6月1日、改正薬事法が施行され、風邪薬や頭痛薬、妊娠検査薬など一般用医薬品の約7割がインターネットなどを通じて販売できなくなった。
「なんでやねん。意味が分からない」と楽天の三木谷浩史社長が吠えれば、民主党の鈴木寛参院議員が「憲法と民主主義に対する蹂躙だ」と息巻く。ネットで医薬品の通信販売を手がけるケンコーコムはついに国を相手にした訴訟に踏み切った。厚生労働省が国民に意見を求めたパブリックコメントでは97%が規制に反対する意見だった。
にもかかわらず、厚生労働省は「副作用等の安全性を考えると、医薬品は対面販売を原則とするべき」との見解を最後まで曲げず、ほぼ、当初の目論見通り、ネットなどでの通信販売を規制する「省令」を押し切った。
なぜ、医薬品の通信販売は禁止されたのか。これまで、あまり語られてこなかった政治の側面から検証する。
6月1日、改正薬事法が施行された。大きな変更点は、薬剤師でなくとも試験に合格した「登録販売者」がいれば、コンビニでも家電量販店でも一般用医薬品(大衆薬)を販売できるようになることだ。
薬剤師不足が叫ばれる中、既存のドラッグストアチェーンなどにとっては、薬剤師に比べて安価な人件費で販売の人材を確保しやすくなる。消費不況に苦しむコンビニなどの小売業にとっては、新たな商機になる。セブンイレブンやファミリーマートは、一部店舗で登録販売者を採用し、医薬品の販売を開始した。
登録販売者の試験は「3カ月ほどの勉強を積めば7~8割が合格する」と言われているが、1年間、薬剤師の指導の下、販売経験を積むという条件がある。薬剤師にとっては、薬局、ドラッグストアチェーンという既存市場に加えて、小売業全般に求められることになり、存在価値が高まる。
消費者にとっても、あらゆる場所で医薬品を「ついで買い」できるようになる、嬉しい規制緩和。その一方で、医薬品の通信販売を手がける事業者だけが、商機を失った。
ロジックが破綻している「対面販売」の原則
風邪薬や頭痛薬、妊娠検査薬など一般用医薬品の大部分を、通信販売で提供することを禁じ、原則、対面販売のみとする――。
そんなことは改正薬事法のどこにも、書かれていない。ただし、改正薬事法の施行規則を厚生労働省が定めた「省令」に、書かれている。省令は国会での審議、採決を必要とせず、厚労省の裁量で公布することができる。
これに、医薬品のネット販売を手がける業界団体や、楽天やヤフーといったネット企業が「ネットだからといって副作用の危険性が高まる根拠はない」などと猛反発した。
舛添要一厚労相の指示で「出直し」検討会が開かれたものの、あくまで「対面販売」にこだわる日本薬剤師会や厚労省など“薬剤師村”と、規制を撤廃したい“ネット村”の議論は平行線をたどり、結局、時間切れとなって6月1日の施行日を迎えることとなった。
なぜ、医薬品の通信販売は禁止されたのか。それは、古くからある薬剤師会や日本チェーンドラッグストア協会などの業界団体が「店舗での対面販売は安全だが、通信販売は危険である」と主張し、厚労省がその主張に乗ったからに他ならない。
なぜ、対面販売が安全なのか。厚労省などの主張は「直接、薬剤師や登録販売者が副作用等のリスクを顧客に説明できるから」である。では、なぜ通信販売は危険なのか。厚労省などの主張は「直接、顧客に副作用等のリスクを説明できず、顔色をうかがうこともできない」からである。
だが、このロジックは破綻している。
厚労省の検討会にも委員として出席した慶応義塾大学総合政策学部の國領二郎教授は、「患者本人との対面が原則だと言うならまだ分かるが、省令では『代理人でも構わないから店に買いに来い』となっている。とにかく破綻している」と指摘する。
何も変わらない街の薬局
確かに、6月1日以前も以降も、一般用医薬品の購入に身分証の提示などの本人確認はない。当然、医療用医薬品のように医師による処方箋の提示も必要ない。これまで同様、会社の従業員が医薬品をまとめ買いして、オフィスに「置き薬」として備蓄することも可能である。
改正薬事法においては、特にリスクの高いとされる「第1類医薬品」に分類される商品は、文書による情報提供が義務づけられ、リスクが比較的高いとされる「第2類医薬品」は、情報提供を「努力義務」とされた。その運用も、破綻している。
店頭では確実に情報提供が行えるから安全だという論理。果たして6月1日、街の薬局やドラッグストアはどう変わったのか。結論から言うと、記者が調べた限り、何も変わってはいなかった。
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