リーダーとしての心得をおしえてください

Q

 私は現在2代目経営者の見習いですが、そろそろ世代交代の時期が近付いてきております。職場には自分よりも先輩もいれば、後輩もおります。いろいろな意味で個性的な人の集合です。その人たちをまとめあげて、事務所をさらに発展させていかなければならないとの使命感を毎日感じております。「週刊プレイボーイ」の編集長として100万部を達成された島地さんは、当時個性的かつ優秀な編集者たちをまとめあげて目標を達成されたことと思いますが、その秘訣を教えていただけませんでしょうか?特に、優秀な編集者の方々の能力を最大限引き出す術を是非伝授ください。よろしくお願いします。

(42歳・男性)

シマジ:俺は「週刊プレイボーイ」の編集長時代、会社の自分のデスクで1冊の本も読まなかったんだ。出版社の社員にとって本を読むことは仕事の一部だし、部長くらいに出世すると、現場に出ずに自分のデスクでずっと本を読んでいるような奴もいるものだが、俺は部下たちの前で本を読むことは一切なかった。

ミツハシ:はあ。

俺は本を読む姿も寝ている姿も部下に見られたくなかった

シマジ:どうしてもすぐ読みたい本があれば、会社の外に出て部下たちが絶対にやってこない場所で読んだ。それでも読み切れないときは、早朝に目覚まし時計をセットし、早起きして読んだ。 知っている人間の前で本を読むというのは、俺にとってオナニーを見られるのと同じくらい恥ずかしいことなんだ。

ミツハシ:私もその気持ち分かります。

シマジ:読んでいる本というのは、自分の関心や興味の所在を雄弁に物語るからね。自分の知識や知力、センスなんかも明らかにしてしまう。「何だ、いつも偉そうなことを言っているくせに、編集長はこの程度の本を読んでいるのか」と思われるのもシャクじゃないか。

ミツハシ:高尚な本や難解な本を読んでいたとしても、「これ見よがしにあんな本持ち歩いちゃって」と陰口を叩かれているんじゃないかと思っちゃいますしね。まあ、考えすぎなんでしょうが。 ところで、人前で本を読まない話と今回の相談がどうつながるのでしょう。

シマジ:あとでちゃんとつながるから心配するな。

 本を読む姿も見られたくなかったが、俺は寝ている姿というのも部下に見られたくなかった。「週刊プレイボーイ」編集長時代、校了明けの編集部には、朝まで徹夜仕事をしていた部下たちが何人もソファーや自分のデスクの椅子で爆睡していたものだが、俺は絶対に部下に寝顔を見せなかった。睡眠不足の中、特集記事の原稿が上がってくるのを待つときなどは、うっかり寝顔を見られないように、原稿を書き上げたら電話を寄越せと言って、女の家で寝かせてもらっていた。

リーダーというやつには神秘性が必要なんだよ

ミツハシ:「それなら自分の家で寝ればいいのに」と一応言っておきます。

シマジ:それじゃあ普通過ぎる。

ミツハシ:「普通じゃダメなんですか」と一応訊いておきます。

シマジ:もちろん、普通ではダメだ。リーダーというやつには神秘性が必要なんだよ。

ミツハシ:神秘性……。なるほど、ここで相談につながるんですね。

シマジ:そうだ。どんな本を喜んで読んでいるか、睡魔に負けてどんなツラで寝てしまうのかなんてことを部下に知られたら、リーダーの神秘性なんてものは望むべくもない。そそくさと自宅に戻り、そこで原稿を待っているなんていうマイホームパパのような真似をしたら、クセ者揃いの雑誌編集者たちから「詰まらぬ男」と間違いなく軽んじられる。

 「原稿が上がったらこの番号に掛けろ」と毎回異なる電話番号を部下に渡し、そこの掛けると必ず女が電話に出る。そういうことの積み重ねが部下たちに「俺たちのボスは何だか分からないがスゲー」と思わせ、畏怖の念を抱かせるんだよ。

ミツハシ:なんだか「鬼平犯科帳」あたりに出てくる盗賊の頭みたいな行動様式ですね。

シマジ:ミツハシ、いいことを言うじゃないか。そう、週刊誌の編集長なんてものは盗賊の頭でいいんだよ。信頼と敬意に基づく固い結束で結ばれた男たちの集団の頂点に畏敬の対象として君臨するのが週刊誌編集長だよ。

 お宝と危険の在りかを敏感に嗅ぎ取り、「野郎ども、抜かるなよ」と号令をかけて即断即決で異能の人材を縦横に動かす。そうして大きく儲けたら部下たちに大きく分配して報いる。それができれば、部下たちをまとめ上げることは難しくない。

