凶悪事件簿(京都アニメーション放火殺人事件 ②)
「京都アニメーション放火殺人事件 ②」
刑事裁判
2023年9月5日、「京都アニメーション放火殺人事件」の裁判員裁判の初公判が開かれ、京都地裁には35枚しかない傍聴券を求めて約500人もの人が集まり、この事件への異常な関心の高さが浮き彫りとなった
裁判員裁判は計32回行われ、結審は同年12月13日、判決は2024年1月25日の予定とされた
開廷直前となる同日午前10時33分、上下青色のジャージに身を包んだ青葉真司被告(当時45歳)が刑務官に車椅子を押される姿で入廷した
青葉被告は、放火や殺人など計5つの起訴内容について「私がした事に間違いありません」と素直に認め、「事件当時はこうするしかないと思ったが、こんなに沢山の人が亡くなるとは思わなかった。現在はやり過ぎたと思っている」と、か細く非常に聞き取りずらい声で釈明した
弁護側は、「被告の犯行は妄想に囚われたもので、心神喪失で無罪、または心神耗弱で減刑されるべきだ」と主張し、加えて「無罪ではないとしても、多くの犠牲が出た原因として、建物の構造に問題があった」と責任転嫁とも取れる主張を展開した
さらに弁護側は、「青葉被告に取ってこの事件は、人生をもて遊ぶ『闇の人物』への反撃だった」と苦しい説明を加え、「青葉被告は34歳の時にコンビニ強盗事件を起こしているが、この時の刑務所生活において、貸し出しの本やテレビのCMなどを通じて、『闇の人物』から様々なメッセージを送られるようになった」という妄想に青葉被告が囚われたと述べた
また、「京都アニメーション大賞の落選についても、『闇の人物』と京都アニメーションがグルになり嫌がらせをしていると捉え、『闇の人物』と京都アニメーションからは逃れられないと思い込むようになった。やがて、両者を消滅させたいと考えるようになり犯行に及んだ」と耳を疑うような内容で訴えた
一方検察側は、妄想があった事は事実とした上で、「責任能力は本人のパーソナリティーが現れたもので、完全責任能力がある」と指摘した
翌9月6日の第2回公判では証拠調べが行われ、検察側は放火した直後の青葉被告と警察官とのやり取りを記録した音声を法廷で流した
記録された音声では、現場に駆け付けた警察官が「なんでやった?」と聞くと、青葉被告は「小説をパクられた」と返答し、さらに警察官に対し「お前らが知ってんだろ。お前らがパクりまくったからだよ、小説」などと激しい口調でまくし立て、その後は黙り込んでいる
2023年9月7日、第3回公判の被告人質問において、青葉被告は「仕事や人間関係に行き詰まり、全部が嫌になった」などと供述するなど、孤立を深めた青年期の生活状況を語っている
また、2018年に青葉被告宅を訪れた訪問看護師の供述調書が読み上げられ、訪問を受けた青葉被告が看護師の胸ぐらを掴み、「しつこいんだよ!いいかげんつきまとうのをやめろ!殺すぞ!」と包丁を振りかざしながら看護師に対して凄んだ過去も明かされている
第4回公判では、青葉被告は生活保護を受給していた30代前半の頃に、京都アニメーションのヒットアニメ作品「涼宮ハルヒの憂鬱」を見て小説を書き始め、「当時は24時間365日小説の事を考えていた」と述べた
しかし、自身の犯罪歴をインターネット掲示板で暴露された事で、密かに恋愛感情を抱いていた京都アニメーションの関係者にも知られたと自分で思い込み、出版の道が閉ざされたと考えるようになったという
「這い上がろうとすると、必ず横から足を引っ張られる。刑務所に行くしかない」と自暴自棄になった青葉被告は、この頃コンビニ強盗をして逮捕されている
弁護側が法廷で京都アニメーションの作品映像を流すと、青葉被告は「特定の台詞や情景について、初めて見た時はパクられたのかなと思った」と述べた
第5回公判では、青葉被告が事件1ヶ月前の2019年6月に、さいたま市の大宮駅前で無差別殺傷事件を計画した事を話し、「大きな事をやらないと、京アニ側がパクる事を止めない」との動機だったが、「人通りが少なく、通行人を刺しても大きな事件にはならない」と考えて断念したという
