中国が全面的にICO(仮想通貨発行による資金調達)の禁止に踏み切った。そのせいで元建てビットコインは大暴落。9月8日までの一週間で20%ほど値下がりしたとか。今のタイミングで決断したのは、党大会前に金融リスク要因を少しでも減らしたいから、らしい。党大会後に中国経済のハードランディングは避けられないとみて、資本家や企業家、小金持ちの官僚・政治家たちは資金移動や資金洗浄の道を探しているのだが、習近平政権は徹底してキャピタルフライトへの監視の目を光らせている。近年、資金洗浄、資金移動の手法として需要がのびていたICOも9月4日、ついに全面的に取引所閉鎖の通達を出されたという。中国のビットコイン大手三大取引所、OKコイン、ビットコイン・チャイナ(BTCチャイナ)は8日までに、この情報を確認しており、中国では当面、ICOは締め出されることになる。
26億元以上が凍結・払い戻しに
改めて説明すると、仮想通貨というのは、ブロックチェーンというコンピューターの分散型台帳技術を使って作り出すデジタルトークン・暗号通貨のことだ。ビットコインやイーサリアムといった名前がよく知られているだろう。その仮想通貨によるクラウドファンディングで資金調達をしてプロジェクトを遂行したり、あるいは資金洗浄、資金移動に使うことが中国ではこのところのブームだった。
仮想通貨の魅力はとにかくその価値の乱高下の激しさだ。わずか数カ月で3倍から10倍の価値になるなど普通だ。ときには1000倍の収益率もあるとか。中国人はもともと博打が好きなので、一攫千金的なビジネスに惹かれる傾向がある。さらに中国の電気代の安さが、コンピューターによる高速計算が必要な仮想通貨を“掘り出す”マイニングを行うのに適しており、玉石混交の仮想通貨投資に熱狂する一種のバブル状態に突入していた。
仮想通貨は中国の一般市民の家計にはほとんど影響はないが、2017年上半期のICO発展状況報告(国家インターネット安全技術専門家委員会)によれば、中国国内で65のICOプロジェクトがスタートしており、その累計融資規模は26.16億元、参加人数は10.5万人以上。つまり10万人以上が、65の仮想通貨プラットフォームによって集めた26億元以上の資金が事実上凍結、あるいは払い戻し処理を受ける、という話だ。この数字はむしろ控えめで、実際は200万人以上が仮想通貨投資を行っているという統計もある。
中国当局側の規制理由の建前は、仮想通貨によるクラウドファンディングなどは一種の非合法融資であり、金融詐欺やねずみ講などの違法犯罪活動にかかわる行為、金融秩序を著しく乱すもの、というものだ。一説によると、中国の仮想通貨は700種類ぐらいあり、そのうち、まともな仮想通貨は1%に満たず、その他は詐欺まがいのものだとか。また匿名取引を可能にするICOはテロや反政府活動に資金が流入する可能性もあり、当局の監視をぬって北朝鮮を含めて第三国に資金移動することも可能という点では、中国で規制がかかるのは時間の問題とも思われていた。
公式不良債権は51兆元、実態は…
ただ、この半年間で、ここまで企業家、資本家たちがICOバブルに熱狂したのは、習近平政権下での、いわゆる企業家や資本家への管理・監視強化の動きとも関係がある。対外投資一つ、国外資本の購入一つ、いちいち党の許可を受けなければならないようになっていく中、中国の正規金融システムが関与しない仮想通貨は柔軟な資金調達や資金移動の裏口という面もあった。
中国の金融状況を少し整理しておくと、中国が目下抱える最大の経済リスクは言うまでもなく金融リスクである。英格付け会社フィッチ・レーティングスの中国⾦融アナリストがまとめたリポートでは中国の金融システムが抱える不良債権は公式数字を6.8兆ドル上回り、今年末までに最低7.6兆ドル(51兆元)、不良債権比率は公式値の5.3%を大きく上回る34%と発表したことが、フィナンシャル・タイムスなどによって報じられた。四大銀行の不良債権比率が今年6月時点で5年ぶりに低下したとして、改善傾向にあるとの報道もあるが、実際のところは、不良債権受け皿会社(バッドバンク)に不良資産を移しただけで、数字のごまかしともいえる。ウォールストリート・ジャーナルの最近のコラムによれば、バッドバンク業界二位の中国信達資産管理会社は大手銀行の不良資産の6割を引き受けているが、すでにその処理能力を超えており、引き受けた不良債権の減損額はこの半年で2倍以上に膨らんだという。
しかも、習近平が打ち出す新シルクロード構想「一帯一路」戦略に従って、大手銀行四大銀行は目下最低でも一行につき100億ドル以上の融資を命じられている。当たり前のことだが、一帯一路戦略は経済利益を見込んだプロジェクトではなく、中国の軍事上の戦略の意味が大きい。一帯一路に投じられた資金が回収される見込みはまずないのだから(というより途中で頓挫するプロジェクトも多々あると予想される)、これは中国四大銀行がさらに不良債権を背負わされていくだろう、ということでもある。
シャドーバンキングの影
さらに中国の金融リスクを複雑化しているのは、シャドーバンキングの存在である。シャドーバンキングは、当局の金融引き締めの網をかいくぐって地方政府やデベロッパーが資金を調達するために発達したが、その規模は金融管理当局の管理監督が及ばないだけあって不確かである。ムーディーズはその規模を8.5兆ドルと推計しているが、18.8兆ドルという推計を出しているリポートもある。中国が昨年、金融リスク回避のために債権市場のレバレッジ解消、不動産投機への資金抑制を行ったがため、今年に入ってシャドーバンキング経由の資金調達が再び増えているという。シャドーバンキングを規制すれば、債券市場の流動性が細り暴落するといわれ、債券市場を安定させるためにレバレッジ抑制強化するとシャドーバンキングが活発化し、リスクが一層複雑化する、という悪循環に陥っている。
