洋平和委員会の声明を伝えました。日本語版からそのまま引用します。なお、文中の「島国夷」「ウェノム」「チョッパリ」は日本人に対する侮蔑語です。
- 米国の制裁策動に便乗して軽率に振舞った日本の島国夷に対する指弾の声も激しく出ている。
- 千年来の敵であるウェノムのざまを見るほど目に火がつくようだ、わが人民に千秋にすすげない罪を犯しておきながらも謝罪をまともにせず、米国の「制裁」の笛に踊りながら憎らしく振る舞う奸悪なチョッパリらをそのまま放っておけない、日本列島の上空を飛び越えるわれわれの大陸間弾道ロケットを見ながらもいまだ気を確かに持てず、意地悪く振る舞う日本のやつらにはっきり気概を示すべきだ、取るに足りない日本列島の4島をチュチェの核爆弾で海の中に押し込むべきだ、日本はこれ以上われわれの近くに置く存在ではない、これがわが軍隊と人民の激昂した声である。
韓国は取り込んだから次は日本
相次ぐ日本越えのミサイルは明らかに「米国との共闘を止めろ」というメッセージですね。
鈴置:その通りです。日米両国政府はしばしば「日米韓の北朝鮮包囲網」と言いますが、韓国はすでに切り崩されました。次は日本、ということです。
文在寅大統領は9月14日、CNNとのインタビューで「北朝鮮の核の脅威に対抗するために、韓国が核兵器を独自に開発するとか、戦術核兵器を再配備することに賛成しない」と述べました。
聯合ニュースの「文大統領『核保有で朝鮮半島の平和を保障できず』……核開発・再配備に反対」(9月14日、韓国語版)が伝えました。
北朝鮮の核武装が現実のものとなったため、韓国では保守の野党や保守系メディアが在韓米軍への戦術核の再配備を訴えています。
「再配備」と呼ぶのは、1990年頃まで米軍は韓国に原子砲や航空機搭載用の小型核爆弾を配備していたからです。韓国と北朝鮮は1991年12月に南北非核化共同宣言を合意しました。これに伴い米軍も核兵器を撤収したのです。
米国はどこに核兵器を置いてあるかは確認しない政策をとっているので、代わりに韓国の大統領が「すでに核兵器は存在しない」と宣言することで「撤収」を担保しました。
なお「ソウル五輪(1988年)の頃にはすでに韓国から核兵器はなくなっていた」と言う専門家もいます。当時、在韓米軍の訓練科目から「核防御」がなくなったためです。
保守党は党論に
非核化宣言ということは……。
鈴置:南北双方が核兵器を製造、保有、使用せず、さらには核燃料再処理施設、ウラン濃縮施設を持たないことを約束したのです。当然、北朝鮮の核武装はこの宣言に完全に違反しています。
今、韓国には「核兵器の独自開発を進めよう」との意見が高まっています。ただ、すぐには実現できないなどの理由から、保守は「再配備」を求めているのです。
野党第1党の自由韓国党は8月16日「戦術核の再配備」を党論に定めました。聯合ニュースの「韓国党『朝鮮半島への戦術核の再配備を党論に採択』」(8月16日、韓国語版)が詳しく報じています。
9月3日の6回目の核実験を受け、第2野党で中道の「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)代表も9月6日「再配備」に関し「今後、皆で論議して方向をお話したい」と述べ、含みを持たせました。
聯合の「安哲秀、『THAAD配備に他策なし』・・…米戦略資産も常時循環配備」(9月6日、韓国語版)が伝えました。
青瓦台と国防部にできた溝
文政権は反対ですね。
鈴置:そうです。ただ、青瓦台(大統領府)と国防部の間には溝が生まれ、なおかつそれが表面化しています。
8月30日、宋永武(ソン・ヨンム)国防長官がワシントンでマティス(James Mattis)国防長官と会談した際に戦術核の再配備にも言及した、と報じられました。
聯合ニュースの「韓国への戦術核・原子力潜水艦配備にも言及=韓米国防相会談」(8月31日、日本語版)で読めます。
これに対し青瓦台は「再配備の要請はしなかった」と直ちに否認しました。聯合の「戦術核の再配備、検討したことない=韓国大統領府高官」(9月1日、日本語版)によると、以下です。
- (青瓦台の)高官は「政府は国際的な核不拡散体制を尊重しており、その規範内ですべての政策を維持してきた」と説明。
- 宋氏の発言に対し「われわれの自主国防力強化に向けた国内の状況を説明する過程で戦術核に言及したもの」との認識を示した。
- 宋氏本人からも、戦術核の配備が望ましいとの趣旨ではなかったことを確認したという。
ワシントンから強力な援軍
宋永武国防長官は青瓦台に叱られたでしょうね。
鈴置:そう思います。しかしこの後、軍や保守党には強力な援軍が到来しました。9月8日、米NBCが「Trump Team Prepping Aggressive Options for North Korea」で「韓国への戦術核の再配備も排除しない」との匿名のホワイトハウス高官の談話を報じたのです。原文は以下です。
- In addition, the administration is not ruling out moving tactical nuclear weapons to South Korea should Seoul request them, a White House official said, though many consider such a move a nonstarter. It would break with nearly three decades of U.S. policy of denuclearizing the Korean Peninsula.
