「ミシェルクラン」「ヒロコ・コシノ」「クレージュ」「エル」「アー・ヴェ・ヴェ」…。こうしたブランドに聞き覚えはあるだろうか。いずれも、かつて一世を風靡したことはあるから、ファッションに興味のない人でも聞いたことくらいはあるはずだ。

 これらのブランドを展開する老舗アパレルのイトキンが、経営危機に直面し、投資ファンド、インテグラルの傘下で経営再建を目指すことになった。今年2月10日のことだ。

 「イトキンが危ない」という話は、業界関係者の間で以前から時折、話題になっていた。それが2015年後半になると、より真実味を帯びて語られるようになっていた。ちょうど昨年、アパレル業界は大きなターニングポイントを迎えていた。ワールドやTSIホールディングスといった大手が、業績不振を受けて、軒並み店舗の大量退店を発表していたのだ(詳細は「ワールド大量退店が変える商業施設の未来図」。

 それなのに、同じように業績不振に苦しむと聞くイトキンの退店話は、あまり耳にしなかった。店を閉めるには、それなりの企業体力が求められる。もしかするとイトキンには、閉店するための資金すら残されていないのではないか。となれば、仮にファンドや銀行に支援を仰ごうとも、手を差し伸べる金融機関は見つかりにくいはずで、最悪の場合は倒産をまぬがれないのではないか――。そんな風に思っていた矢先のことだったので、最終的にインテグラルの支援を受けてイトキンが存続すると知った時には、率直に「良かった」と感じた。

 インテグラルは、これまでに「ヨウジヤマモト」などを支援した実績がある。アパレル業界に全く知見のないファンドではないし、イトキンの会長に就くインテグラルの辺見芳弘パートナーは、かつてアディダスジャパンの日本法人設立にも参画した人物だ。ずぶの素人が経営再建に乗り出すわけではないのだから、何らかの有効な再建策があるのだろう。そんな期待を持って、イトキンの今後の再建方針について話を聞いた。

 インテグラルの山本礼二郎代表パートナーや辺見パートナー、今後社長に就いて再建を主導するイトキンの前田和久副社長らの話は、「イトキン買収のファンド、真相を語る」をご覧いただきたい。

取材に対応するインテグラルの山本礼二郎代表パートナー(左)とイトキンの前田和久副社長(中央)、インテグラルの辺見芳弘パートナー(右)(写真=的野弘路)
取材に対応するインテグラルの山本礼二郎代表パートナー(左)とイトキンの前田和久副社長(中央)、インテグラルの辺見芳弘パートナー(右)(写真=的野弘路)

 内容をかいつまんで説明すると、イトキン再建策は主に3つの柱で成り立っている。1つ目は、不採算のブランドを整理し、不採算店舗を閉めること。28あるブランドを21まで減らし、店舗は現在の約1400から1000くらいに削減する。まずは赤字を垂れ流す体制を改める。企業再建においては当然の対処だろう。

 2つ目が販路の拡大。イトキンの販路の約7割は百貨店だった。だが地方を中心に、百貨店業界は苦戦している。そのため百貨店以外の販路に乗り出すというのだ。ブランド特性や客層を見極めながら、EC(電子商取引)やショッピングセンター(SC)などの販路を強化する計画だ。

 3つ目がブランドの育成だ。辺見氏によるとイトキンの保有するブランドは、多くが売上高30~50億円程度で、決してメガブランドとは言えない。ただそれゆえに、それぞれのブランドが多様化する消費者の好みに対応できており、ニッチ市場を攻略できる可能性が高いというのだ。百貨店を中心に展開されている「シビラ」や「タラジャーモン」、またSCに入る「アー・ヴェ・ヴェ」などをさらに育てて成長を求める。

 まずは赤字を「止血」し、販路を広げたり好調なブランドをてこ入れしたりして再建する。極めてまっとうな考え方だ。話を聞く限り、確かにこうした計画が実行できれば、イトキンは再建されるのだろうと感じた。

 だが、インテグラルの示すこうした再建策に、アパレル業界の関係者たちはあまり前向きな評価を下していない。

 イトキンが実施する第三者割当増資をインテグラルは約45億円で引き受け、さらに創業家である辻村氏とその一族を中心とする既存株主から株式譲渡を受けた。これにより、現在ではインテグラルがイトキン株式の約98%を保有することになる。

再建はできても、勢いは取り戻せない?

