アマゾンが酒類の直販をするために確保した免許は、数年間休眠していた“ゾンビ免許”だった。取得の過程には、大手卸の陰もちらつく。ここにも、ネットを巡る規制論議の課題がある。

 4月、インターネット通販最大手のアマゾンジャパンが酒類の直接販売を始めた。販売ページには、「アサヒスーパードライ」、「キリン一番搾り」、「サントリープレミアムモルツ」など、大手ビールメーカー各社の看板商品のほかに、日本酒、焼酎、ウイスキー、ワインなど様々な酒が並ぶ。

 銘柄が非常に多様でかつ、持ち運ぶには重い酒類は、ネット通販が比較的強みを発揮しやすい分野とされる。小売り店舗に比べて郊外の倉庫で豊富な品揃えができ、配送を希望する購入者も多いからだ。ネット通販で圧倒的な存在感を持つアマゾンの直販は、少なからず業界関係者に衝撃を与えた。

「アマゾンは免許をどうしたのか」

 だがそのニュースが駆け巡ったのと同時に、酒類販売の業界関係者には1つの疑問も浮かんだ。それは、「アマゾンは免許をどうしたのか」というものだ。

 日本国内で酒類を販売するためには、免許が必要なことは多くの方がご存じかと思う。

 もう少し詳しく説明すると、一般消費者に酒類を売ろうとする場合、現状では対象となる免許が2種類ある。小売り店の店頭で酒類を販売できる「一般酒類小売業免許」(以下、「一般免許」)と、インターネットなどの通信販売ができる「通信販売酒類小売業免許」(以下、「通販免許」)の2つだ。

 この2つには店頭と通販という区別のほかに、もう1つ大きな違いがある。一般免許には、販売する酒の種類に特に規制がないのに対して、通販免許には制限があることだ。

 具体的には、「課税移出数量」が3000キロリットル以上の国内酒造メーカーが製造・販売する製品は、通販免許では扱えない。

 簡潔に言い換えれば、要するに国内の大手ビールメーカーなどが生産した商品は売ることができない。通信販売で売ることができるのは、原則として比較的小さな国内酒造メーカーが作った酒と、輸入酒だけなのだ。

 ただ、これには例外がある。

 一般免許の取得者が、免許のある店舗から1つの都道府県内の消費者を対象に販売する場合だ。売り先が同一都道府県内の消費者の場合は、受注・販売の手段がネットであっても規定上は「一般免許」の対象となるため、すべての酒類を売ることができる。スーパーや酒屋が店頭から宅配する場合が、おおむねこれに当たる。

 むろんこの場合は、同一の事業所から2つ以上の都道府県に商品を販売することはできない。比較的近くにいる人にしか売れないので、大手のビールを全国の消費者に大量に販売するようなことはできない。

 少々説明が長くなったが、要するにアマゾンに対して業界関係者らが感じた疑問とは、「全国に通信販売するはずのアマゾンが、どうして大手の国産ビールを売れるのか」というものだった。

 では、アマゾンの商売は違法なのか。いや、そうではない。彼らは合法的に、大手メーカーのビール類を全国に向けて大々的に売り出している。ならば、どうやって――。アマゾンの広報は、本誌の取材に対して明確な回答を避けたが、彼らが使ったのは、酒類の販売免許に関する、もう1つの例外だった。

 埼玉県のある団地に、4年ほど前に営業を終了した酒屋がある。この店主は、店を閉じる時に取引先の卸業者から「免許は返上しない方がいい」とささやかれた。

 店主は当時、それが意味することを正確には理解できなかったようだが、後になって、その言葉の意味を知る。「その免許を目的に、会社を譲り受けたいという企業がある」との連絡があったからだ。

 その企業とは、もちろん、アマゾンのことである。この商店主の会社は、2012年12月に商号を「Amazon FB Japan」に変更している。それと同時に社長に就いたのは、アマゾンジャパン社長でもあるジャスパー・チャン氏だ。

すべてができる、「レア免許」

 商店主は閉店まで30年以上、酒屋を経営していた。免許は商売を始めた頃に取得したもので、正確には分からないが少なくとも昭和年代であることは間違いない。

 実は平成元年6月より前に取得された免許には、先ほど触れた「一般」や「通販」の区別がない。つまり、それ以前の免許を保有している者は、店頭でも通信販売でも、合法的にすべての酒類を売ることができる。むろんビール類もだ。

 こうした実質的に「無制限」の免許を新たに取得することは、現行ではできない。もし今から、大手のビールなども含めて酒類を全国に通信販売したいのならば、アマゾンのように古い免許の取得者を探し、それを活用するしかない。

 だがこれは、口で言うほど簡単なことではない。酒類の免許は個人または法人に認められるが、個人で免許を取得している場合はそれを他人が活用することはできない。法人であれば、経営者の変更ということで対応できるため、法人化している事業者で、かつ、その会社を実質的に手放してくれるオーナーを探す必要がある。

 酒類販売を巡っては、2001年と2003年に免許を交付する際の「距離基準」と「人口基準」がそれぞれ撤廃され、酒販は原則自由化された。だがそれ以前は、コンビニエンスストアなどが酒類の販売権を巡って免許の争奪戦を展開。当時は免許を実質的に“販売”する仲介事業者もあり、多くの保有者がそうした参入事業者に自らの免許を譲り渡した経緯もある。

 アマゾンにとって、自ら酒類を販売する際に、需要の大きいビール類を販売できないことは到底認められないことだったのだろう。だからこそ、新たに「通販免許」を取得するのではなく、わざわざ昔の免許を探す道を選んだ。しかしさすがの彼らも、条件に当てはまる事業者を自力で探すことは難しかったようだ。そこで頼ったのが、食品卸大手の国分だったらしい。

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