政治は誰の生活にも大きく影響を与える。どのような政治が行われている国や地域に住むかによって、人生はかなり違うものになるだろう。
近代経済学に政治経済学という学問領域がある。名前を聞くと、政治と経済について研究する分野かと思われる方が多いかもしれない。しかし実際は、政治の問題を経済学の視点を使って研究する、という性質のものだ。経済学の視点、とは大雑把に言ってしまえば数学を使うということだ。つまり政治経済学では、数学を使って政治の諸問題を分析するのだ(ただし政治経済学という用語は他分野にて別の意味で使われることもあるが、今回はその話はしない)。
数学なんかで政治が分かるのか?
政治のことが、数学なんかで分かるの?と思われる方がいるかもしれない。もっともな疑問だ。正直言って、今はまだよく分からない。だから政治経済学者達は今でも頭を悩ませている。だが、少しずつ分かってきたこともある。
この記事では、そんな政治経済学の分野で筆者2人が6年間にわたり研究してきた成果を紹介しよう。この研究成果は学術論文(詳しくは参考文献を参照)となり、つい最近American Economic Journal:Microeconomicsという経済学の専門誌に掲載されることが決定した。
政治活動の中で最も重要な要素のひとつは選挙だろう。世界の多くの国が程度の違いこそあれ民主主義国家であり、国民の意思を国家運営に反映させるための手段として選挙を多く用いている。この選挙を数学の力を借りて分析したのが我々の論文である。
数学を使って選挙を分析するというアイデア自体はかなり古く、少なくとも1920年代からある(もっとも、「誰が初めてか」をはっきり決めるのは難しい。例えばフランス革命前後に活躍した数学者コンドルセなどは有名だが、今回は省略する)。以下では、この1920年代に現れたアイデアを解説し、それからその後100年弱の間の選挙の理論の発展を概観する。最後に、我々の最新論文がその発展にどう寄与したかを説明する。
ホテリング教授の理論
1920年代、スタンフォード大学の数学学部で教鞭を取っていたハロルド・ホテリング教授は、選挙で候補者がどのような政策を打ち出すかについて、数式を使って予測するという画期的なアイデアを思いついた。彼のモデルを少し簡略化したバージョンを提示しエッセンスをお伝えしよう。
大統領の候補者が2人いて、それぞれどのような政策を打ち出すかを考えているとする。政策には左寄り、中庸、右寄り、の3種類がある。有権者は99人いて、彼らの政策に関する好みも左寄り、中庸、右寄り、のいずれかであるとする(票がぴったり半々に割れると議論がややこしくなるので、単純化するために有権者の数は奇数とした)。
選挙ではまず候補者2人が政策を宣言し、それから有権者がいずれかの候補者に投票する。どの有権者も棄権はせず、自分の好きな政策に一番近い政策を打ち出している候補者に投票するとしよう。たとえば、もし候補者Aが左寄り、候補者Bが中庸だとしたら、右寄りの有権者は候補者Bに投票する、という具合である。
簡単にするため、有権者が2人の候補者を同じくらい良いと思ったら、半々の確率でどちらかに投票するとする。ホテリング教授が分析したのは、このような状況で、もし候補者たちが当選確率をできるだけ高くしようと画策したらどのような政策を宣言するか、についてである。
ホテリング教授の導いた結論は驚くべきものだった。有権者の好みが左寄り、中庸、右寄りという3つの政策にどのような比率で散らばっていたとしても、2人の候補者が打ち出す政策は相手と同じものになる、というのだ。
驚くべき結果であるにも関わらず、背後にあるロジックは簡単だ。直観的に理解するため、各政策に対して、その政策を好む有権者が33人ずついる場合を考えよう。この場合、候補者が両方とも中庸の政策を取ることが予測される。なぜか。
たとえば候補者Aが左寄り、候補者Bが中庸の政策を打ち立てたとしよう。すると候補者Aは左寄りの有権者から33票得るのに対し、候補者Bは残りの66票を得ることになる。これでは候補者Aは負けてしまう。しかし、候補者Aは中庸に政策を変更することによって、勝率を50%にまで押し上げることができるのである(両候補者とも同じ政策なので)。
上記では有権者33人ずつが各政策を好んでいる場合を考えたが、先に述べたように、有権者がどのような具合に散らばっていても「2人の候補者が同一の政策を打ち立てる」という結論に変わりはないことが知られている。これがホテリング教授の結論である。
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