第6回公判では、青葉被告が「放火は好ましい事ではないと迷ったが、これまでの人生を振り返り、どうしても京アニを許せない」と犯行に及んだと述べ、続けて、放火した際の状況も詳細に述べ、「2001年に5人が死亡した消費者金融の『武富士』の放火殺人事件を模倣した」と説明した
第7回公判で、青葉被告は10年の歳月を費やして書いた渾身の小説がコンクールで落選した事をきっかけに、「小説と離れようと思った」事を明かし、当時の心境について青葉被告は、「失恋に似たような感情で、離れる事は難儀だった」と振り返り、「アイデアを書き溜めたノートを燃やした事で、真面目に生きて行く為の繋がりがなくなり、事件を起こす方向に向かった」と説明している
また、「事件については、火を点けた事は行き過ぎたと思っている。いくらなんでも小説一つでそこまでしないといけないのかと思う」と述べた
第8回公判では、犠牲になった京都アニメーション作画監督の寺脇(池田)晶子さん(当時44歳)の夫(当時50歳)が遺族代表として被告人質問を行い、夫の「放火殺人の対象に家族や子供もいると知っていたのか?」との質問に対し、青葉被告は「申し訳ございません。そこまで考えてなかった」と、法廷で初めて謝罪らしい言葉を口にしている
また、「自分な妻はターゲットだったのか?」との質問に対しては、「京アニ全体を狙おうとした」と述べた
また、被害者の代理人弁護士が「放火で人が死ぬと解っていて、被害者の事は考えなかったのか?」と尋ねると、青葉被告は少しムッとした声で「逆に聞くが、京アニが自分の作品をパクった時には何か考えたのか?」と反論を述べている
直後に裁判官が「あなたが質問する場ではありません」と注意を行ったが、青葉被告は「パクりやレイプ魔と自分に言われた事に京アニは良心の呵責はなく何も感じず、被害者としての立場だけ述べてどう思うのか!」などとまくし立てる場面もあったという
第9回公判で青葉被告は、「自作の小説データをパソコンからスマートフォンに移した際に、京アニにアイデアを盗まれた」と述べ、「そこから抜くのは不可能でない」という主張を展開している
また、この日は初めて裁判員による被告人質問も行われ、青葉被告は「京アニへの正当な抗議などを考えなかったのか?」との質問には「はなから考えなかった」と答え、「建物への放火だけで済まなかったのか?」との質問には「それではパクリは止まない。最終手段を取らなければならなかった」と、考えた末に放火殺人を実行したと述べた
また、青葉被告は事件当時の気持ちを尋ねられ、「ある意味、ヤケクソという気持ちだった」と述べ、また、放火以外にも京都アニメーションの監督個人を襲う事も考えたと明かしている
第10回公判からは、目撃者らの証人尋問が始まり、この日は第1スタジオ1階で青葉被告の放火を目撃した男女二人の社員が証人として出廷した
女性社員は、「当時12人がいた1階フロアにドンドンドン!と足音がして視線を上げると、知らない男が立っていた」と述べ、「その男はバケツのようなもので液体を撒き、私も頭などに振り掛かった。足音がしてから炎が上がるまで10秒〜20秒ほどだった」と証言した
その後女性社員はトイレに逃げ込み、建物の外にいた人に救助されたが、その時の男の表情については記憶が定かでないとしながらも、「無表情に近かった」と話している
また、男性社員は「放火の瞬間、室内が真っ白になるくらい光った。ドスン!という音と共にガソリンの臭いと熱風が来た」と証言した
その後男性社員は階段で2階に駆け上がり、窓から飛び降りて脱出する事に成功したが、外からスタジオ内が炎と煙に包まれているのが見え、「壊滅的な状況だ」と感じた述べている
第11回公判には京都市の消防局員が出廷し、現場建物の構造や防火対策を説明している
