「国家は破綻する~金融危機の800年」(著者:カーメン・M・ラインハート&ケネス・S・ロゴフ、日経BP、2011年3月)という本が妙に売れている。

 「妙に売れている」という意味は、この本は超長期の過去にさかのぼった興味深い歴史金融データを提供しているのだが、どう見ても一般読者向けの本ではないのだ。608ページに及ぶ分厚さと4200円という高価格の設定自体が、売れる部数を期待していない「専門書」であることを示している。

「今回はこれまでとは違う」の愚かさ

 にもかかわらずアマゾン(amazon.co.jp)では「一般投資読み物」のジャンルで10位の売れ行きランクになっている(6月19日現在)。専門書としてはやや意外なほど好調な売れ行きだろう。2008年の欧米の金融危機と世界不況を経て、さらに日本では東日本大震災が加わり、膨張する財政赤字、累積する政府債務の先行きに対する不安感が世間一般に広がっているためだろう。

 欧州のPIIGS諸国(ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペイン)の財政危機問題、とりわけギリシャ国債のデフォルト(債務不履行)は現実の差し迫ったリスクとして語られている。既に日本国債は格下げされ、米国債の格付けも「安定的」から「ネガティブ(格下げ方向)」に見直されるなどの報道を受け、財政赤字膨張の先にどのような世界が到来するのかという不安が世間に広がっている。

 この本の英文原題“This Time Is Different”に込められた著者のメッセージは、近現代の歴史を通じて、政府も民間も債務の膨張に支えられたブームとその崩壊を繰り返してきたこと、それにもかかわらずブーム(あるいはバブル)の時期には「今回はこれまでとは違う」という現状を正当化する言説が毎度横行してきたことへの批判である。

 その意味で、政府債務のみでなく民間債務破綻も対象になっているのだが、今の時代の不安な雰囲気を敏感に感じ取った出版社は、日本語版のタイトルを「国家は破綻する」としたのだろう。このタイトルも売れている理由だろう。

「日本は違う」という根拠なき楽観

 この期に及んでも、「日本の貯蓄率は高く、政府の国債の約95%は国内の貯蓄でファイナンスされているので、日本はPIIGS諸国とは違う。その証拠に国債利回りは1%そこそこの低さを維持しているではないか」という主張が、少なくない政治家や一部の経済評論家から聞こえてくる。増税や給付の削減という厳しい課題に直面することを厭う政治家や有権者には、“Japan is Different”という甘いささやきだ。

 しかしながら、「日本の貯蓄率は高い」というのは過去の事実であって、今日では妥当しない。

 いずれの国においてもファイナンスの最終的な源泉は家計の貯蓄である。2010年の時点で各国比較すると、日本の家計貯蓄率は6.5%であり、米国5.8%よりやや高いが、ドイツ11.4%より低く、「OECD Economic Outlook Data Base」にリストアップされた21カ国の平均値7.3%よりも低い。

 にもかかわらず、10年物国債金利は1%そこそこと超低位を維持しているのはなぜだろうか。

 実は政府債務の膨張にもかかわらず、長期国債の超低位金利が実現されていることにこそ、今の日本経済の閉塞の根本があると筆者は考えている。それをご説明しよう。

なぜメガバンクまでもが郵貯化するのか?

 三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の貸借対照表(2011年3月末、連結ベース)を見て筆者は驚いた。

 保有する「有価証券」の残高が71兆円(総資産の34.4%)にも増加し、貸付金80兆円(同38.8%)に匹敵する第2の資産項目になっているのだ。保有有価証券は国債と地方債が大半であり、64%を占めている(国内株式の比率は5.1%)。2005年3月末の有価証券保有残高は48.5兆円(総資産の25.9%)、貸出金85.7兆円(同45.8%)であるから、6年間で有価証券の保有残高は22.5兆円も増えたことになる。

 みずほFGや三井住友FGも見てみたが、同様に国債と地方債を中心にした有価証券保有の急増と貸出比率の低下が見られる。

 さらに日銀のデータで日本の預金預入金融機関全体(信金や信組も含む)の金融資産に占める国債等(国債、地方債、政府関係機関債)と貸出金が総金融資産に占める比率を示したのが図1である。

 メガバンク同様に2000年代以降、国債等の保有比率が目立って上昇している。一方、貸付金の比率が低下している。

 元々ほとんど国債等のみを保有している郵貯銀行もこのデータは含んでいるので、国債保有比率の増加は郵貯を除く民間の金融機関で生じていると言える。要するに2000年代になって「民間銀行の郵貯化」が急速に進んでいるのだ。

 元来日本のマネーフローは、家計貯蓄の株式や社債などへの投資の多様化が進まず、銀行預金を通じて企業部門の貸付金に流れ、郵貯への資金は国債の購入に集中していた。ところが2000年代以降は、民間銀行の資金も国債に流れるという変化、つまり「民間銀行の郵貯化」が進むことで政府債務はその急膨張にもかかわらず超低位に安定しているのだ。

 念のために保険・年金基金の運用する金融資産の主要項目内訳がどのように変化しているかもチェックしてみた(図2)。なんとここでも株式投資の比率が低下する一方で国債等の比率が顕著な増加を示しているではないか。

赤字国債という巨大なネズミ講の拡大

 「経済の低成長が続いているので、企業部門の資金需要は弱い。一方、政府の赤字は増加して政府部門の資金需要が拡大している。従って国債に金融機関や投資機関の資金が流れるのは当然だ。それで何か問題があるのか?」

 そう考える方もいるだろう。

 しかし「一国の経済が豊かになる」「経済的な富が蓄積する」ということはどういうことか考えていただきたい。家計が住宅ローンを借りて住宅投資を行う場合にも、企業が資金を借り入れて設備投資する場合も、負債の見合いに資産が生まれる。企業と家計の関係に限定して言うと、家計の貯蓄が銀行融資や株式・社債を通じて企業部門に流れ、付加価値を生産する企業部門の資産を増加させることで実体経済は拡大し、豊かになる。

 つまり、家計の住宅ローンにしろ、企業部門の負債にしろ、資産と負債の両建ての拡大がファイナンスされることで一国の経済全体の富の蓄積が実現される。

 ところが、赤字国債の発行で政府負債が増加する場合は、政府のバランスシートの資産サイドには負債の増加の見合いとなる資産の増加は全く存在しない。

 筆者は短期的・中期的な財政赤字による景気対策は否定しない。しかし政府債務の長期にわたる一方的な累積は、将来に向けた巨大なネズミ講(ポンジスキーム)にほかならない。資産の裏付けのない赤字国債が、途方もなく膨張し、投資家や金融機関が何も疑うことなく、積極的にそれを購入し続けているというのは、究極のバブルかもしれない。

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