レアメタル(希少鉱物)やレアアース(希土類)の市場が熱い。農地も世界各地で争奪戦の様相だ。西欧や産油国、中国などが、積極的に農地を求め、支配下に置いている。ゴールド・ラッシュ、オイル・ラッシュにつづいて、ランド・ラッシュ(土地争奪)だ。
森林にも触手が動いている。米国の有力投資家たちは現地法人を通じ、ブラジル・アマゾン流域の森林を買収する。その森は生物多様性の観点から最も多様な種を擁して、しかも世界の肺ともいわれるエリアだが、それらを遺伝子組み替えの大豆畑にするという。
日本国内でも、さまざまなセクターが山林買収に乗り出している。過去10年間の土地取引件数(5ヘクタール以上)は、ここ数年で急増した。年間800件(2000~2002年)だったものが、1100~1200件(2006~2008年)に増えた。40~50%の増加だ。
その総土地取引面積も大幅に増加している(下図)。住友林業はここ2年で、所有森林を17%増の5万ヘクタールまで増やす計画(*1)」だし、木材流通業者も森買いをはじめた。林業に縁のなかった異業種からの参入もある。とりわけ新興の不動産業者が山林相場を活気づけている。フォレスト・ラッシュ(森林争奪)だ。
*1 地主との長期森林管理契約も一部含む

産業としての「林業」が儲からず底冷えしているのと、好対照である。
その狙いが木材でないなら、水、CO2、あるいは生態系サービスの市場化だろうか、それとも国土という土地資源なのか? 顔がなかなか見えないセクターもある。
投げ売りしたいと急ぐ森林所有者と、狙いはわからないが買収をもくろむ複数のバイヤー。それらを山林ブローカーたちがつないでいく。森へ向かうのは“森ガール"だけではないのだ。
顔の見えない購入者はやがて…
森林買収が増えていく中、外資の噂が絶えない。
「ある日突然、新たな森林購入者が現れ、付近一帯の山々を占有したことを宣言して土地を囲い込み、民間警備会社に厳重な警備をさせて地域住民を排除する。そして、隣地に無断で一方的に境界を主張し、伐採や投棄を行ったり、地下水を大々的に揚水したりしはじめる。
やがて、水位が変化したり、汚染が拡がっていったりしたとき、その森林が下流地域に対して果たす基本インフラとしての側面から、また 国家安全保障(national security)の観点から問題になっていく。本社が海外にある場合は、海を越えての境界紛争や環境論争がはじまっていく。そんな近未来もあながち絵空事ではないはず…」
これらを小説だという人もいる。口裂け女や人面魚と同じ「都市伝説」にすぎないという。
あるいは、日本の土地制度の特異性を知悉したセクターによる「見えにくい足場づくり」だとする外資脅威論者もいる。
水源林買収の噂がどの範疇に入るのか不明だが、問題は予測されうる未来に対し、十分な備え――最低限の制度が諸外国並みに揃っていない点だ。加えてインフルエンザのパンデミック騒ぎに比べ、テーマへの制度的な対応が鈍い点も気になる。
特に、地図混乱地域(登記所の公図と土地の位置・形状が著しく相違している地域)では、「時効取得(*2)」を根拠に、20年経つと、後発の参入者が所有権を一方的に主張していく可能性もある。
*2 鎌倉時代の御成敗式目以来、事実上、その土地を長期にわたって実効支配した場合、その支配権を正統性を問わず認めるという考え方による。民法162条に規定されている。
そういった事態が発生してしまった場合、手遅れだったと気づいてもにわかには措置しようがなく、元に戻すには、膨大なコストと時間を要することを知らなければならない。
なぜこういった警鐘を鳴らすのか。
日本の土地制度には、3つの盲点があるからである。
「済州島を買っちまえ」
2008年10月。国境の島・対馬の不動産が韓国資本に買収されたと話題になったとき、当時の総理は次のようにコメントした。
「土地は合法的に買っている。日本がかつて米国の土地を買ったのと同じで、自分が買ったときはよくて、人が買ったら悪いとは言えない」
外務省も静観した。
「合法的な取引について政府として何か言う立場にない。規制できるものかどうかわからない」
果たして、マンハッタンのビルを買うことと国境離島の買収は同じだろうか。
その後の2009年3月。連合の笹森清氏(前代表)が民主党首脳との会話を披露した。
「対馬が(韓国の)ウォン経済に買い占められそうだ」
こう言った笹森氏に、民主党の小沢代表(当時)は次のように応じたという。
「そのことを心配するなら、いま絶好のチャンスだ。円高だから済州島を買っちまえ」
地元長崎の衆議院議員のパーティー会場での会話だったというから深い意味はなかったろうが、果たして済州島は買収できるのだろうか。ちょっと気になって調べてみた。
結論を言うと、済州島を買いとることは不可能である。
なぜなら、韓国には「外国人土地法」が機能していて、外国人が韓国国内で土地を所有する場合には制限が課されているからだ。生態系保全区域や文化財保護地域、軍事目的上必要な島嶼地域等の土地売買は、許可が必要とされている。済州島には周辺離島も含め、国境警備のために軍が常駐しているから、全島を買い取ることは事実上不可能だ。
これに対して、日本国内では土地はだれでも購入することができる。国籍を問わない。対馬も例外ではなく、土地売買はフリーで特段の制限はない。不動産登記簿に国籍を記入する必要もない。大正14年(1925年)に制定された「外国人土地法」が残っているものの、全く機能していない。肝心の制限区域の基準や要件が政令によって定められていないから、眠れる法律のままになっている。
私たちが済州島を買うことはできないけれど、外国人は対馬はもとより日本全土を買うことができる。しかも無制限である。下表に示すように、アジアで外国人がフリーに土地所有できる国は日本だけだ。
1つ目の盲点がこれである。
表 外国人(法人)の土地所有規制の状況
国 | 規制内容 | ![]() ![]() ![]() ![]() |
---|---|---|
中国 | ![]() |
土地所有権は原則、国家に帰属。 |
インドネシア | ![]() |
外国企業は開発権や建設権などを得たうえで、特定の土地で操業するのは可能 |
フィリピン | ![]() |
外国人投資家は、投資目的のみに利用される土地をリースすることは可能 |
シンガポール | ![]() |
法務大臣から許可を受けていない外国人(法人)の土地所有は不可 |
インド | ![]() |
外国人の土地所有は原則不可。一定の条件下で外国企業の現地法人による土地取得は可能 |
韓国 | ![]() |
外国人土地法に基づき、申告または許可申請が必要 |
イギリス | ![]() |
土地所有者は保有権(hold)を持つのみ。土地の最終的な処分権原(底地権)は、政府(または王室)に帰属 |
フランス | ![]() |
公的機関による先買権が強化されるなど、個人の所有権は後退。公的機関の土地収用権も強い。 |
日本 | ![]() |
制限なし |
(出所)日本貿易振興会ホームページなどを基に作成
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