消防局員は、「第1スタジオには消火器や非常警報設備が正しく設置され、消防法や建築基準法上の不備はなかった」と明確に証言し、京都アニメーションによる半年に一度の点検も確実に行われていたと証言した
弁護側は、スタジオの構造が被害拡大に影響を与えた可能性を訴えていたが、消防局員は3階まで吹き抜けの らせん階段について、「縦方向に行く煙や炎は速い。影響はなかったとは言えないと思う」と述べた上で、「ガソリンは火が回るのが早く、消火器で対応出来る火事ではない。仮にスプリンクラーが設置されていたとしても、余計に炎や火花が飛び散って行ったと思う」などとして、ガソリンによる放火を想定した対策などはないと断言した
第12回公判では、弁護側が被告人質問を行い、青葉被告は京都アニメーションの社長が証人尋問で「アイデアを盗む会社ではない」と否定していた事に対し、「社長は立場があり、ああ言うしかないので、どうなんですかね」と述べている
青葉被告が被害の全容を知った時期については、「逮捕状を読み上げられた時、亡くなった人の名簿が読み上げられて人数を知った」と説明し、「まさかここまで大きくなるとは思わなかった。亡くなったとしても7人か8人という認識だった」と述べた
また、裁判官から「それ以上の人が亡くなればいいという気持ちはあったか?」と聞かれると、「それはあったと思う。京アニがなくなればいい、それなりの死傷者が出てもいいと思っていた」とも答えている
青葉被告は、「3階建ての第1スタジオが全焼した事は、警察から写真を見せられて初めて知った」と言い、炎と煙が広がる要因となった3階まで続くらせん階段については、「認識していなかった」と述べ、「火は1階だけに燃え広がったと思っていた」と話した
第13回公判からは、最大の争点である青葉被告の刑事責任能力の審理が始まった
起訴前に精神鑑定を行った大阪赤十字病院精神神経科の和田央医師が出廷し、「青葉被告には当時妄想があったが、犯行に与えた影響は限定的だった」と述べた
和田医師は、検察の捜査記録を基に半年間に渡り青葉被告から計25回話を聞き、家族らの聞き取りも行っ結果、「妄想性パーソナリティー障害」と診断している
幼少期の虐待などの経験により、「極端に他人のせいにする傾向、自分は特別だという誇大な自尊心、攻撃的態度といった青葉被告の性格が形成された」とハッキリと指摘した
第14回公判では、起訴後に精神鑑定を行った東京医科歯科大大学院の岡田幸之教授が出廷した
岡田教授は、弁護側の請求を受けた地裁の依頼で精神鑑定を実施している
こちらも約半年間に渡り、青葉被告と計36時間の面接を行った他、実母や実兄にも話を聞いたと説明した
青葉被告の幼少期については、「落ち着きがなく、忘れ物が多かった」と指摘し、「2006年8月に窃盗と暴行事件で逮捕された事が、本人に取って人生の汚点となり、その後の妄想に関わっていった」とした上で、「客観的には妄想でも、本人に取っては体験として区別されなかった」と述べている
第15回公判では、青葉被告の精神鑑定をした和田央医師と岡田幸之教授が同時に出廷した
二人の意見は、青葉被告に妄想があったという点では一致しているが、妄想が犯行に与えた影響などを巡って見解が分かれる形となった
和田央医師は、「妄想性パーソナリティー障害で、犯行に与えた影響は限定的」とし、岡田幸之教授は、「重度の妄想性障害で、妄想が犯行動機を形成し犯行の背景に影響を与えた」と分析した
16回公判では中間論告と弁論が行われ、これで責任能力までの審理はすべて終了となった
検察側は、最大の争点となっている刑事責任能力に関する中間論告で「完全責任能力があった」と改めて主張し、「犯行は青葉被告のパーソナリティーによるもので、責任能力が著しく減退していたとは言えない」と述べ、妄想の影響を完全に否定した
一方弁護側は、「妄想世界での体験や怒りによって善悪の区別や行動を制御する能力を失っていた」とし、完全責任能力を問えるとは言えないという主張を再度展開した