中国はこれまでシャドーバンキングによる理財商品のデフォルトをできるだけ回避する方向で来たがために、シャドーバンキングによる理財商品人気は一向に萎えていない。今後はデフォルト発生を増加させることで、痛みを承知で金融市場の健全化を進めるべきだという考え方も党内で出てきているのだが、そうなると金融のシステミックリスクに波及するおそれもある。
こうしたリスクを内包しながら金融市場を安定させる微妙なかじ取りは、かなりのセンスが必要とされるはずだが、習近平政権はこの一年の間で、中国保険監督管理委員会(CIRC)主席だった項俊波を含む金融規制当局のトップ4人中3人を更迭、失脚させた。その後釜は習近平に忠実なイエスマンばかりの「お友達人事」と揶揄されている。同時に銀行、証券、保険を含む金融業界全般に積極介入し、党のコントロールを強化する方針を打ち出している。
金融安定優先も、かじ取りは…
これは、習近平政権当初に打ち出されている金融市場の自由化、規制緩和に逆行する方針転換となる。規制強化、党の介入強化は、おそらくは中国の経済成長エンジンに大きなブレーキをかけることになるが、習近平としては経済成長を多少犠牲にしても金融の安定化を優先させたい、ということだろうか。だが、習近平にこうしたリスクを内包する金融市場のかじ取りをうまくできるほどの経済センス、金融センスがあるかどうかについては、疑問を持つ人が多い。なにせ、習近平はすでに二度、マクロ経済政策で大きな失敗をやらかしている。一度は株高誘導による国有企業債務危機の緩和政策。これは2015年夏の上海株大暴落「株災」という散々な結末で終わった。もう一つは2015年夏の人民元大幅切り下げ。これは国内外を震撼させ、人民元の信用低下を招いただけで、目的を達成しないまま軌道修正された。
なので、中国の金融市場は、党大会までは安定優先で無理やりリスクを抑え込み経済の安定成長を演出したとしても、その後は、習近平は何かをやらかす可能性は非常に高く、それがリーマンショックより10年ぶりの金融危機の引き金になるのではないか、と中国の投資家たちは気が気ではない。この半年の、仮想通貨への投資バブルは、既存の証券や理財商品や不動産や人民元とは違う、新しい投資対象に資産を分散させたいという心理も手伝ったとみられる。中国の今回のICO規制は、こうした投資家に対する嫌がらせめいたものも感じる。そのあたりが、米国やシンガポールのICO規制と本質的に違うところだろう。
では今後中国で、仮想通貨は全面的に排除されてしまうのだろうか。そうではないだろう。中国当局はブロックチェーンシステムについてはむしろ非常に期待を寄せており、人民銀行は「法定数字貨幣(仮想通貨)」の研究開発加速を打ち出して専門部署まで設けている。これは中国が官製仮想通貨を創設し、いち早く流通させ、まだその命運の定まっていない仮想通貨・暗号通貨の主導権を握りたいということらしい。
「一幣、二庫、三中心」で「党の完全管理」へ?
人民銀行数字貨幣研究所長の姚前が昨年9月に行った講演録がネット上に掲載されていたので、それを参考にすると、中国としての設計原則として、コントロールの中心化、電子マネーのような生活の中で使えるような携帯化、簡易支払い機能、匿名性、安全性を確保するという。
さらに「一幣、二庫、三中心」という抽象的概念をあげている。中央銀行が管理する暗号通貨は一種類とし、それを発行庫(人民銀行クラウド)と商業銀行庫(私有の仮想通貨を貯金するクラウド銀行)の二つに置き、認証センター、登記センター、ビッグデータセンターの三つのセンターによって管理するという。そう遠くないタイミングで、モデル地区で試験導入されるという話もある。
人民銀行が管理する仮想通貨が他の仮想通貨に先んじて中国国内で広がれば、一つには金融リスク監視や経済全体の取り引きの追跡が簡単となり、経済インフラそのものを劇的に変える可能性がある。そしてその市場の大きさを考えれば世界の基軸仮想通貨の地位も狙えるかもしれない。これは党が完全管理する金融という野望への一つの道となるかもしれない。実際、中国国内のスマホ(電子マネー)決済利用率が98%に上る中で、個人の消費追跡はビッグデータ化され、市民管理に応用されつつあるという。中国にこうした長期的目標があると考えれば、今回のICO規制は、人民銀行版仮想通貨ができる前に、競合するライバル仮想通貨を完全に排除しておく、という意味にもとれる。
だが、これは暗号通貨の代表であるビットコインが掲げる「中央銀行の存在しない国境のない自由な通貨」という理念と完全に真逆の発想で、よくよく考えると、こんな通貨に支配された世界はなんか怖い。中国のフィンティックがすごい、とやたら持ち上げる記事が最近増えたが、未来をよりよく変えるイノベーションというポジティブなイメージでは到底受け取れないでいる。
記事中、ICO、仮想通貨についての説明に誤りがありました。お詫びして訂正致します。タイトルと本文は修正済みです。 [2017/09/13 23:00]
トランプと習近平のしくじり合戦が始まり世界は大混乱へ…。秋に党大会を控えた中国が国内外に対してどう動くか。なぜ中国人はトランプを応援していたのか。軍制改革の背景とその結果は? 北朝鮮の暴発と米中の対立、東南アジアへの進出の可能性など、様々な懸念材料が散らばっている、かの国を徹底分析する。
ビジネス社 2017年6月9日刊
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。