急激な環境変化に直面した時、新しい環境に適合できない生物は死に絶える。その暴力的な力を前に生物は無力だ。いや、その選択圧を利用して進化してきたのが生物の歴史とも言える。
今から6550万年前に衝突した巨大隕石によって地球の環境は激変し、興隆を極めた恐竜は死に絶えた。そして僅かに生き延びた哺乳類が我々の祖先となった。
いきなり大昔の恐竜の話を持ち出したのにはわけがある。日本メーカーが世界をリードしてきたデジタルカメラが存亡の危機に瀕しているからだ。カメラを愛して止まない1人の日本人として、これは看過できない問題だ。
コンデジ市場は4年で7割も萎む
CIPA(カメラ映像機器工業会)は3月3日、デジカメの世界出荷統計を発表した。そのデータを見て、私は暗澹たる気持ちになった。
青い棒グラフが、レンズ一体式のコンパクト型デジカメ(コンデジ)の出荷台数を示している。右肩上がりで伸びてきた市場はリーマン・ショック後に落ち込んだものの、2010年の出荷台数は1億858万台と1億台の大台を回復した。だが、それから3年連続して出荷台数を減らし、2013年は4571万台に沈んだ。
CIPAは2014年には更に1190万台減って、出荷台数は3380万台にまで落ち込むと予想している。わずか4年の間に、市場規模が7割も萎んでしまうというのだ。
デジカメの需要が“蒸発”した理由は明らかだ。先進国だけでなく途上国でも急速にスマートフォンが普及した結果、写真を手軽に撮れるデバイスが世界中の人々の手のひらに行き渡った。
従来型の携帯電話(いわゆるフィーチャーフォン)でも写真は撮れたが、液晶画面が小さいなどデジカメに比べて明らかに機能で劣っていた。しかし、今どきのスマホならば安価な端末でも大きな液晶画面が付き、処理能力も一昔前のパソコンと遜色ないレベルにまで向上している。
しかも撮った写真をその場で確認できて、「フェイスブック」や「LINE(ライン)」などの交流サイト(SNS)にも単体でアップロードできる。写真の品質は専用機であるデジカメが優れていたとしても、スマホならデータの移し替えに手間がかからない。この点は、スマホの方が圧倒的に優れている。
「レンズ交換式よ、お前もか」
もっともコンデジの市場縮小は想定の範囲内だった。CIPAのデータで最も驚かされたのが、2013年に初めてレンズ交換式デジカメの出荷台数が前年割れしてしまったことだ。グラフでは赤い棒で示したが、2012年の2016万台から2013年は1713万台に減った。なんと15%もの大幅な落ち込みだ。
レンズ交換式には、一眼レフ型に加えてミラーレス一眼と呼ばれるデジカメも含まれる。その名の通り撮影者の意図に合わせてレンズが交換できて、撮像素子が大きいため高画質の写真が撮れる。一昔前ならプロやハイアマチュアと呼ばれるカメラ愛好家向けの商品だったが、価格が下がってきたことで利用者が増えてきた。
とりわけ、コンデジ並みに小型化できるミラーレス一眼は新製品が次々と投入されるなど盛り上がりを見せていた。にもかかわらず、レンズ交換式も市場縮小が始まってしまったのだ。カエサルの有名な言葉を借りれば「レンズ交換式よ、お前もか」という心境だ。
「デジカメごときに何を大げさな」と言うことなかれ。デジカメ業界は、グローバル市場で日本勢が圧倒的な存在感を示してきた数少ない存在だ。
「TOYOTA」「NISSAN」「HONDA」などを擁するニッポン自動車業界ではあるが、母国を除けば圧倒的なシェアを確保できている市場は少ない。電機業界については、世界でますます影が薄くなっていると言わざるを得ない。
それらに比べると、デジカメは世界中のどこの国でも日本メーカーが主要なプレーヤーとして活躍している。「Canon」と「Nikon」という2大ブランドを追いかけるように、「SONY」や「Panasonic」そして「CASIO」や「OLYMPUS」などが激しくシェア争いを繰り広げてきた。日本勢のシェアを合計すると8割を超える。日本のデジカメ業界は、グローバルに通用する「デジカメ王国」を築いてきた。
そのデジカメ業界が急激な市場縮小に喘いでいる。これは日本の産業界にとって一大事だ。
この原稿を執筆中に更なる懸念事項が発生した。ニコンのデジタル一眼レフカメラ「D600」に不具合があり、顧客のクレームに真摯に対応してこなかったと中国中央電視台(CCTV)が3月15日の番組で大々的に取り上げたのだ。日中関係の改善が進んでいない中で、日本のデジカメを狙い撃ちにする批判報道が繰り広げられる可能性がある。
10年以上前から今の苦境は想定できた
但し、市場が減退してしまったことを「スマホの台頭」という外部要因だけで片付けてしまってよいのだろうか。
そもそも携帯電話にカメラ機能が搭載されたのは1999年。翌2000年にはシャープ製「J-SH04」が「ジェイフォン(現ソフトバンクモバイル)」から発売されて、「写メール」というサービスが一大ブームを巻き起こした。撮った写真をすぐに離れた人に送信できる利便性が消費者の心をつかんだのだ。
その後、カメラ機能は携帯電話の標準装備となった。画素数は向上し、撮った画像を表示する液晶画面もデジカメ以上に大きくなった。そして2007年に米アップルが「iPhone」を発売してから、スマホで撮った写真は家族や友人とのコミュニケーションに欠かせない存在となった。
この10数年を振り返ると携帯電話のカメラ機能は飛躍的に向上した。それでも、ユーザーのやっていることは写メールの延長線上にある。つまり、10年以上前から今起きていることは想定の範囲内だったと言える。
これだけ長い猶予期間があったにもかかわらず、デジカメ業界は画期的な商品を世に出せてきただろうか。携帯電話やスマホに流れたユーザーを振り返らせるだけの魅力的なデジカメがあっただろうか。
残念ながら、1台も無かったと言わざるを得ない。少なくとも私の眼から見て皆無だった。
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