希土類またはレアアース (rare earth elements, REE) と呼ばれる地下資源がある。電気自動車や携帯電話といった民生品だけでなく原子炉やミサイル誘導装置などにも使われる。この物質は偏在する。中国が独占していると言ってよい。2009年は中国だけで世界の生産量の97%を占めた。
そして数ヶ月前(2010年7月)中国政府は希土類の輸出枠を減らすと発表した。ゆえに市場価格が高騰している。数日前には昭和電工が「ショウロックス」を値上げするらしいというニュースが飛び込んできた。ショウロックスは液晶パネルのガラス基板の表面研磨に使用する酸化セリウム質研磨材であり、希土類が原料である。
下のテーブルは希土類について2010年にUSGS(アメリカ地質調査所)が発表した2009年の統計。この特異な資源が中国に集中して偏在する現実がはっきりとわかる。アメリカにも鉱床はある。かつてアメリカでも希土類を生産していた。だが現在の生産量はゼロだ。なぜかというと、ようするにつまりすなわちコストの問題だ。
国名 | 生産量 | 生産量の割合 | 埋蔵量 |
中国 | 120,000トン | 97% | 3600万トン |
インド | 2,700トン | 2% | 310万トン |
ロシア | 0トン | 0% | 1900万トン |
米国 | 0トン | 0% | 1300万トン |
エネルギー政策のアナリスト・マーク・ハンフリーズ氏 (Marc Humphries) が "Rare Earth Elements: The Global Supply Chain" という報告書を先週アメリカ議会に提出した。ここから垣間見えるのは、中国が希土類を独占していることについてアメリカがどう思っているか、今後どうしようとしているか、ということだ。
まずは報告書の概要の全文。英語の原文を翻訳した。誤訳ご容赦。
概要
希土類が合衆国外に集中していることは供給の脆弱性という重要な問題をはらんでいる。希土類は新しいエネルギー技術と国家の security applications に使われている。合衆国は希土類の供給の混乱について脆弱だろうか? 希土類元素は合衆国の安全保障と経済的な安定に不可欠だろうか?
希土類には17種類ある。15の元素から成る「ランタノイド」と呼ばれるグループ、及びスカンジウムとイットリウムである。ランタノイドはランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムから成る。希土類は地殻に豊富に存在し、銅、鉛、金、プラチナよりも多いものもある。このように豊富にあるとはいえ希土類は低コストで採掘できるほど一箇所に集中していない。合衆国はかつて自国内の希土類の産出量が多かったため自給率が高かったが、過去15年間で100%輸入に頼るようになった。合衆国に希土類を輸出しているのは主として中国である。これは中国産が安上がりであることによる。
合衆国では希土類の生産は行われていない。合衆国に本社を置く企業Molycorpはカリフォルニア州マウンテンパスで希土類を分離するプラントを持ち、かつて採掘が行われていた地上のストックから希土類の濃縮物と精製された製品を売っている。そこではネオジムとプラセオジムとランタン酸化物がさらなる処理過程に行くが、合衆国ではこれらの物質が希土類金属に変えられることはない。
希土類にはさまざまな用途がある。すなわち自動車の触媒変換、石油精製過程における流動式分解触媒、カラーテレビとフラットパネル・ディスプレイ(携帯電話、DVDプレーヤー、ノートパソコン)で使用する蛍光体、永久磁石、ハイブリッドカーと電気自動車の充電可能な電池、風力タービン発電機、及び多くの医療器具である。さらに国防関連の非常に重要な用途がある。すなわちジェット戦闘機エンジン、ミサイル誘導システム、対ミサイル防御システム、及び宇宙衛星通信システムである。
世界的に希土類の需要は年あたり134,000トン、生産量は年あたりおよそ124,000トンと見積もられている。不足分は採掘ずみのストックで補われる。不足を補う新しい鉱床が発見される見込みは短期的にはないが、需要は2012年までに180,000トンに昇ると見られる。新しい鉱床の計画が実際の生産に至るには優に10年かかる。しかしながらUSGSの予想によれば、長期的には地球上の埋蔵量と未発見の資源は十分に需要を満たすという。
希土類の国内生産を促すため H.R. 4866 (Coffman) 法と S. 3521 (Murkowski) 法が施行されている。これらは国家の安全保障とクリーンエネルギー技術に使用される希土類物質とそれが用いられる製品に対する議会の関心によるものである。
