「移民」ではなく「留学生」で外国人を増やす

出口:人口が減少していく社会において、どういう手を打つか。「子どもを増やす」という発想もたしかにありますが、歴史的に見ると、もう1つ世界中でおこなわれていることがあります。それは、「外から人を入れる」ということ。

森田:いわゆる移民政策ですね。

<b>出口 治明(でぐち・はるあき)</b> ライフネット生命保険会長兼CEO(最高経営責任者)/1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。2008年にライフネット生命保険株式会社に社名を変更、生命保険業免許を取得。2013年6月より現職。
出口 治明(でぐち・はるあき) ライフネット生命保険会長兼CEO(最高経営責任者)/1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。2008年にライフネット生命保険株式会社に社名を変更、生命保険業免許を取得。2013年6月より現職。

出口:エイミー・チュアの『最強国の条件』によると、1995年から2010年にかけてシリコンバレーにできたベンチャー企業の52.4%は、外国人留学生が創業メンバーに入っていたそうです。Googleだって二人の創業者のうち、セルゲイ・ブリンはロシア出身です。Yahoo!の創業者メンバーであるジェリー・ヤンも、台湾生まれ。二人とも、子どもの頃にアメリカに移住していますが。なかには、アメリカ人だけという企業もあると思いますが、数字を見ると外国から来た人材とアメリカ人がお互いに刺激しあってベンチャーをつくっていることが類推できます。

森田:国の生産性を上げたいなら、新しい産業に優秀な人材を引き入れることは不可欠ですね。

出口:そうなんです。そこで、移民というと抵抗がある人が多いと思うのですが、留学生を増やすと考えたらどうでしょうか。つまり、大学にもっと外国人を受け入れていくのです。そうすると、日本人も刺激を受けますし、優秀な研究者・起業家が日本に残ってがんばるケースも増える。人口減少に対して大学を国際化するというのは、整合性のある政策だと考えています。

森田:それは、成功すると非常に効果があるでしょうね。そのためにはまず、日本の社会構造から変えていく必要があると思います。優秀な人に来てもらっても今のままでは、大企業に就職すると年功序列のシステムによって活躍させることができない。かといって、起業を応援する風土もない。けっきょく、留学期間が終わるとまた日本から出て行ってしまう。私は2011年にシンガポール国立大学に行きました。そこで聞いたのは、大学生の「日本企業には就職したくない」という声でした。

出口:うーん。

森田:20世紀には、日本企業に就職して日本で働くことは、アジアの若いエリートにとって魅力的な選択肢だった。でも、今は「東京という街はとても魅力的で、住んでみたい。だけど日本企業には就職したくないから、外資系企業に入って日本支社に配属されたい」というのが本音だそうです。それはやはり、日本では自分たちの実力に応じた待遇を受けられないと、わかっているからなんです。

出口:給与レベルも違いますからね。

森田:そうです。それは大学も同じです。アメリカの大学のポストに就いている優秀な先生を、日本の某国立大学に呼び戻そうとした時、最後の給料の交渉で「話にならない」と断られるケースがわりとある。人材を新卒で一括採用して、少しずつ年齢に応じて給与を上げていくという人事システムを壊さないと、優秀な人を日本に入れても定着しないのではないでしょうか。

思った以上に魅力がない、日本の大学

出口:たしかに、そうかもしれません。僕もある大学の総長室のアドバイザーをしていたときに、日本の社会の問題点をいくつか聞きました。例えば、その大学の大学院を卒業した留学生は、日本語もできて日本のこともよくわかっているのだけれど、半分程度しか就職できないそうです。日本の企業が外国人をごく少数しか受け入れないから。そうした留学生たちは母国に帰り、「日本有数の国立大学の大学院を出たけれど、就職できなかったんだ」とまわりに話します。せっかく日本を好きになってくれて、日本で喜んで活躍したいと言ってくれた人に、わざわざ日本に対するマイナスイメージをつけて帰してしまっている。

森田:もったいないですね。

出口:次に、そもそも大学自体の魅力が、海外の有名大学に比べて低い。それは東京大学であっても、です。インドの経営者と、日本への留学生を募る件について話をしたら、日本の大学に魅力がない3つの理由をロジカルに述べられてしまいました。1つ目は言語。インドのエリート学生はみんなそもそも英語を話すのです。だから、なぜ日本語でしか講義をしていない大学に行かなければいけないのか。2つ目は大学の入学時期。世界的に9月が主流なのに、なぜ日本の春入学にわざわざ合わせなければいけないのか。3つ目は、これからインドはソフトウェアで生きていこうとしているんだと。でも、日本はかつて「ハード」は強かったかもしれないけれど、ソフト産業はそんなに発展していない。だったら、特に日本で学ぶメリットはない。もう、こう言われると反論の余地はないですね。

