英語をはじめとするインド・ヨーロッパ語は韻を踏む言語です。韻を踏むことを英語では rhyme と呼びます。これを理解すれば英語を学ぶ苦しみが少しはやわらぐかもしれないし、楽しくなるかもしれません。
最近よく話題になる電子書籍端末の話。Barnes & Noble の端末にNookというのがあるんですが、Nookを「ヌーク」と呼ぶ人がいるんですよね。あれが気になって気になって仕方ないんです。できれば「ヌック」にしていただきたいです。
ヌーク 【Nook】
2009年に米国の書店チェーン最大手バーンズアンドノーブル社が発売した、電子書籍を閲覧する携帯端末機器。
書籍チェーン大手のバーンズ&ノーブルが、電子書籍リーダーであるヌークを販売し始めて1年の経過を記念し、eReading・ブティックとして、この夏から秋にかけて店舗の電子書籍コーナーを拡張する。
英語の発音を日本語でどう音訳するかという問題にはもちろん正解などありません。しかしある程度は決まりごとをつくったほうがいいと思います。
bookという単語があります。これは「ブック」と音訳するのが普通だと思います。
Barnes & Noble 社は電子書籍という新しい形のbookを生み出し、その名前を考えました。そこで思いついたのがbookという語の発音を少しひねるということです。結果がNookという商標です。つまりNookとbookは韻を踏んでいるのです。ですからNookを「ヌーク」と呼んだのでは面白さが損なわれます。bookを「ブック」と音訳するのならNookもまた「ヌック」と音訳すべきです。これを「ヌーク」と読んでしまっては Barnes & Noble 社がこの製品にかけた思いを理解できなくなります。
Googleはいろんな製品をつくりだしています。Google Calender, Google Maps, Google Documents, Google Books... ほとんどが「Googleなんとか」という名前です。
しかしGmailは違います。なぜGoogleはWebメール・サービスを "Google Mail" という名前にしなかったんでしょうか? 仮にGoogleの社名がKookleだったらGmailは "Kmail" という名前になったでしょうか? 自信をもって断言しますが、Kmailという名前は絶対にありえません。Gmailは絶対にGmailという名前でないと駄目なんです。
国際音声記号を使うのは好きではないのですが、他に良い方法がないので使います。(文字化けしそうな部分は実体参照しています。)
こうやって並べれば理解しやすいと思います。後半の [eil] が韻を踏んでいるだけでなく、前半の [i:] の部分もそうです。Gmailが仮に "Google Mail" という名だったら全く面白くないです。
Gmail rhymes with email. (Gmailとemailは韻を踏んでいる。)
私はジャズ・ファンなのでジャズの話をさせていただきます。
アルト奏者ポール・デズモンドとバリトン奏者ジェリー・マリガンが1962年に共演した "Two of a Mind" というアルバムがあります。この中に "Blight of the Fumble Bee" という曲があります。最初はレコーディング・スタッフの誰かが「タイトルは "Flight of the Bumble Bee" (マルハナバチの飛行)なんてどうだろう?」と提案したんですが、たまたまスタジオに遊びに来ていたジュディー・ホリデイという歌手がすかさず「"Blight of the Fumble Bee" (へまをやった蜂の破滅)でもいいわね」と言ったらしいんです。最終的には彼女の案が通ったわけです。
単に韻を踏むだけでなく f と b の位置を入れ替えています。音楽をやっている人たちだからこういう切り返しがうまくて早いんだと思います。ジャズの世界にはこの手の言葉遊びが豊富にあり、rhymeに関する私の感覚はジャズによって磨かれたと言っても過言ではありません。
映画 "The Powerpuff Girls - The Movie" を小説化した本にあった表現です。
Criminals carried out callous cruelty. 犯罪者たちは残虐行為を繰り広げた。
criminal, carried, callous, cruelty というふうに c で始まる単語を並べる技法。専門用語では「頭韻を踏む」と言うらしいです。日本文学でこれに少し似ていると思うのは松尾芭蕉の、
静かさや岩にしみいる蝉の声 (SizukaSa ya iwa ni Simi iru Semi no koe)
のように「サ行」の音を多用して静かさを強調する技法ですかね。
現代社会の韻文でもっとも大衆に親しみ深いのはロックなどのポピュラー音楽だと思います。英語の歌詞の大半は韻を踏むと断言してもいいと思います。ビートルズの "Hello Good-Bye" の歌詞を一部引用します。
You say yes, I say no
You say stop and I say go, go, go
Oh, no
You say goodbye and I say hello
Hello, hello
I don't know why you say goodbye
I say hello
Hello, hello
I don't know why you say goodbye
I say hello
no, go, hello, know の [ou] が韻を踏んでいるのがおわかりいただけるでしょうか?
ロウアール・ダールの有名な小説「チョコレート工場の秘密」に出てくる歌詞のごく一部を抜粋します。
簡単に説明します。2行ごとに脚韻を踏んでいます。たとえば先頭2行の末尾のagreeとseeは [i:] が共通、次の2行では同じく末尾のbumとgumの [ʌm] の部分が共通、次の2行はthoseとnoseの [ouz] …(以下省略)。しかも各行が原則として8音節になっていることに注目していただきたい。
'Dear friends, we surely all agree
There's almost nothing worse to seeThan some repulsive little bum
Who's always chewing chewing-gum.(It's very near as bad as those
Who sit around and pick the nose.)So please believe us when we say
That chewing gum will never pay;This sticky habit's bound to send
The chewer to a sticky end.Did any of you ever know
A person called Miss Bigelow?This dreadful woman saw no wrong
In chewing, chewing all day long.【"Charlie and the Chocolate Factory" written by Roald Dahl】
日本では Roald Dahl の名前は一般的には「ロアルド・ダール」と音訳されているようですが、"inogolo - Pronunciation of Roald Dahl : How to pronounce Roald Dahl" によると、「ロウアール・ダール」のほうが原音に近いと思われます。[rouɑ:l] と [dɑ:l]。[ɑ:l] の部分が韻を踏んでいることはおわかりいただけますよね?
日本語はなぜかあまり韻を踏みません。昔の詩歌に見られる掛詞(かけことば)がそれに近かったのではないかと個人的には思うのですが。現代の日本では「ラップ」と呼ばれる音楽で韻を踏む人たちがけっこういるようですが、私はラップなる音楽には全く不案内なのでここではふれません。
「春のパンまつり」と「春の垢BAN祭り」。掛詞とか韻を踏むというよりも駄洒落の範疇でしょうか。「親父ギャグ」とも呼ばれ、どちらかというと嫌われる手法でもあります。はてなブックマークで id:jt_noSke さんが「ダジャレ」タグを乱発していて、あれを見て笑ってしまう自分に怒りを覚えます。
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