【Rare Earth Elements: The Global Supply Chain (PDF), report by Marc Humphries】
続いて詳細な分析があるが長文なのでここでは省略する。
なぜ中国は希土類の輸出に消極的になったか。中国共産党は希土類がいずれ石油のような戦略物資になるだろうと考えていた。石油や穀物のメジャーのような強い力を得たいと思ったのだろう。既に1950年代から採掘と精錬に取り組んでいた。原料だけ輸出するのではいつまでたっても国家として経済的に自立できない。希土類を使って工業製品をつくって売ったほうがいいに決まっている。そんなわけで希土類は中国国内の企業に優先的に行くことになる。
以上をふまえてマーク・ハンフリーズ氏は報告書の中で希土類についてアメリカがどうすべきか提言する。誤訳ご容赦。
考えられる政策
USGSに権限と予算を与えよ
経済的に採掘可能な希土類の埋蔵量を明らかにすること、そして副産物としての希土類が存在する場所を明らかにすることを目指して、議会は現行の2つの法律に加えてUSGS(アメリカ地質調査所)の総合的なアセスメントに予算を与えることができないか。
【中略】希土類のさらなる調査を支援せよ
合衆国、オーストラリア、アフリカ、及びカナダに希土類の鉱床がないか探査を支援すべきである。これは広く国際的な戦略である。
【中略】中国の輸出政策に圧力をかけよ
中国の輸出制限に関してWTOで圧力をかける。すなわち輸出制限を禁じたWTOルールに則った異議申し立てである。
【中略】希土類を備蓄せよ
産業界と政府で政府の備蓄と民間企業の備蓄が主張されている。これらは賢明な投資であるといえよう。
【Rare Earth Elements: The Global Supply Chain (PDF), report by Marc Humphries】
【中略】
日本政府がこの問題にどう対処しようとしているかはよく知らない。JOGMEC(Japan Oil, Gas and Metals National Corporation, 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)という独立行政法人が希土類の探鉱を実施する契約をカナダの探鉱会社 Midland Exploration Inc. と今年3月(2010年3月)締結している。
以下は公益財団法人「東京財団」の研究員・平沼光氏が発表した論文からの抜粋。1) 中国のプロジェクトに積極的に参画、2) 輸出規制に関してはWTOなどの場で他国と協力して中国に圧力をかける、3) 代替資源の開発及び希土類のリサイクル技術の確立 — という内容。
【レアアース輸出規制を強める中国への対処法(東京財団研究員平沼光)|記事|政策研究・提言 - 東京財団 - 東京財団 - THE TOKYO FOUNDATION】
- 供給国(中国)への協力を促進する施策~広東省での資源開発、利用、リサイクルまで一貫した協力による資源獲得~
- 技術と資源をバーターにする個別交渉を行うのではなく、中国(広東省)の資源エネルギー政策に深くかかわる形の協力を行う事で日本無しでは政策の遂行に不具合が生じると言うところまで関係を構築すると言う、協力するからにはこちらもハンドルが握れるよう徹頭徹尾やるという事だ。
- 需要国との連携を促進する施策~国際的な枠組みを利用した中国との交渉~
- 日本と供給国(中国)の二国間では協力の姿勢を示し、厳しい要求は国際枠組みを通して間接的に主張するという、いわゆる飴と鞭の二面性を持って対処するという方針だ。二国間協力において日本の申し入れが通っている際には国際枠組みからの圧力の手を弱め、逆に、日本の申し入れを受け入れてくれない際には需要国と連携し国際枠組みからの圧力を強めると言うバランスをとった対処法である。
- 日本の技術開発の促進とその国際周知を促す施策
- 翻ってみればリサイクル技術や代替技術等の新技術が開発されれば問題は解消するのであり、それは時間の問題であるとも言え、日本としてはリサイクル技術や代替技術等の新技術の開発を可能な限り早くすると言うのが単独で取り組める事と言える。そのために日本は技術開発に今以上に資金と人材を投入するべきであるのは言うまでもないが、大事なのは“日本が本腰を入れて新技術の開発に取り組んでいる”という事を国際社会にアピールするという事だ。
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