【視点】
事業承継で親子が争うのは悪くないと私は考えます。親族の世代交代により、時代が求める新しい経営スタイルに大胆に移行できるのは、ファミリービジネスの長所です。そこで摩擦が起きるのは不可避です。
後継者はもちろん、継がせる側の気概も問われます。それが産業廃棄物処理業の石坂産業(埼玉県三芳町)を率いる石坂典子社長との2回目の対談テーマ(1回目は、こちら)。
親思いの優しい石坂社長が、いかにして父から経営の実権を得たか。多くのファミリー企業にとって参考になる逸話があり、私も心動かされました。
※ 石坂産業の石坂典子社長について詳しく知りたい方は、こちらの書籍などを、ご参照ください。NHKラジオ「著者に聞きたい本のツボ」でも、紹介されました。その際の石坂社長のインタビューは、こちらから、お聞きになれます。
星野:石坂社長は、先代のお父さんのことがうらやましくなるくらい、できた娘ですよね。お話の端々から父への深い愛情を感じます。激しい衝突はなかったのですか。
石坂:それが一度だけ、最初で最後の大喧嘩をしたのです。
星野:なんと! さすがの石坂社長も、最後はお父さんと激突しましたか。
父と最初で最後の大激突
石坂:私の場合、代表権がない「取締役社長」だった期間が長く、その間は「お試し社長」という位置付けでした。だから、「代表取締役会長」である父から「あれをやれ」「これをやれ」と、指示を受けて動くことも多かったし、私が「やりたい」と主張したことに反対され、譲歩したりすることもよくありました。でも、それは仕方ないと割り切ってきました。
けれど、お試し社長になって12年目の2013年夏、父が代表権を譲ってくれたのです。とても嬉しかった。お試しとはいえ、社長に就任してから、売り上げは7、8割伸びていましたし、経済産業省の「おもてなし経営企業選」に選ばれるなど、人材教育の成果も出てきた時期でした。その実績をとうとう父も認めてくれたかと思うと感慨深かったのです。
ところが、代表権を譲った父が、相変わらず私に指示や助言をするのです。それが、つらかった。
星野:なるほど。

石坂:私も「この道が絶対の正解」と思って、経営をしているわけではありません。そこで、父の言葉を聞いてしまうと、迷いが出ます。なぜなら、この会社の経営を過去にしっかりやってきた人の言葉だからです。その言葉は重くて、気になる。けれど、そこで私が迷えば、経営の軸がぶれ、社員が混乱します。だから、父の気持ちはありがたいけれど、私が決めたことに異論を出すのは、もうやめにしてほしかった。
そんな空気を察したのか、あるとき父がポツリと言ったのです。
「自分の居場所がもうない」
その一言が、私にはものすごくショックで……。
星野:それは、どうして?

石坂:自分のせいで父が悲しんでいる。そんな事実を突きつけられたら、耐えられなかった。
私はもともと社長になりたくて、社長になったわけではありません。父を助けたい一心で、社長に志願したのです。会社が窮地に陥ったとき、父が「会社を永続させたい」と言い、私もその思いは同じだったから、その意思を継ごうと決意した。だから、父と経営のやり方は違っても、思いは一つなのだと信じていた。なのに、そんなことを言われては困る──。涙ながらに父にそう訴えました。
私だって、人生を賭けている!
すると、父が喉から声を振り絞るように言ったのです。
「……自分は、人生を賭けてやってきたんだ」
そのとき私は、はじめて父に真っ向から反論したのです。
「私だって、人生を賭けてやっている!」
事実、そうなのです。私は、父の願いをかなえ、この会社を永続させるため、ネイルサロンの開業も何もかも、自分個人の夢はすべて捨てて生きてきたのです。だから、ここだけは譲れないと思いました。すると、父はしばらく沈黙した後、こう言いました。
「……まあ、自分もこの先、長くやれるわけじゃない。だから、おまえがしっかりやりなさい」
そして静かに立ち去りました。
星野:それは、嬉しかったのでしょう。私も聞いていて感動しましたが、お父さんはもっと嬉しくて、照れくさかったのだと思います。娘が「人生を賭けてやっている」と、言い切ったことが。
石坂:この一件を機に、父はパタリと、私の経営に口を出さなくなりました。
星野:その瞬間、お父さんの中で覚悟が固まったのでしょう。いわば「継がせる覚悟」ですね。
石坂:継がせる覚悟、ですか。
星野:例えば、前回の通り、私は父を解任して社長に就任していますが、同族企業では決して変わった話ではなく、後継者と先代は仲が悪いのが普通です。事業承継に親子の衝突は不可避です。父親思いの優しい石坂社長ですら、例外ではなかったわけで、それ以上のハードランディングを選ばざるを得ない事情があるケースが多く存在します。
ただ、この問題で最近、私が認識を新たにしている問題意識があって、それがバトンを渡す側の覚悟なのです。
石坂:それは確かに重要ですね。
引退したら、アラスカ逃亡?
星野:どんな企業でも、いったん後継者にバトンタッチした人が「バトンを返せ」と騒ぐのは良くない。バトンを渡す以上、「おまえの代で会社を潰してもいい。だから本気でやるんだぞ」と、気迫を込めて全権を渡すべきだと思います。
石坂社長のケースでは、後継者の働きかけで、逆に父の覚悟が固まりました。特筆すべきことです。
一方、先代の腰が定まらないまま「潰さないようにうまくやれ」「潰しそうになったら、バトンを返せ」といった、条件付きの事業承継をすると、後継者は思い切った経営ができません。それで停滞する同族企業は多い気がします。
石坂:同感です。自分も将来、それくらいの勢いでバトンを渡さなくてはならないと、自戒を込めて思います。だって、自分とまったく同じ人間なんていないのですから。いくら親兄弟でも、「自分がやるのと同じにやってくれ」と頼まれたら、困ってしまいます。
星野:下手に現場が見えていると許せなくなるのでしょうね。私は自分が引退したらしばらく、現場が見たくなっても絶対に見られないところに逃亡しようかと思うのです。アラスカだとか……。
石坂:それはいい(笑)。

