これ系の話は、他責試行って奥が深いよなと思う。長く生きてて、ああこの考え方、他責試行だったと何度反省したことか。
そして、そのたびに人への解像度が上って、(自分含め)人の評価軸が変わってきた。
井の中の蛙が外の世界を認知できないように、他責試行も簡単には認知できないと思っていて、改める事ができない。そして、他責試行を持つ人格ベースの上で、あれやこれやと自己形成していくので、どんどん曲がった成長をしていく。本人は青い空をみて成長しているのだけど、世界には大きな海があると知っている人からは、どうもひん曲がった人間に見えてしまう。
なので思うのは、狂ったような他責試行の人を見かけたときは、これが見えない人がいる現実を糧にして思考の解像度を上げるチャンスだと思ってる。
俺も仕事でモンスターみたいな他責思考人間に出会ったんだけど あれって単に生きるうえでの戦略だよね なにか不都合があった時、人間は弱いからそれをそのまま受け入れることが難し...
これ系の話は、他責試行って奥が深いよなと思う。長く生きてて、ああこの考え方、他責試行だったと何度反省したことか。 そして、そのたびに人への解像度が上って、(自分含め)人...
新潟市の北越高校の件で、やれ高校が悪い、バス会社が悪いと、とにかく他責指向が強いのは問題だってことでしょ。 日本の景気が良くて、潤沢な遠征資金が用意できれば、こんな問題...
「他責思考を口に出してしまえば周りから嫌われていく」のだから、周囲から嫌われる行動をするかどうかは自己責任であって結局は他責ではない。
「バチが当たった」「前世で悪いことをした」「お天道様の気まぐれ」は他責思考では?