森田:国際的な比較をした際に、勝ち目がないんですね。シンガポール国立大学では、自分の大学が世界の同レベルの大学に比べて、どこに優位性があってどこが劣っているのかを分析していました。そして、優れている部分はさらに伸ばそうとするし、弱い部分は補強する。海外の大学から優秀な先生を、高い給料を払って呼んでくるんです。そうして大学全体のマネジメントをして、競争力を高めています。日本の大学は、そういう視点が欠けているんじゃないでしょうか。

出口:地域おこしで必要なのは、「よそ者・ばか者・若者」と言いますね。大学もそうだと思うのです。これまでの伝統や権威を捨てて変えていくのは難しいと思うのですが、国全体の繁栄にとっても大学の改革は非常に重要で、ぜひやっていくべきです。文部科学省がそれを主導すればいいと思うのです。極端なことを言うと、「9月入学にしないと予算を出さない」くらいのことを言えばいい。

森田:それができれば、大きく変わりますね。

衰退を食い止めることが、いかにチャレンジングか

出口:あと、大学を変えるにはやっぱり企業を変えることです。だって、普通の人が何のために大学に行くのかというと、いいところに就職したいからでしょう?

森田:本音を言えば、そうでしょうね(笑)。

出口:だったら出口を変えれば、大学自体も変わらざるをえない。例えば、国際化のために英語ができる学生を増やしたかったら、企業が「TOEFL100点をとれない学生は採用しない」と決める。そうすれば、学生は必死に勉強するようになると思います。大学も学生からニーズがあれば、英語でおこなう授業を開講するなど対策をとるはず。変化が求められるときは、強いリーダーシップが必要です。誰かが蛮勇をふるって一点突破していかないと。

森田:そうですね。これから人口が減少して、日本もダウンサイジングをしていかなければいけない。本当に必要なことだけをする。何を削ぎ落とすかを判断する。そういうことができる政治のリーダーが求められますね。

出口:ロンドンに駐在しているとき、女性で初めてオックスフォードの学長になった方から、印象的な話を聞きました。大英帝国は、インドを失ったときから衰退が運命づけられているのだと。もう何十年も前からそのことを冷静に認識した上で、衰退のスピードをできるだけ落とそうとしてきた。衰退を食い止めることが、いかにチャレンジングであるか、ということをこの国のエリートに教えるのがオックスフォード唯一の役割なんだ、とおっしゃっていました。

森田:それはすごいですね。

出口:だから、オックスフォードで優秀な人は外交官になる。その使命に気づけなかった人は、シティに行って金融に入り金儲けをすると(笑)。

森田:イギリスの植民地統治というのは、基本的に現地で自治を認めながら、統治国のエリートをイギリスに連れていって、イギリスがいかにすばらしいかということを教え込んでいたんです。だから、インドで一番のエリートとして尊敬されるのは、きれいなクイーンズイングリッシュを話せる人なんです。

エリート教育が、国の行く末を左右する

出口:そうそう、インドのエリートの子どもを、みんな無条件にオックスブリッジに入れた。バングラディシュもそうですね。オックスブリッジに通っている人は、彼らを完全な仲間として扱います。すると、このインドやバングラディシュのエリートたちは「英国人っていい人だな」と思う。いくら本国でめちゃくちゃな統治をしていても、「これはレベルの低い人が来ているんだ。本当の英国人はすばらしい」と思うようになる。国のトップに立つような人が、英国への敵意を持たなくなるのです。これは、統治の方法としてすごく理にかなっています。

森田:アメリカもそうですよね。ハーバードなどの有名大学は、多額の寄附をした場合に子弟の入学を許可しているそうです。そのお金を使って、途上国のエリートを呼んできて育てている。アメリカの大学で教育を受けた人は、将来的にも親米的になる。しかも、大学の寮で同じ釜の飯を食っていた仲間が、将来のアメリカを動かすエリートになるから、エリート同士の人的ネットワークができる。すると、ちょっとした外交問題は、直接話して解決できたりするようになるんです。

出口:そう考えると、やっぱり大学って使いようによっては、国の発展に大きく役に立つのです。先ほども出たように、人口減少問題の解決策にもなる。大学をもっと上手に使って、国際化を進めていくことについて、国全体でもっともっと議論がなされていいと思います。

(次回へ続く)

(構成:崎谷実穂)

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