第17回公判からは、青葉被告の量刑を巡る審理が始まり、冒頭陳述で検察側は「筋違いの恨みによる復讐として及んだ類例なき大量放火殺人事件」と指摘し、平成以降最悪の犠牲者数の事件である事を強調し、「被害者、遺族が負った恐怖や苦しみ、精神的苦痛について着目して欲しい」と訴え、さらにガソリンを使用した犯行の残虐性についても言及した
一方弁護側は、死刑制度を巡る過去の判例を挙げながら「人を殺す事は悪い事なのに、何故死刑が正当化されているのか?本当に目には目をなのか考えて審理して欲しい」と訴えた
第18回公判、第19回公判、第20回公判では、検察側による被害感情の立証が行われた
犠牲となったある社員の遺族が意見陳述を行い、「自分の命と引き換えに娘が救われて欲しかった。青葉被告は命を以て罪を償って欲しい」と訴えた
また、検察官が別の遺族の書面を読み上げ、「娘の死を受け入れられずにいる。青葉被告は、周りの人の人生にも影響を与えた事を忘れないで欲しい」と訴えた
さらに、笠間結花さん(当時22歳)の母親も意見陳述を行い、母親は、青葉被告が成育環境に恵まれなかった事実を公判を通して知ったものの、「青葉被告に対して憎しみが込み上げるこの感情は生きている限り続く。深刻に受け止めていると感じられず、怒りを感じている」と述べ、青葉被告が主張する京都アニメーションによる盗用は、「事実無根で、娘に罪はまったくない」とし、裁判員らに対して「被害者が前を向けるような判決を願っている」と強く訴えた
この他に意見陳述したある遺族は、事件前日まで帰省していた娘を見送った事を後悔しているとし、「前日まで枕を並べていたあの子がいない現実を受け入れられない」と述べ、娘は京都アニメーションの入社試験に一度失敗した後、専門学校で懸命に学んで入社を果たしたといい、青葉被告に対し「社員一人一人が挫折を克服して来た事を知らずに、京都アニメーションの輝かしい部分しか見なかった」と強く批判した
第21回公判では、青葉被告は遺族から犠牲者に対する思いを問われ、「申し訳ないと思います」と述べたが、公判中に青葉被告が正式に謝罪するのはこれが初めての事だった
第22回公判で、検察側は「被害者数は日本の刑事裁判史上、突出して多い。類例なき放火殺人事件だ」と述べ、青葉真司被告に対し死刑を求刑した
検察側は論告で、「青葉被告の妄想が動機形成に影響したが、限定的だ。極刑回避の事情にはならない」と強調し、「京都アニメーションへの筋違いの恨みが動機の本質で理不尽そのもの、身勝手極まりない」と改めて非難した
また、強固な殺意に基づく計画的な犯行だったと指摘し、「まったく落ち度のない被害者を一瞬にして阿鼻叫喚の渦に巻き込んだ。非道極まりない」と指弾している
これに対し弁護側は。「妄想が大きく影響して犯行に及んだ。事件当時は心神喪失だった」と述べ、青葉被告は無罪にすべきだと主張した
異例の22回の長期に渡る公判は、この日を以て結審を迎えた
青葉被告は最終意見陳述で、「この場で付け加えて話す事はございません」と述べている
2024年1月25日の第一審判決で、京都地裁は青葉真司被告に求刑通り死刑を言い渡した
裁判長は責任能力について、「事件前、現場周辺で怪しまれないように行動していた点を踏まえ、被告には放火が犯罪と認識し、善悪を区別する事が出来た」と指摘し、「青葉被告か直前に犯行を躊躇っていた事からも、思い留まる能力が著しく低下していなかった」として、完全責任能力があったと結論付ける判決となった
弁護側が主張する「妄想性障害」については認めたものの、「被告には誇大な自尊心があり、上手く行かない事があると攻撃的になる」と指摘し、ガソリンによる放火という卑劣な犯行手段については、「本人の考え方や知識に基付くもので、妄想の影響はほとんど認められない」と述べた
そらに、「強固な殺意に基付く計画的で残虐な犯行で、極刑を以て臨む他ない」と断じた
③へ続く
記事No.1315
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