ドズル中将がソロモンでビグザム特攻でガンダムに殺られてなかったら、ギレン・ザビ総帥もデギン・ソド・ザビ公王を殺ってなかったんじゃなかったのではないだろうか?
ドズル中将という人がいて、かろうじて「家族」という形態をギリギリ維持していたザビ家一家がドズルというバランサーを失ったことで、父と子、兄と妹、ではなくなってしまったのではないだろうか?
ドズル中将が生きていれば、ギレン・ザビも父デギンをソーラーレイで焼き殺すなんてことはしなかったのではないだろうか?
ドズル中将が、もしソーラーレイでデギンが死んだなんてことを知ったときのことを想像したとき、ドズル中将は政治的行動としてギレン・ザビを糾弾するのではなく、家族として行動としてギレン・ザビを非難したことだろう。
この感覚をわかってもらえるだろうか?
ギレンとキシリアは結局似た者同士で、彼らは政治家なのだし、野心家なのだ。
しかしドズル中将は政治家にはならなかったし、野心家でもなかった。
その素朴さが、ときにギレンのような冷酷無比な男でさえ、かろうじて「家族」という構造の枠内に押し留める効果を発揮していたのだ。
しかし、ソロモンでドズル中将が死んだ瞬間に最早、ザビ家とは家族ではなく、ジオン公国という国家内の政治家同士の関係となってしまったのだ。
全然そんな気がしないけど ギレンはドズルなんか歯牙にもかけてないでしょ、ギレンどころかキシリアさえそうだ あいつが戦死しようと生存しようと関係ないよ、ソロモン失陥以上の意...