1月初旬に米著名投資家ジョージ・ソロス氏と共に来日し、安倍晋三首相や黒田東彦・日本銀行総裁と経済政策を巡って議論した人物がいる。彼の名はアデア・ターナー氏。英金融サービス機構(FSA)の元長官で、イングランド銀行総裁候補にもなった金融界の大物だ。
ターナー氏が著作「債務、さもなくば悪魔」で提唱しているのは、中央銀行が財政赤字を穴埋めするヘリコプターマネー(ヘリマネ)政策。日本政府の債務は1000兆円を超す一方、昨年末に決まった2017年度予算案では歳出の膨張に歯止めが利かない。窮地に立たされる政府財政にとって、ヘリマネは本当に「唯一無二の解決策」となるのか。ターナー氏に聞いた。
日本の財政問題は解決可能と訴えていますね。
ターナー:「マネーファイナンス」と呼ぶ経済政策が有効的だと主張している。今すぐにも検討する必要がある。
マネーファイナンスとは、いわゆるヘリコプターマネー(ヘリマネ)のことですね。
ターナー:その通り。日本の公的債務残高は国内総生産(GDP)比で250%。国際通貨基金(IMF)が公表する純債務残高でも140%にのぼる。このうちGDP比で80%近くの国債を日本銀行が保有している。この日銀保有分を帳消しにしてしまえば、財政問題は解決するというのが私の提唱するマネーファイナンスだ。
日銀が持つ国債を帳消しすれば良い
国債の帳消しとは、どういうことでしょうか。
ターナー:日銀は金融緩和政策を通じて大量に買い入れた日本国債を、最終的には民間に売却すると説明している。私は単純に考えてそんなことは無理だ、あり得ないと思っている。
その代わり、日銀が保有する国債を無利子の永久債に転換する。そして、その永久債を徐々に償却、つまり消していくことで政府債務を減らすことができる。
その政策では、いくらでも国債の発行が可能になります。政府の財政規律が緩み、最終的にはハイパーインフレにつながる可能性があるはずです。
ターナー:ハイパーインフレにはならないと断言できる。例えばマネーファイナンスを通じて1円を政府が手に入れても、インフレにはならない。一方。これが100兆円となるとインフレを引き起こす。要は程度の問題だ。規律を保つことでハイパーインフレは避けられる。
インフレを考慮し、日銀が償却できる国債の限度を定期的に設定する。例えば、一定期間中にGDP比20%まで償却して良いと決めると、純債務残高は現在の140%から120%まで減らすことができる。
問題は政治的リスクだ。「なぜ20%なのだ。60%や80%でも良いだろ」と大きな声で主張する人が出てくると、規律が崩れてしまう。そのため、政策委員会を日銀内に設置するようルールを作り、委員会だけが償却限度を決められるようにする必要がある。このようなマネーファイナンスの仕組みは、世界中どの国でも導入可能だ。
日本を見れば世界経済の先が読める
なぜあえて日本まで来て、マネーファイナンスを訴えるのでしょう。
ターナー:それは、世界の経済現象において日本が常に先駆けであるからだ。日本では1980~90年代に不動産ブームが起き、そしてバブルが弾けた。2008年の世界金融危機でも同じことが起きた。
日本ではバブル崩壊後、政府が財政出動を繰り返し、債務残高を積み上げてきた。同じ現象が、金融危機後の世界中で繰り返されつつある。
これまでの金融緩和政策だけでは、政府債務問題を解決できていない。他国に先駆け債務を積み上げてきた日本にとって、残された解決策はマネーファイナンスしかない。
日銀の黒田総裁などは、あなたの提案に関心を示していましたか。
ターナー:あくまで個人的な面会だったので、議論の具体的内容については控えたい。米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ前議長と同様、私も日本にマネーファイナンスの検討が必要と感じている。
いつまでに政策を実行に移すべきでしょうか。
ターナー:可能な限り早く導入すべきだろう。国債の償却が始まれば、政府は財政規律をわずかに緩め、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標を2020年度から2025年度などに先送りするだろう。
財政規律が緩み、政府支出の増加が適切なインフレを引き起こせば、(政府の実質債務が目減りするため)、国債の追加償却は必要なくなる。一方、インフレが起きなければ、国債償却を続ける必要があるだろう。
1月20日に米国にトランプ新大統領が誕生します。今後、世界経済にどのような影響を及ぼすでしょうか。
ターナー:就任したから急に何が変わるという事はない。何事にも時間がかかる。閣僚候補が上院で承認されるまでに時間が必要であるし、大統領の裁量の範囲も定まっていない。
ただ、経済全般としてトランプ氏の就任はややポジティブに見ている。可能性が高いインフラ投資は、たとえ効率的に実行されなかったとしても、米国や世界経済への影響は大きい。心配なのは貿易問題だ。中国製品に高い関税を課したら、中国との間に「税戦争」が始まり世界経済を下押しする。トランプ氏が公約してきたことを実行しないことが、最も好ましいシナリオだ。
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