
欧州連合(EU)の財政緊縮案を受け入れるかどうかを問うギリシャの国民投票が「ノー」の民意を示したことで、欧州情勢は混とんとしている。筆者は2014年8月まで、国際通貨基金(IMF)で主に調査研究畑にいたが、最後の数年は金融危機の議論に若干かかわっていた。ギリシャ問題の現在の状況について本稿では急きょ、できるだけ中立的な立場でコメントしてみた。
債務削減は必要か
過重債務を抱えた国家では、金利や税金が高くなり、まともな投資や労働がなされず、結局債務不履行に陥る。それでは貸し手も損なので、債務を削減し、借り手の収入を上向かせて債務不履行を避け、双方が得をする。それが、対応の定石だ。
通常の救済の仕組みでは、まず債務削減を行う。それが確実に行われることを確認し、債務の持続可能性を担保した上で、IMFが当面の資金支援をする。その意味でIMFは「最後の貸し手」と言われ、その資金は他の公的債権よりも優先的に返却されなければならないとの決まりがある。
この原則に従えば、ギリシャは、2010年の第1次ローンの時点で債務削減を実行するべきであった。しかし当時はリーマンショックによる世界的な金融危機が発生しており、ギリシャが債務削減を進めると他の南欧諸国にも飛び火し、債権者である独仏を中心とした銀行団がさらに弱体化する危険があった。こういった側面もあり、債務削減なしの資金融資があくまで特例でなされたのである。
その後EU-IMF-ECB(欧州中央銀行)は、2012年初頭に民間保有債務の債務削減を求め、新たな新規融資もした。だがこの時の銀行団は、既に国債をECBなど公的機関に売り抜けてしまっており、公的機関が保有する債務の削減なしでは、債務持続可能性を高めることが十分にできなくなり、現在に至った。
2012年につけられた対ギリシャ融資の条件はかなり厳しいものであり、ギリシャ国民はついに愛想をつかして、緊縮財政反対のチプラス政権を誕生させた。そしてその後、ギリシャとEU側強硬派の債権者の間で債務削減交渉の折り合いがつかず、EU側からの最終案とされる提案につき、チプラス首相が国民投票を実施した、というのが現在までの流れである。
国民投票後の情勢
このほどギリシャが国民投票で「ノー」の民意を示したことで、欧州情勢は混とんとした情勢に陥っているかのように見える。しかし、構造的には国民投票の以前とあまり変わらず、ひたすら交渉が続くことになるだろう。これは国民投票がもし「イエス」であったとしてもおそらく同じことだっただろう(構造的要因のより深い解説については、筆者の日経ビジネスオンライン3月23日付「国は自己破産できるのか」、あるいは日本経済新聞「経済教室」2015年6月17日付記事を参照いただきたい)。
ギリシャ国民は、ユーロ圏やEUからの脱退は望まないはずだ。自分たちがユーロ圏、EUにいるメリットはよく分かっているはずだからだ。ECBからの短期資金供給、欧州復興開発銀行(EBRD)などからの長期開発資金の投入があることに加え、労働と資本の移動の自由が保障されている中でいざという時に他国に逃れられる安心感など、国民にとって様々なメリットがある。
ドイツをはじめとするEU側強硬派にとってもまた、ギリシャの完全な債務不履行とEU脱退は得策でない。債務削減と新規援助の組み合わせは、全く返金がないよりはましだ。また、ギリシャのEU脱退を認めることで、他の南欧など加盟国の反EU政治勢力を伸長させる恐れがある。
また通貨統合に関する経済理論においては、競争力のない国がその通貨の水準で困窮する可能性があるとされ、その場合、労働の移動(移住)と財政的援助の仕組みが必要になるとされる。だが欧州内の労働移動は言語の違いもあり米国内のように完全とは言えず、また欧州域内の財政援助は微々たるものである。したがって、ギリシャを排除したのちにおそらく切り上がるであろうユーロの水準のもとで、今度は他の南欧諸国がギリシャ的な状況にまた陥るであろう。
以上を踏まえて、今後もギリギリの交渉が続くだろう。ただし現在、国民投票前と比べてギリシャはより強い交渉力を得た。交渉は、互いに相手がギリギリ折れる限界を探りながらするものだが、この国民投票によってギリシャは、もはや譲歩する余地が少ないことを示した。もちろん、EU側強硬派も、同様に国民投票にかけるなどができるが、それをすると話が全くまとまらなくなるリスクを負う。
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