これで勢いづいたのが韓国の再配備論者です。韓国党はトランプ大統領に再配備を要請する手紙を送ることを決めたほか、国内政局の争点に浮上させるため、世論喚起に動きました。
東亜日報の「最大野党自由韓国党、『戦術核再配備』要請でトランプ大統領宛て書簡へ」(9月11日、日本語版)が伝えています。
保守系の2紙も9月11日、改めて社説で再配備を米国に求めるよう主張しました。東亜日報の社説は「米国で出てきた戦術核再配備論、THAADを記憶せよ」(日本語版)、朝鮮日報は「文政権はどんな対案があって国民を守る機会を見逃すのか」です。
9月10日には米国防族の大御所、マケイン(John McCain)上院議員が「数日前、韓国の国防長官が核の再配備を求めた。これを真剣に検討せねばならぬ」とCNNに語りました。
発言は「John McCain: North Korea must know price for aggression is ‘extinction’」によると以下 です。
- "The Korean defense minister just a few days ago called for nuclear weapons to be redeployed," McCain told anchor Jake Tapper, adding he thought "it ought to be seriously considered."
首脳会談で約束したではないか
さらに米政府が運営するVOA(アメリカの声)が、戦術核の再配備を拒否する文在寅政権を暗に批判する記事を載せました。
「国務省、『朝鮮半島に戦術核配備を検討』との主張に『全ての手段で北を圧迫と約束』」(9月12日、韓国語版、談話部分は英語と韓国語)です。
国務省のチェ(Grace Choi)東アジア・太平洋担当報道官の「トランプ大統領と文在寅大統領は北朝鮮に最大の圧迫を加えるため、すべての手段を動員しようと合意した。両大統領は連合戦力の強化も約束している」という談話から始まっています。
- “President Trump and President Moon Jae-in agreed to maximize pressure on North Korea using all means at their disposal. They also pledged to strengthen joint military capabilities.”
確かに米韓首脳は6月の米韓首脳会談で「北朝鮮に対抗するための連合戦力の強化」を約束しています。共同宣言にも入れています(「『戦闘モード』に韓国を引き込んだ米国」参照)。
VOAは再配備に関し、米政府がどんな方針かは報じませんでした。が、チェ報道官の発言を読んだ人は「米国は再配備に前向きだな」と思います。「文在寅がまた、米国を裏切ったな」と考える人もいるでしょう。
韓国を揺さぶる朝鮮中央通信
THAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)の追加配備を認めたので、文在寅政権は「反米親北」を棚上げしたかと思っていました。
鈴置:追加配備は認めました(「トランプは満座の中で文在寅を叱った」参照)。しかしそれはあくまで「臨時配備」です。
本格的な環境影響評価を今後実施することになっていて「環境を悪化させることが判明したから、THAADは持ち帰れ」と米軍に言える余地は残してあるのです。
朝鮮中央通信はこのところ、連日のように「THAAD配備を認めた南の傀儡(かいらい)」を非難しています。9月13日には「THAAD非難記事」を3本も載せました。
しつこく非難するのは、状況が変化すれば文在寅政権がTHAAD撤収を米国に要求すると北朝鮮が考えているからでしょう。
一方、戦術核は一度、再配備したら撤収は容易ではない。国民の反対運動が起きるのは間違いありません。韓国では6割前後の国民が核保有に賛成しているのです。反対は約3割です。「戦術核の撤収」は政権が倒れるほどの政争になりかねません。
配備したままにしておけばいいのでは?
