東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、東京大学関係者を中心とする日本の専門家や権威には共通する欺瞞に満ちた話法=「東大話法」があると指摘して注目を集めてきた東京大学教授の安冨歩氏。背景には、何にも増して「立場」を重視するという世界的にも特異な日本社会の在り方が大きく影響してきたという。

 近著『ジャパン・イズ・バック 安倍政権に見る近代日本「立場主義」の矛盾』では、安倍晋三政権はもはや機能しなくなりつつある「立場主義」を何としても維持したい「立場ある人たち」のものでしかない、必要なのは安倍首相が繰り返し強調する「強い日本」ではなく、状況の変化に柔軟に対応できるしなやかさを持った社会の形成だと強調する。

 その安冨氏に安倍政権の本質と、今、日本社会が進むべき方向性とその考え方について聞いた。(聞き手は石黒 千賀子)

安倍晋三政権は昨年末、特定秘密保護法案を衆参両院で可決、この7月1日には、憲法の解釈変更による集団的自衛権行使容認も閣議決定しました。強引な手法から支持率はさすがに低下してきていますが、久方ぶりの長期政権となりそうです。

安冨:経済政策のアベノミクスも国家主義的動きも基本的には政策としては間違っています。しかし、高い支持率はこの間違った政策を国民が望んでいる、ということを意味します。国民はだまされているわけではありません。なぜそういうことになるのか。

 私の考えでは、多くの日本人は「立場主義者」であり、「立場」をなくせば生きていけない、と思い込んでいます。日本経済が行き詰まったのに伴って多くの人の立場が失われつつある中で、安倍政権は人々の立場を無理矢理にでも作り出すという機能を果たしています。だから多くの人が自分の立場が守られるような気がして、支持している。

「立場」のない人にも「立場」与えた安倍政権

安冨 歩(やすとみ・あゆむ)氏
1963年大阪府生まれ。1986年3月、京都大学経済学部卒業後、株式会社住友銀行勤務。1991年京都大学大学院経済学研究科修士課程修了後、京都大学人文科学研究所助手を経て96~97年、英ロンドン大学LSE(London School of Economics and Political Science)の滞在研究員。1997年、「『満洲国』の金融」で同大学院にて博士を取得、第40回日経・経済図書文化賞受賞。同年名古屋大学情報文化学部助教授、2000年東京大学大学院総合文化研究科助教授、2003年同大学院情報学環助教授を経て、2007年東京大学東洋文化研究所助教授、2009年より同教授。
主な著書に、「原発危機と『東大話法』」「もう『東大話法』にはだまされない」「学歴エリートは暴走する」「生きるための経済学」「ドラッカーと論語」など多数。(写真:山田哲也、以下同じ)

 まず、もともと固い「立場」を持っている既得権益者たちに対しては、財政赤字を拡大させてでも景気刺激策だの、医療費、年金といった形で彼らのパイを守るための資金を提供しているので、当然支持されますね。

 ただ、実際には既得権益者のパイを守るために資金を出しているのではありません。エリート官僚が自分の立場、つまり天下り後の何千万円という自分の年収を維持、確保するために、古賀茂明氏の言葉を借りれば彼らの「生活設計」のためにやっているのです。ただ、それに対して人々が文句を言わないように、財政が破綻しているというのに、既得権益者たちに小金をばらまき続けて黙らせている、というのが実態です。

 一方、すべての立場から排除された人には、「日本人である」という「立場」を与えることで、パイを与えずして支持を獲得しています。ご存じのように、デフレもあって20代、30代の年収は近年下がり続け、非正規雇用者比率は、2013年は36.2%と、バブル最中の1990年の20%から倍近くに増えています。そこそこの大学を出たり、能力を持っていても、ひとたび正社員のレールからはずれると、右肩下がりの経済と雇用不安から結婚や家族を持つこともままならない人が少なくありません。

 そんな人たちにとって唯一残された立場が「日本国籍」です。安倍さんが連呼する「強い日本を取り戻す」によって、彼らは自分たちの「日本人」という立場が強いものになると感じ、惹かれるのでしょう。中国との対立を煽ることで、その立場の感覚はリアルなものになっています。もし徴兵制が始まれば、それこそ本物の立場が得られるわけです。

 この2つのグループの人々が安倍政権を支持しており、両方を合わせれば日本国民の過半数を占める、ということでしょう。

通常、保守政権は体制派、既得権益層の支持を重視し、革新政権は左派、あるいは非体制派の声を代弁するものですが、双方の支持を掴んだという点ではイノベーティブな政権とも言える…。

安冨:そうですね。日本は敗戦への反省から、ナショナリズムを政権安定のためには使わない、という不文律があったように思います。それが変わったのです。いつからなのか。確かに小泉純一郎首相も靖国神社に参拝して一定の支持は得たと思いますが、それは高い支持率を背景にやったことで、ナショナリズムで支持を獲得した、とは感じませんでした。安倍首相の場合、明らかに風向きが変わって、右傾化することで支持を得ています。

安倍政権の支持構造はナチスに似ている

 安倍政権の支持構造は、この意味でナチスと似ています。ナチスは、第1次大戦の敗戦により背負った莫大な賠償金でドイツ経済が疲弊している時に、軍拡のための積極的な産業政策を展開して資本家や産業界を取り込む一方、反ユダヤ主義を掲げることで何も持たない人に「アーリア人の誇り」というものを生み出し、支持を獲得していきました。

そういうことを意識してやっているのでしょうか。

安冨:どうなんでしょうね。ヒトラーも安倍さんも無意識にやっていると思います。それがたまたまうまく当たった、という感じではないでしょうか。

 安倍さんも、自分の「立場」に完全にはまっている。ご存じのように安倍氏の母親は岸信介の長女。つまり、彼女は日本で初めて父親と息子が首相になった女性なわけで、安倍氏は基本的にその母親のコントロールの下にあると私は見ています。

 経済政策のアベノミクスは、「革新官僚」で「満洲国」の実力者だった岸信介の推進した満洲産業開発五カ年計画*ばりの資金のばらまきです。見てくればかりの空虚な計画に莫大な資金を無理矢理投入し、あたかも何か成果があったかのように振る舞う、という点で全く同じです。さらに、ナショナリステイックな政策は安倍氏にとって本丸。いわば岸家の家訓のようなもので、それに従ってやったら時代と呼応したということでしょう。

* 1933年に関東軍と満鉄調査部部員が満州国を建設するため、20の分野の産業について重点的に開発目標を定め総額26億円を投じるとした「満州産業開発5カ年計画」のこと。

 岸信介も、岸の実弟である佐藤栄作も、日本も核武装すれば米英に並ぶ超大国になれると真剣に考えていた、と思います。特に佐藤は首相時代、中国が核武装するなら日本もそうすべきだと考えていたことが、NHKのドキュメンタリーでも明らかになっています。結局、米国に反対され、アメリカのジョンソン大統領と会談して、自らの核武装を放棄する代わりに米国の「核の傘」によって防衛してもらうという確約を取り付けたうえで、非核三原則を打ち出してノーベル賞を貰ったわけですが、当時は外務省上層部にも核武装すれば超大国の仲間入りができるという発想があったようです。

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