 今後インテグラルは3~5年でイトキンを立て直す計画だ。「IPO(新規株式公開)や株式持ち合いを目的に主要取引先に株式を持ってもらうなど、様々な方法を検討し、投資家やイトキン双方にとって一番良い資本政策を検討したい」とインテグラルの山本氏は語る。

 数年後に企業価値を2~3倍にして株式を売却することができれば、ファンドとして再建に乗り出す意味は十分にあるだろう。だが、仮に一定の企業規模まで再建できたとしても、「その先、イトキンが勢いあるアパレルメーカーになるのかは未知数」と大手アパレルの元首脳は首をかしげる。

 例えば、今後イトキンが強化するとしたSCへの出店。関係者の資料を基に2015年の実績を見てみると、坪効率が高いのは軒並みSPA(製造小売業)系のアパレルメーカーだ。一方で、百貨店などを中心に展開してきた既存アパレルメーカーはみな坪効率が悪い。

 百貨店を中心に展開してきたアパレルメーカーの場合、SPA系に比べると、人件費などのコストが重く、この体制のままでSCに出店しても、利益を生み出しづらいのだという。

 「単に挑戦していない販路に出れば解決策になるかと言えば、そんなに簡単な話ではない」(先の大手アパレル元首脳)。仮にSCに大量出店したとしても、稼げなければ賃料の条件は悪くなる一方だし、最悪の場合、退店を迫られる可能性もある。単純にSC強化が再建の「解」とは言えないというのだ。

 SCそのものも、日本国内ではモールごとの優勝劣敗の格差が大きくなりつつある。単にSCに出たからといって、人の集まらない「負け組」に出店するようでは意味がない。

 また、辺見パートナーが語った「数十億円規模のブランドが多数あること」が、必ずしも強みになるとも言えないのだという。百貨店でより有利な場所に売り場を構えるには、アパレル側が百貨店側に対して強い発言力を持たなくてはならない。それは何かというと、売れるブランドを持つことだ。だが「100億円規模のブランドがなければ、百貨店に対する発言権は強くならない」(大手アパレル元首脳)そうだ。

 確かに「シビラ」などイトキンの保有するいくつかのブランドは百貨店でも好調のようだ。だが、より売り上げを伸ばすべくもっと広い売り場を求めるには、百貨店側と交渉しなくてはならない。だが売り場の一等地は、既にオンワード樫山やワールド、三陽商会といったライバルが全力で守っている。メガブランドを押しのけてまで「シビラ」など、イトキンのブランドが有利な場所を確保できるかというと難しいのではないかという。

 業界関係者の多くは、イトキンの保有するブランドの「弱さ」を指摘する。数十億円規模のコアなファンを持つブランドはあるが、この先100億円規模に育てられる勢いのある旬のブランドがあるわけではない。アパレル業界で今、好調なのは、アダストリアやユナイテッドアローズ、ビームス、パル、バロックジャパンやアーバンリサーチなど、セレクトショップ系やSPA系の企業が展開するブランドが中心だ。ここにイトキンの保有するブランドの名前は入っていない。「体力が整った段階で、好調なブランドを傘下に収めて、次の成長の原動力にした方が良いのではないか」。こういった解決策を提案する関係者も多い。

 イトキンは再建できるのか――。この問いに対する解はイエスでもありノーでもある。ファンドの立場で見れば、構造改革を進めることで再び一定の利益を生み出せる企業にはなるだろう。だがアパレル関係者が考えるような「旬の企業」になるかというと、なかなか道は険しそうだ。

 創業家の辻村氏は、イトキンという社名や従業員を守りたいと考えて、経営から手を引く決断を下した。その思いの通り、「イトキン」はこの先も存続する。だが旬の企業として再び輝きを取り戻そうとするならば、今の再建策とはまた違う、何らかの「解」が必要になるのだろう。

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