先々週の当欄で触れたエビの出身地や来歴をめぐるゴタゴタは、結局「食品偽装問題」というタグ付きで処理される案件に昇格したようだ。
たしかに、誤認ないしは虚偽表示による混乱が、エビ周辺にとどまらなかった以上、当今の事態は「食品」全般にかかわる問題として扱われるべきなのだろうし、現場が誤解だ失策だと言い張ったところで、看板と実物が違っていた以上、「偽装」と呼ばれるのは仕方のないところだ。
とはいえ、私個人は、この「食品偽装問題」という名称には、いまだにしっくりしないものを感じている。
理由は、「偽装」にかかわった人々が「実態と異なった名称」を掲示していたこと自体はその通りなのだとしても、動機の上で、彼らが、「顧客を騙してやろう」とか「消費者をして優良誤認を抱かしめよう」と考えたいたのかというと、必ずしもそうではなかったと思うからだ。
たぶん、彼らは何も考えていなかった。
というよりも、不必要な考察を遮断すべく条件付けられていたのだ。
彼らは、おそらく、商習慣上、慣例として処理されてきた事例に従って、これまでと同じように前例を踏襲したに過ぎない。
悪気はなかったのだから食品偽装は免罪されるべきだ、と言いたいのではない。
みんながやっていたんだから仕方がないだとか、消費者の側にも責任があるとか、一億総懺悔だとか、いまこそ絆を見直そうであるとか、そういうお話をしているのでもない。
私は、自分たちが、慣例として受け継いでいる動作や手続きについて、疑問を抱いたり、再点検することを、回避する傾向を持った国民だということを申し上げようとしている。
問題があるとしたら、そこだ。
われわれは、「いま現にそうである」ことに対して、疑いを持たないように強く動機づけられている。
たとえばの話、王様が全裸で城下を徘徊するならわしが日常化しているのだとして、王権が絶対である場合、王の行状に疑問を呈したり国王に向かって全裸である理由を問う臣民はあらわれない。というよりも、そういう世界では、王様のフルヌードに言及すること自体が、現有の秩序に対する挑戦と受け止められるはずなのだ。
わたくしたちが暮らしているのは、一票の格差が2倍を超える設定の選挙で国会議員を選出することを、もう何十年も放置している国だ。
そういう意味で、わが国の平均的な国民の遵法意識は必ずしも厳格なものではないのであって、それらは、いまさら法が守られていないことに驚いてみせている人々のカマトトぶりと、好一対を為しているのである。
われわれは、法が適正だからそれを守るのではない。
処罰が厳格だから法を遵守せんとしているのでもない。
多くの日本人は、「みんなが守っているから」という理由で法を守っている。
であるからして、「みんなが守っていない」法律は、時に、軽視される。
当然の展開だ。
かかる観察を踏まえて、私は、この度の食品偽装の問題は、遵法精神や倫理の問題であるより、横並び思想の結果だというふうに考えている次第だ。
幸い、食品を偽装していた関係者は、一斉に表沙汰になることによって、是正の機会を得た。
大変に良い機会だと思う。
こういう展開になれば、われわれは、法を守れるようになる。
これまで、不承不承に法を軽視していた人たちも、ようやく、正々堂々と法の内側で暮らせるようになる。
そういう意味で、このたびのこの馬鹿げた事態は、大筋からすれば、望ましい展開なのである。
おそらく、これから先何年か(あるいは何十年か)の間は、誤った表記を顧みない態度や、食材の生産地を偽ろうとするタイプの商売はカゲを潜めることになるはずだ。われわれは、「みんなが守っていれば」どんなにくだらない決まり事であっても、驚くほど律儀に守り通すことができる国民だからだ。
焼香のマナーと同じだ。
参列者は、線香の粒に畏怖の念を抱いてアタマを下げているのではない。
単にみんながそうしているから、似た仕草をしているだけなのだ。
同様にして、われわれが法を犯すのは、法を軽視しているからではない。国家権力に対して害意を抱いているからでもない。法の成り立ちに疑問を持っているからでもないし、その有効性を疑っているからでもない。うちの国の人間が法を守らないのは、多くの場合、「みんなが守っていないから」だ。
国道を走ってみればすぐにわかる。
制限速度を忠実に守っているドライバーはほぼ皆無だ。
誰もが、10キロ程度は制限速度を超過したスピードで巡航している。
と、こういう状況では、かたくなに制限速度を守る態度の方が、どちらかといえば忌避される。
事実、遵法運転者は、交通の流れを阻害する混乱要因として、しばしば、周囲のクルマに無用なブレーキを踏ませる。
だからこそ、ドライバー間で共有されている不文律の中では、道路交通法を字義通りに遵守することよりも、「周囲の運転者の円滑なドライビングを妨げない運転」を心がけることの方が重視されているのである。
で、以下は、私個人の憶測であることをお断りした上で書くのだが、この「制限速度を10キロ程度上回る速度で走る」というわが国の運転者の間で共有されているアンリトン・ルールを、実は、交通警察の側も、ある程度は含み置いた上で交通の取り締まりをしている。
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