「我々が一番力を注いでいるのは、人工知能(AI)やマシンラーニング(機械学習)の技術をいかに多くのエンジニア、あるいは多くのクリエーティブな人々に使ってもらえるようにするか、という問題です」
米グーグルでAIの研究開発を担う中核部門、「グーグル・ブレインチーム」の創設者の1人、グレッグ・コラード氏は、10月中旬に来日し、本誌の取材にこう答えた。
検索サービスで世界を制覇し、モバイル向けOSの世界シェアでも「Android(アンドロイド)」で7割近くを抑えるグーグル。次なる野望は、グーグル製のAI技術を世界に普及させることだ。
広く知られているように、画像検索サービスや、「Youtube(ユーチューブ)」の関連動画の提示、アンドロイド端末の音声認識システムなど、グーグルのAI技術はすでに身近なところで活躍している。それらすべてのカギを握るのが、機械学習のシステム「TensorFlow(テンサーフロー)」だ。
キュウリ選別の職人芸を学習
グーグルは昨年11月、このテンサーフローを世界中の企業や組織、エンジニアなどが自由に使えるよう、「オープンソース」化し、世界を驚かせた。米スタンフォード大学でコンピューター科学と神経科学の博士号を取得した前出のコラード氏は、その狙いをこう話す。
「テンサーフローはAIを活用したシステムを効率的に構築するためのツールです。これを誰もが使えるようにしたことで、世界中のエンジニアは新しい製品やサービスをより早く作れるようになるほか、同じツールを使いこなすエンジニアや科学者同士の意見交換も進む。つまり、AIの普及が飛躍的に早くなると考えています」
それは日本も例外ではない。コラード氏は、テンサーフローが早速、「唐揚げ」と「キュウリ」の選別に活用されたことに満足している。
ロボットアームを手がけるアールティ(東京都千代田区)は今年6月、唐揚げをカメラで自動認識し、掴んで皿に盛り付けるシステムをテンサーフローを活用して試作し、公開した。
形や重さが一定でない食品をロボットで扱うのは困難とされている。特に唐揚げは形にばらつきが多く、認識自体が難しい。だが同社は、テンサーフローを使い唐揚げ1つひとつの画像を学習させ、唐揚げを掴んで盛り付けるまでの動作をロボットアームにやらせることに成功した。
一方、農家でもテンサーフローが活躍できることを静岡県の小池誠氏は示した。自動車部品メーカーで制御システムの開発に携わっていた小池氏は、退職を機に両親のキュウリ栽培を手伝い始めた。母親が手作業でキュウリを選別する大変さを知り、自動化に取り組む。
きっかけはテンサーフローのオープン化と、グーグルの囲碁プログラム「AlphaGo(アルファ碁)」の活躍を知ったこと。長さ、太さに加え、全体の形状や色艶などの質感、傷、イボなど様々な要素を加味して9等級に選別する母親の「職人芸」を、テンサーフローで学習させた。母親が選別したキュウリの写真を、等級とともに覚えさせたのだ。
この試作システムの2号機を今年8月、イベントで公開すると、テンサーフローのコミュニティで大きな反響を呼び、その話はグーグルの米本社まで轟いた。グーグルのコラード氏は言う。
「我々の技術をそれぞれのアイデアを実現するために使ってほしいと願っていたわけですが、これだけ短期間にキュウリや唐揚げの選別といったアイデアが出てきたことに大変、感銘を受けました」
「キュウリや唐揚げの事例でわかったように、機械学習というのはあらゆる業界で活用いただける可能性がある。企業やエンジニア、研究者に、テンサーフローの活用法をよりクリーティブに考えてもらい、世界中でAIの活用と研究が進むことがベストな世界だと思っています」
英語・日本語の翻訳にも活用
グーグルは単にボランティアでテンサーフローを世界中のエンジニア、研究者に公開しているわけではない。グーグル自身にもメリットはある。
まず、研究者同士のコミュニティーから有用なフィードバックを得ることができる。10月中旬、テンサーフローを活用する国内のコミュニティーの会合があり、コラード氏はここに参加。テンサーフローの進化や改善に関する様々な意見を得た。
そうして進化したテンサーフローは、グーグルのあらゆる製品、サービスの品質向上にも活用される。数週間前、グーグルは英語と中国語間の自動翻訳について、機械学習を応用したアップデートを発表した。「言語の構造の違いから、欧米系の言語とアジア系の言語間の翻訳は非常に品質が低かったが、機械学習で改善できる。もちろん、日本語についてもできるだけ早く、改善するつもりです」(コラード氏)。
グーグル・ブレインチームの首脳が日本のユーザー・コミュニティーの会合に出席するのは異例だが、それだけ日本での活用に期待を込めている証左でもある。コラード氏は、日本へのメッセージとして、以下の言葉を残した。
「日本が得意とする産業、あるいは日本のエンジニアの方々が情熱を持っている分野での活用が進むことを期待しています。日本の企業やエンジニアの方々が、できるだけこの進化しつつある最新技術を使いやすくなるよう、お手伝いしていきたい」
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