韓国では、今年2月に新たに就任した李明博(イ・ミョンバク)大統領が4月に米国産牛肉の輸入制限解除したことに、多くの市民が反発、5月から抗議に参加する国民がろうそくを持って徹夜でデモ行進などするろうそく集会を、既に50日以上行っている。
韓国・ソウル(Seoul)で行われた米国産牛肉輸入再開に抗議する集会で、ロウソクを掲げる参加者(2008年5月6日撮影)。(c)AFP/JUNG YEON-JE
国民の抗議行動がこれだけ長期間続くのは、国民の命に関わる重要な問題を、李大統領が国民のコンセンサスを得る努力もせずに、突如として行ったことが1つにある。ろうそく集会が行われているのは、国民が輸入制限解除は死と向かい合わせの重要な問題なのだということを示すためだ。
韓国で初めてろうそく集会が行われたのは、2002年、米軍の装甲車に轢かれて死んだ2人の少女のために、米軍に反対するデモから始まった。今回も、BSE(牛海綿状脳症)は死と直結するということで、人々はろうそくを持って集会に参加した。
こうした国民の思いや反米派の前政権の影響もあって、韓国政府は米国産牛肉を、BSEの疑いがあるとして4年間、輸入禁止品目にしていた。それを新政権が急遽解禁に踏み切ったのは、韓国と米国政府の間で2007年4月に締結を合意したFTA(自由貿易協定)がある。このFTAを批准するにあたって、米国は韓国の米国産牛肉の輸入禁止措置の解除を求めていた。
パリパリに、拙速な対応が火を付ける
李大統領は韓米FTAの批准は韓国経済の刺激策になると、障害になっていた禁止措置を取り払った。韓国経済は実質GDP(国内総生産)の伸び率が2004年に4.7%、2005年に4.2%、2006年に5.1%、失業率も3%台半ばから後半と、まずまずの状況だが、15歳から29歳の若年層の失業率が7.2%と高い。
現代建設会長などCEO(最高経営責任者)出身の李大統領が、昨年の選挙で当選したのも、雇用創出など経済運営で現在の停滞感を打破してくれる、と期待を集めた面が大きい。韓国には「パリパリ」という言葉がある。それは韓国人の民族性を表すと言われる。「パリパリ」は、「早く早く、急いで」という意味だ。李大統領がFTAの批准を急いだのは、国民の「パリパリ」を感じたからだろう。しかし、結果的には急いだことで、大きな痛手を被った格好だ。
今回の騒動が2カ月以上も尾を引いているのは、いくつかの要因がある。1つは冒頭に述べたように、国民の命に関わる問題を軽々しく扱ったように見せてしまったこと。これは自身の失策だ。
そのほかに、マスコミ報道やネットの広がりの影響、さらに反大統領派のキャンペーンなどが関係している。これら自身の管理が及びにくいところでの対応がまずいのは、政治手腕の未熟さとも言え、それが傷口を拡大させているとも言える。
報道、ネットが興奮を助長
ただ今回のろうそく集会の本質を知るうえでまず理解しなくてはならないことは、韓国のすべての国民が李大統領を糾弾しているのではないこと。日本など海外の方が今回の集会の模様を映したテレビ映像などを見ると、李大統領は韓国全土から批判の矢を浴びているような印象を持たれるかもしれないが、それは正確ではない。
騒ぎが拡大したのは、某放送局が遺伝子的に韓国民はBSEにかかりやすいという趣旨の発言を紹介し、国民の不安を増長させたこと。それがネットに飛び火、大げさに不安をかきたてた。例えば、BSEはキスによっても感染し、水道水や化粧品でも感染するという流言飛語が飛び交った。これに反応して人々は街に飛び出し、自分の将来や子どもたちの将来のために米産牛肉の輸入に反対すると主張し始めた。
ネットの流言飛語を読むと、化粧品からの感染なんてウソっぽいと思いながらもやはり気持ち悪くなる。BSEの特効薬がないかぎり、やはり気持ちは落ち着かない。報道を見ると、確かに「絶対米産牛肉なんて食べられない」と感じさせる。
政府は、今回のろうそく集会のきっかけとなった番組を告訴し、ネットの流言飛語に関しては、「10の流言飛語に関しての反駁」という発表をした。しかし、既に国民の感情は興奮状態になっており、ろうそくの火を消すことはできなかった。
李大統領が政治手腕の未熟さを見せてしまったのは、例えば、このデモは誰か背後勢力がいるだろうとにらんで、そうした輩を逮捕する、とすごんでみせたことだ。しかし、それがかえって、騒ぎを長続きさせる原因になってしまった。高校生や会社員など一般の市民が次々と自首してきたのだ。彼らは誰かに扇動されているわけではなく、自発的に参加している人々で、こうした行動は、政府の対応をあざ笑うものだ。
モデル並みの女性やアイドル系男子と60代以上との差
一般市民がこうした行動に出るのも、今回のろうそく集会がパフォーマンス満載で人々の関心を集めやすいこともある。集会では連日のようにアイドルやスターが誕生している。
モデル並みのスタイル抜群の女性やはっきりと自分の主張をする女子学生、アイドル顔負けの男の子など、ビジュアル系が軒を並べる。もちろんそんな人たちばかりではなく、乳母車を押すママさんたちや会社帰りのサラリーマン、制服を着た中高生など、様々な年代の人たちがいる。
このデモのそばで保守派の「ろうそく反対デモ」が始まった。彼らの顔触れを見ると、60代以上の人たちばかりで、さらに言うことをいったら「おまえら、ろくに勉強もできないやつらがやっと大学入って、揚げ句の果てにデモにしか能がない」といった差別的発言をする。
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