根室を出た船は、国後島に向かって舵を切った。眼前には雪渓を抱いた国後の山々が並び、えもいわれぬ風景が広がっている。ふいにイルカの群れが海から飛び出し、アーチを描いた――。
記者は8月2日から3泊4日で、北方領土を訪れた。1991年に日露政府が合意した「ビザなし交流」の訪問団員として、昨年の択捉島に続いて参加したのだ。今回の目的地は、色丹島だ。
船はひとまず国後島へと向かうのが決まり。北方4島のどの島に入るにも、国後島・古釜布港でロシア側の入域手続きを取らなければならない。
だが、冒頭の美しい景色を愉しんだのはここまで。国後から色丹までの海は大荒れ。4メートル近い波がうねりを繰り返した。教育関係者や学生、通訳、国会議員ら62名を乗せた船は、木の葉のように波にもまれた。食事のみそ汁は飛び跳ね、立って歩くこともままならない
団員の多くが酔い止め薬を服用していたが、皆、ひどい船酔いに苦しめられた。トイレや洗面台で、悲惨な光景が繰り広げられる。突き上げるような揺れに記者も我慢できなくなり、トイレに駆け込む間もなく紙コップに嘔吐。船室で腹を抱えて苦しんだ。
ふいに揺れが止まり、静寂が広がった。
8月2日午後7時30分、船は長細い巣穴のような形状をした穴澗(あなま)湾に、逃げ込むように入った。青い顔をした団員に、安堵の色が広がった。
出航から10時間が経過していた。
船酔い覚悟で色丹島を訪れた目的はいくつかある。ひとつは色丹島がどれほど開発されているかを見ること。
昨年、訪れた択捉島では韓国企業が土木工事に参入し、飛躍的にインフラが整えられている事実を目の当たりにした。また、別の訪問団からの情報では、国後島では、中国人が農園を経営しているということも聞いていた。
では、色丹島は? 北方領土の中で最も牧歌的と言われる色丹島にも、アジア人が入植しているのだろうか。
2つ目の目的は今年に入って進展の気配を見せている北方領土問題に対し現地住民らがどのように捉えているか、を探ること。色丹島は、「返還に最も近い島」とされている。
訪問の1カ月前には、色丹島の村長がプーチン大統領の訪問を示唆するなど、島は緊張に包まれている(結局、北方領土にはこなかった)。現地ロシア人の率直な考えを聞いてみたい。
いたるところで工事が
色丹島に上陸した訪問団がまず目にしたのは、港湾工事の風景だった。
昨年までは、1100トンのビザなし交流船が着岸できる岸壁はなく、艀を利用していた。それが120メートルのコンクリート岸壁がほぼ完成、すんなり着岸することができた。
島を巡ると小高い丘の上では、総合病院の建設が急ピッチで進む。窓や内装はまだのようだが、建物全体が真っ赤に塗られている。日本の病院ではあまり見ない色彩感覚で、ロシア人の美意識を感じさせる。
これまでは町医者レベルの診療がせいぜい。急病人や出産の際には、サハリン州の州都ユジノサハリンスクに送られていた。しかし、最新設備を完備するこの病院が完成すれば、島内で大きな手術や出産もできる見通しだ。
また、同じ穴澗村では、消防署の建設も進んでいる。
日本の消防署のように訓練塔も備えている。さらに近く、発電所の工事も着工するという。現在、穴澗村で稼動しているのは、日本が1999年に人道支援で提供したディーゼル発電所だが、これに替わって風力も備えた新しい発電所になるという。
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