9月1日、アメリカで人気のオンライン・ビデオサイト、「Hulu(フールー)」が日本でサービスを開始した。日本でのサービスは、月額1480円で見放題、現在は1カ月無料お試しができる。タイトルとしては、「24」「LOST」などといった人気テレビドラマ・シリーズや映画が中心で、CMは入らない。NTTドコモがマーケティング・パートナーとなっている。

iPadの画面に表示した「Hulu」のウェブサイト(写真提供:Hulu)

 Huluは、アメリカの主要地上波テレビ局(Fox・NBC・ABC)などが出資する合弁会社。親会社のコンテンツを中心に、テレビ番組や映画をネット配信している。

 アメリカでは、ユーザーは無料視聴で、番組の前や途中でCMが入るのが基本。これに特典のついた有料プランも別立てである。コンテンツの品揃えも料金体系も画面のインターフェースも、日本のものとはかなり違う。

 アメリカのテレビ業界は既存プレーヤーと新参者が入り乱れて混沌状態が続いている(関連記事:米国版・荒野の西部劇「テレビ酒場の大乱闘」)。そんな中から台頭し、「テレビ視聴の習慣を一変させた」と言われるHuluとはいったいナニモノなのか。テレビの事情に詳しい専門家、「我が家のティーン息子」の行動をサンプルとして、アメリカでの状況を観察してみよう。

「ユーチューブ対策」から始まったHulu

 2006~2007年頃、テレビ番組の録画がユーザーによりユーチューブに投稿されて人気を博すケースが相次ぎ、テレビ業界では「ナップスターが壊した音楽業界」と同じ道を歩む危機感が急速に高まった。

 音楽業界では、業界団体が楽曲を無断シェアしたユーザーを提訴することでユーザーを敵に回してしまい、事態がますます悪化した。テレビ業界はそれを間近で見ていたので、ユーザーの無断シェア防止対策だけでなく、自らが主体的に番組をネット配信する試みも開始した。

 アップルの音楽配信サービス「iTunes」を経由した個別番組有料販売や自社サイトでの無料配信などが試され、その一環としてFoxとNBCの2社が2008年にHuluを開始した。そこに後からABC(現在はディズニー傘下)も加わり、ケーブル専門チャンネルのヴァイアコムなども一部番組を提供するようになった。

 現在までのところ、番組の個別有料販売も個別チャンネルごとの無料配信も「そこそこ」程度だが、複数チャンネルを集めたポータルとしてHuluは生き残っている。

 Huluでは、地上波番組のうち、視聴率最上位を占めるスポーツやイベントのライブ番組は扱っていない。連続ドラマ、アニメ、コメディ・ショー、リアリティ・ショーなどの「蓄積型」コンテンツが対象で、通常はテレビ放映の翌日にはHuluにアップされるが、無料版では過去放映を数回前までしか見られない。

 2010年6月からは、有料プラン「Hulu+(フールー・プラス)」も提供している。Hulu+会員になれば、月額7ドル99セントで(1)過去シーズンのアーカイブをすべて見られる、(2)iPadやゲームコンソールなど、パソコン以外の端末でも利用できる、といったいくつかの特典がある。

 会員になれば無制限に番組を見られるが、番組中の広告は通常通りに表示される。Hulu+で見られるタイトル数は膨大で、2011年第2四半期(4~6月)の財務発表の中で「テレビ番組2万8000本、映画1450本、短いクリップ2万5000本以上」と発表している。

 さて、我が家のティーン息子である。彼は、だいぶ前に子供向けチャンネルを卒業した後、ここしばらくは刑事ドラマにすっかりはまっている。えらくたくさん見ている上、普段見ないものでもどれがどんなストーリーかよく知っている。しかし今どき新聞にはテレビ番組表などなく、芸能系の雑誌やサイトも息子は見ていない。

 不思議に思って「そんなにたくさんのドラマ、いったいどこで見つけてくるのよ?」とある日聞いたところ、「Huluだよ」との返事。

 何でも、最初は友だちに勧められたドラマを1つ、試しにフルで見てみた。すると「この番組を見た人は、他にこんなものを見ています」というオススメが表示される。リンクをクリックするだけで無料ですぐに見られるので、気軽にお試しできる。それを次々と見ていくうちに、いくつかが気に入り、続けて見るようになった。

 大好きな番組は、早く次の回が見たいので、地上波オンエア当日にテレビで見るようになる。これまで、およそ地上波テレビなど見なかった息子が、テレビの前で番組が始まるのを待ち構えるのには驚いた。

 世上よく、HuluやNHKオンラインのようなテレビ番組の時差配信サービスは「見逃し視聴(見逃した番組を後で見る)」のためと言われ、「テレビ→ネット」という方向ばかりが取り沙汰されるが、彼の場合「ネット→テレビ」という、逆方向の導線である。

ティーンの息子がHuluの有料会員になったワケ

 さて、アメリカのテレビ番組は1シーズンが長く、人気が出れば複数シーズン続く。気に入った番組は、やはり一番最初の回から見たくなるのが人情だ。しかし、無料版ではわずかしかさかのぼって見られない。

 かくして、過去アーカイブを見るために、彼は毎月のお小遣いの大半にあたる7ドル99セントをはたいてHulu+の会員になった。会員になると携帯端末でも見られるので、自分の部屋でiPhone上で視聴できるようになった。Huluの番組には成人指定のものはないので、親としては何が出るか分からないユーチューブよりは一応安心である。

 さらに、ティーンとしては当然、Huluのアカウントを自分のフェースブック・アカウントに連結する。彼がHuluで番組を見ると、自動的にフェースブックに表示され、同じ番組を見た友だちがコメントを付けたり、「こんな番組が始まったよ」などといった情報を交換したりする。

 アメリカでも日本でも、ネットにあまり親しみのない人たちは、ネットを「配信」(ディストリビューション)の片方向パイプとしてしか認識しない傾向がある。確かに、パソコンやさまざまな端末で見られる「マルチ端末配信」や、いつでもオンデマンドで見られるという手軽さは重要な特徴だ。

 しかし、今どきのデジタル・ネイティブたちにとってネット配信の一番の良さは、検索・過去履歴・オススメ・ソーシャルなどといった、「インテリジェンス」の部分なのだ。むしろ配信自体は「居間のテレビで、放映時間に拘束されても、場合によっては構わない」のである。

 さて、順調に成長しているように見えるHuluだが、実は現在「身売り交渉」の真っ最中だ。

 もともと呉越同舟の親会社は、それぞれに状況や方針にばらつきがある。NBCはケーブル配信会社コムキャストによる買収が今年完了したばかり。一方、Foxはいくつかの人気番組を有料会員以外に対して8日後まで見られないようにしてしまった。

 背景には、ネットでの映画・テレビ番組ストリーミング配信分野で、HuluのライバルであるNetflix(ネットフリックス)がじわじわと影響力を増してきたことがあると言われている。

 Netflixでユーザーがコンテンツを見ると、映画会社やテレビ局はその都度、有料配信ライセンス料を受け取るのだが、これが徐々に積み上がり、「誤差の範囲」ではなくなってきたのだ。

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