肉体に宿りたるルシフェル
- 2022/01/04
- 12:00
朝廷や織田家の外交僧として活躍した朝山日乗。
だが歴史の裏で日ノ本を守るべくルシファーと契約して邪悪な伴天連妖術師と戦った事は知られていない。
「喝っ!」
仏道と魔道に身を置いて修練を重ねた日乗の法力は過去の法印と比較しても屈指のものである。
諾斯底狂信者が召喚した低級神霊(アルコーン)は跡形もなく消滅する。
「お、おのれアンチキリストめが!」
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「我等を侮辱する異教徒どもを成敗しろ!」
「「おおおぉぉ!!」」」
妖術師どもは得物を手に取り日乗に殺到しようとするが、今度はその足下に影が生じた。
「ええい!何者だ!?」
見下ろしても何もない。だが直後頭上に影が差した。いつの間にか巨大な蜘蛛の怪魔が立ち塞がっていたのだ。
ただでさえ醜悪な妖術師達の顔が恐怖に引きつっている。
『我らに牙向く者は誰であろうが許さぬ』
「こいつ……」「いかん!貴様ら、私を助けよ」「ひいいいっ!?」
「うろたえるでないわぁぁぁ!!!」
一団を率いる老術師の声で動揺が広がる。だがそれを黙らせるかのように錫杖を鳴らして日乗は大音声を上げた。
「貴様らに地獄へ落ちる権利などありませぬ!大人しく立ち去るがよい!!」
「ほざけえええ!!アンチキリストめがあああっ!!!」
老術師の号令の下、他の者らは一目散に逃げていった。
そして残ったのは錫杖を持った一人の男――日乗だけであった。
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その頃、信長一行にも変化が起きていた。
先程まで晴れ渡っていた空は突如として雷雲に包まれる。それは明らかに自然のものではなく何者かの力によるものだと誰もが気付いた。
「……来たか?」
そう呟いた時だった。突然辺り一帯が暗くなり太陽を隠した。
まるで光を全て吸い込んでしまう闇が上空を覆うように広がり続ける。
やがて夜になったのかと思うほど真っ暗になると、稲光が何度も走った。
次の瞬間、落雷のような音が響き渡り大気が震える。そして一瞬にして暗闇に覆われた。
(……これは?)
再び太陽の明かりを取り戻した時には周囲の景色は大きく変貌していた。
先程までは街道を通っていたはずなのに周囲にある風景は完全に別の場所である。しかもそれだけではない。
(なんだあの鎧姿の男は?)
そこに居たのは黒い南蛮風の衣服をまとった騎士の姿だった。馬にまたがっているがその馬の身体は通常の生物ではなく鋼鉄で作られた機械の装甲を持つゴーレムと呼ばれる存在である事が見て取れた。その数10騎ほどである。
異様な空気を感じ取った信長たちは馬を下り、武器を構える。そんな様子を知ってか知らずか黒い甲冑の男達はゆっくりと近づいてきた。
その手には剣を携えており、どうみても友好的ではなさそうだと全員が悟った。そして先頭に立つ一人だけが口を開いた。
「我らは異端殲滅騎士団……神の敵を滅ぼすために作られた軍団」
(……やはりか)
「異端とはそちらの方だろう?」
光秀の言葉を聞いても兜の中の表情は一切わからない。しかしそれでも笑っているかのような雰囲気があった。
「ほう……確かに貴方たちにとっては我等こそ異端と言える存在」
(……この余裕は何だ?こちらの方が人数は圧倒的に多いのだぞ)
(奴等の力、ただものではない……用心せねばなるまい)
明智十兵衛が無言で刀に手をかけるとそれに合わせて信長も愛槍を構えたその時だった。突然馬型ゴーレムが一斉に動き出し、同時に襲いかかってきた。
(速い!?まさかこやつらが件の南蛮の騎士というわけか!ならば!)「お主らの相手をしている暇はないわ!」
信長が愛槍(銘を"帰蝶穿孔")を一閃すると目の前にいた1体のゴーレムが吹き飛ばされてそのまま霧散する。続けて隣に現れた別の一体を突き殺すとすかさず後ろに回り込もうとした3体目の首元を狙って柄を叩き込んだ。
沈黙したゴーレムから槍を引き抜くと豪快に振り回す。すると猛烈な衝撃波が発生して残ったゴーレムを吹き飛ばす。それを見た信長配下の忍び衆は目を丸くして驚いた。
(これが美濃一国を制した武将の持つ腕前なのか!なんとも末恐ろしいものよのう)
(だがこれならあるいは……!)