「功績は部下に、責任は自分に」というのがリーダーの原則だ

ミツハシ:盗賊の頭の心得を説かれてもねえ……。それにこの相談者は2代目ですよ。自分より経験も知識も豊富な先輩たちに揉まれてここまで来たはずです。そんな若旦那がいきなり神秘的なボスなど目指し始めたら、周囲の失笑を買うだけではないかと思います。

シマジ:2代目といってもいろいろだから、創業経営者の跡取りとして一目置かれていてカリスマ性もあるなら、こっちの路線を歩むべきだと思うね。ボンボンとして育ち、みんなから可愛がられてここまで来たなら、畏怖されるリーダーよりも愛され、周囲が守ってあげたいと思うリーダーになる手もある。

 いずれの場合も、「功績は部下に、責任は自分に」というのがリーダーの原則だ。「どんな結果になっても最後の責任は俺が取る。失敗を恐れず、どんどん攻めていけ」と皆に宣言してこれを実行する。それができれば、リーダーとしての成功は7割がた約束されたようなものだ。

ミツハシ:責任は俺が取る。これが一番難しいんですよね。

シマジ:サラリーマンの場合はその通りだ。課長には部長が、部長には取締役が、とリーダーにも上司がいて働きぶりを評価される。社長になっても前社長や銀行や株主が目を光らせ、何かあったら首をすげ替えられる。責任を下に押し付けて逃げる卑怯者が絶えないのも道理だ。

 だが、創業家は事情が違う。部下に責任を押し付けても業績が良くなるわけではなし、逆に部下の信頼や忠誠心を失うだけだ。会社がガタガタになって困るのは相談者自身だ。どうせ責任を誰にも押し付けられない立場なのだから、最初から責任は俺が取ると宣言してしまったほうがいいに決まっている。

ミツハシ:それはそうです。

シマジ:寛容さもリーダーに大切なものの一つだ。 俺が週プレの編集長時代のことだが、フリーライターのコミネが「野坂昭如先生と一緒に食事をするので取材費をお願いします」と頭を下げてきた。俺は贔屓にする店を教えて俺の名刺を渡し、「ここに請求書を送ってもらえ」と伝えてやった。実は、奴は野坂先生ではなく、違う目的のために別の人間と飯を食おうとしていたんだがな。

職場というのは明るくなくちゃいかん

ミツハシ:コミネさんが書いた「若者のすべて」(小峯隆生著・講談社)にその場面が描かれていますよね。

シマジ:あの本では、コミネが俺をうまくだまくらかしたように読めるが、もちろん、当時の俺はコミネが嘘をついていることくらい百も承知だった。だが、俺はコミネが小金をちょろまかすような人間ではなく、飲み食いした分は必ず仕事に生かすと信じていたから、嘘を承知で騙されてやったんだよ。

 男が、いや、いまは女も同じだが、人が人にまみれて仕事をしていれば、本当のことをありのまま上司に報告しても詮ないことがある。部下の言葉の端から鋭く矛盾を嗅ぎ取って、それを逐一指摘するのが有能な上司だとは思わないね。部下の罪のない嘘に悠々と騙されてやれば、部下は上司に負い目を感じる。そうして俺の言うことなら何でも聞く部下にコミネを育て上げたんだ。

ミツハシ:シマジさんも人が悪い。でも、罪のない嘘なのか、後で大きな問題になりかねない嘘なのか、もともと悪意から来る嘘なのか、そこらへんを見抜くのはそう簡単ではないと思いますが……。

シマジ:卑怯者を見抜く眼力というのは絶対に必要だな。だが、これは自分から多くの人に会いに行き、人と深く付き合う経験を重ねれば身についていく。

 あっ、もう一つ言っておかなければいけないな。職場というのは明るくなくちゃいかん。そのためには、いい仕事をした人間をみんなの前で大っぴらに褒めることだ。褒めるときは少々大げさすぎるくらいで丁度いい。

ミツハシ:シマジさんの得意技ですね。私もそれに乗せられ、気が付いたら、「乗り移り人生相談」はこんな長期連載になっていました。

シマジ:それは違うぞ。ミツハシの当意即妙の合いの手とユーモアあふれる抜群の執筆力があるからこそ長く続いているんだ。本当にミツハシは天才だ。

ミツハシ:この調子です。

シマジ:褒めるときとは逆に、叱るときは誰もいない部屋で一対一で叱るべきだ。人前で叱ってプライドを傷つけてもいいことなど何もない。笑い声が上がるような職場でなくては、いいアイデアなんて浮かんでこない。相談者が率先して明るい雰囲気を作り、出勤するのが楽しみな職場にしてくれ。

本記事は、 nikkei BPnet から転載したものです

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