星野:とはいえ石坂社長は、涙の大喧嘩で、経営の実権を完全に握るまで、かなり長い間、我慢してきたわけですよね。
石坂:ええ。何しろ最初は「お試し社長」でしたから。
私なりの工夫もしました。例えば、父に頼んで毎朝15分、社長室で2人きりのミーティングをしていました。昨日あったことを報告した後、自分のやりたい案件を説明し、指示や助言を受ける。そうやって地ならしした後、設備投資の裁可を仰ぐといった具合です。
このやり方は、とても効果がありましたね。お薦めです。
星野:しかし、お父さんにそれだけ譲歩することを、よく納得できましたね。私には、とてもできない。
跡取りとしての、娘と息子の違い
石坂:割り切りました。すべては父がつくった会社だ。父の言う通りにやって会社が潰れたなら、それは父の責任だ。そのときに社長の私のことを周囲が何と思おうと、私自身に恥じるところはない。そう考えるようにしました。
今もこの会社には、建物にせよ、仕組みにせよ、父がつくったものが多く残っていて、私にしてみれば「自分の意図する姿と違う」という部分もあります。ただ、自分が気に入らないからといって、父がつくったものを壊すのは、私の役割ではない。父がつくり、残したものを、今の時代に生かす方法を考え、生かし切るのが、私の役割だと思い定めています。そのために社長としてのプライドは、少し捨てているかもしれない。
星野:うーん。それは娘でないとできないんでしょうね。息子にはできない気がします。
石坂:男性は、壊したくなるのでしょうか。このごろ事業承継の相談をよく受けますが、息子さんの方がどうも、親がつくったものを壊し、自分独自のものにつくりかえたい衝動が強いと感じます。
星野:壊したいというより、娘よりもっと激しく、親と正面から衝突してしまう感じでしょうか。

石坂:星野代表は、お父さんを社長から解任していますよね。その決断を鈍らせるような、父への個人的な思い入れや愛情というものは、なかったのですか。
星野:ほとんどなかったですね。少なくとも株主総会で社長だった父を解任し、自分が経営権を握るまでは皆無でした。とにかく公私混同した父の経営が許せない。これでは従業員がかわいそうだ。そんな義憤に燃えていましたから。
石坂:そういう親子関係は、改善しようがないのでしょうか。
星野:渦中にあっては最悪で、にっちもさっちもいきません。
けれど、いったん勝負がつけば、徐々に関係は修復されていきました。最後はむしろ親子関係は良くなりましたよ。父は3年前に亡くなりましたが、晩年は盛んにエールを送ってくれました。「佳路、もっと攻めろ!」「おまえも、バリバリやれる時間は残り少ないんだぞ!」という具合にね。
何というか、父は最後、無責任になっちゃったのです(笑)。
石坂:重責から解放されて。
経営の対立を血が癒す
星野:何があっても、親子はどこまでも親子なんです。どれほど激しく争っても、また家族に戻れる。それは、私が自分自身の経験から学んだことで、ファミリービジネスの真理なのだと思います。経営の路線対立でどんなに悪化した人間関係も、血のつながりによって時と共に修復されていく。
ところで、石坂社長のお父さんは今、どう過ごされていますか。
石坂:社業を手伝ってもらっています。生涯現役の時代ですからね。例えば、本社の敷地内に電気機関車を走らせるプロジェクトをお願いしたりしています。私が社長になってから、地元の里山保全に取り組んできましたが、その一角を一昨年、環境教育向けのテーマパークにしたのです。そこの新たな目玉です。
父は典型的な創業者タイプで、既存のものの維持、管理には興味が持てません。だから、クリエイティビティーが発揮できる仕事を頼むように心掛けています。
星野:なるほど。「引退した親世代対策」も、しっかり手当てされている。これもファミリービジネスの重要なテーマですよね。

(この記事は日経BP社『日経トップリーダー』2016年4月号を再編集しました。構成:小野田鶴、編集:日経トップリーダー)

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【人材教育編】「自分で考える」のは面倒くさい? 仕事の醍醐味を伝える
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エピローグ ―― 笑われてもなお、夢を描き続ける
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