鈴置:そんなことになったら「米国の核の傘」にもっと深く取り込まれ、北朝鮮との軍事対立の構図が固定化すると文在寅政権は考えているのでしょう。
目先の話で言っても、南北対話を北に応じてもらえなくなります。南北和解こそはこの政権の存在意義です。だから米国にどれだけ叱責されても北に対話を懇願するのです
米国のカードをまたも潰した
米政府は「戦術核再配備」を公式に言い出すのでしょうか。
鈴置:文在寅大統領がはっきりと反対した以上、言い出しにくくなりました。米韓の亀裂を世界に見せることになってしまいます。
文在寅大統領がCNNを通じきっぱり断ったのも、米国からの「再配備の声」を止める目的だったと思います。野党が調子づくのを防ぐためです。
なお、米国の「非公式の再配備論」は、強力な国連の北朝鮮制裁に応じるよう、中国とロシアに圧力をかける目的もあったと思います。米国は国連安保理での北朝鮮制裁決議の「尻」を9月11日に切っていました。それを前に、脅し材料を見せたのです。
「再配備」がブラフに過ぎないなら、米国に実害はなかったのでは?
鈴置:大ありです。韓国の大統領が否定したことで、米国は「再配備」を中ロ向けの交渉カードとして使えなくなりました。韓国が嫌がるというのに米国が無理やり戦術核を持ち込むわけにもいきません。
韓国が北朝鮮との対話を言い続けることで、米国が主導する「対北圧力」の力を弱めてきたのと同じ構図です。そして「再配備」は米国が韓国に突き出した「踏み絵」にもなっていた。それを文在寅大統領は蹴り飛ばしたのです。
8月15日、文在寅大統領は事実上の中立宣言を発し、米国の対北攻撃を牽制しました(「韓国の無神経な『中立宣言』に米軍が怒った」参照)。
9月1日、北の6回目の核実験が予想される中、青瓦台が「米韓両首脳は電話協議で北朝鮮との対話が大事だと再確認した」と発表し、トランプ大統領からツイッターで叱責されました(「トランプは満座の中で文在寅を叱った」参照)。
9月14日には韓国政府は北朝鮮への人道支援を検討すると発表しました。「再配備拒否」はこれら一連の「反米親北」政策の一環なのです。度重なるサボタージュに、米政府は怒り心頭に発していることでしょう。
激化する国内対立
保守系紙は9月15日も社説で文在寅大統領に対し「戦術核の再配備拒否」など北朝鮮の顔色ばかりうかがう政策を改めるよう要求しました。
朝鮮日報の社説「文大統領は『戦術核に反対』、政府は北支援を検討」(韓国語版)は「我が国の安保状況は足元に火が付いた状況だ。というのに他人事のように語る、安保の責任者の発想には驚くしかない」と断じました。
東亜日報の社説「米、北の金蔓(かねづる)断つ『セカンダリー・ボイコット』で圧迫せねば」(韓国語版)も「戦術核が不要と言うのなら、国家と国民を守る方法は何なのか、軍の統帥権者はこの場で語らねばならない」と厳しく指弾しました。
米国との同盟を大事にするか、同じ民族同士で共闘するか――。韓国の分裂が本格化します。
(次回に続く)
■「朝鮮半島の2つの核」に備えよ
北朝鮮の強引な核開発に危機感を募らせる韓国。
米国が求め続けた「THAAD配備」をようやく受け入れたが、中国の強硬な反対が続く中、実現に至るか予断を許さない。
もはや「二股外交」の失敗が明らかとなった韓国は米中の狭間で孤立感を深める。
「北の核」が現実化する中、目論むのは「自前の核」だ。
目前の朝鮮半島に「2つの核」が生じようとする今、日本にはその覚悟と具体的な対応が求められている。
◆本書オリジナル「朝鮮半島を巡る各国の動き」年表を収録
『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』『日本と韓国は「米中代理戦争」を闘う』 『「三面楚歌」にようやく気づいた韓国』『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』『「中国の尻馬」にしがみつく韓国』『米中抗争の「捨て駒」にされる韓国』 に続く待望のシリーズ第9弾。10月25日発行。
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