織田家に仕えている者達でも屈指の武闘派揃いなだけあって彼らの戦闘能力はかなりのものといえる。
特に信長直属の精鋭兵などは戦国最強との呼び声高い猛者である。彼等を率いる信長は常識を超える実力を見せつけて敵を圧倒していた。
(ふむ……雑魚どもは容易いのだが、こいつは少し面倒かもしれんな)
ゴーレムは物の数ではない。しかし黒騎士は違った。
そいつは剣一本のみで戦う。しかも尋常じゃない速さで振るい、その度に金属同士がぶつかる鈍い音が鳴り響く。
(あれは……もしや噂に聞く西洋剣術とやらなのか?)
初めて見る戦い方だが、本能的に危険だと感じる何かを感じた。
だが今は余計な事を考えても仕方がない。相手が何者でどんな目的でここに来たとしても戦わなければ死ぬしかないからだ。
(くくく、楽しくなってきたわ!)
「はぁぁぁ!!」
一騎打ちを仕掛けてきた騎士の攻撃を信長は冷静に捌きながら一撃を見舞う。鎧は凹み、火花を飛び散らすがその攻撃を受けて相手は一歩も退かなかった。
だがここで意外な事が起きた。先程の攻撃が思ったよりも深かったのか、相手の兜の部分が割れ落ちたのである。
露わになった男の顔を見て信長の眉が上がった。
「(この男……いや女!?)貴様……まさか、あの時の!!」
兜の中から出てきた顔を見て信長は思わず驚きを隠せなかった。
何故ならば彼女はよく知っている女性であったからである。
「ははっ!やっぱり覚えていてくれたんだねぇ」
「お前……やはり蘭丸か?」
かつて京の都で別れた時に見た彼女の面影はあるが、髪の色が銀色に変化していたので一瞬気づかなかった。
それに身につけていた衣装もまた違うものに変わっているが、信長は間違いなく彼女が成長した姿だという確信があった。
「へへっ♪そういうアンタこそ随分男前に育ってるじゃねーか」
銀髪を揺らしながら笑うその姿を見て織田信長は自分の記憶と照合させたがすぐに否定する。目の前にいる彼女の姿が余りにも自分の記憶の中と違いすぎたのだ。
「ふん、俺の知る限り貴様の背はもっと低かったはずだ」
「おい、その言いぐさはないんじゃないかい!?あたしは立派に大きく育ったんだぜ」
信長の記憶の中では蘭丸は少女であったはず。それがどうしてこのような大男のような風貌に成長しているのか全く見当もつかなかった。
「……どう見ても別人だな」
「まあ確かに色々あったからねえ……」
(一体どうしたというのか……まるで狐に包まれたような感覚だな)
そう思いながらも彼は考えることを止めることにした。そして改めて敵となった蘭丸と向き合う。
(いずれにせよ貴様とはいずれ決着をつけねばならないと思っていたところだから丁度良い)
信長は不敵に笑った後、槍を構えなおす。対する相手も武器を構えた。
「ではいざ尋常に……」
「勝負!」
二人は激突した。
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「おらっ!」
「甘い!」
二人の得物がぶつかり合って甲高い音が鳴ると激しいつば迫り合いになる。
「くぅ……相変わらずやるじゃねえか」
「うむ……しかし妙だな」
互角かと思われた鍔迫り合いであるが次第に信長が押され始めた。
(この馬鹿力はなんだ?)
「悪いけどこのまま死んでくれ」
「ぐぉっ!」
信長が一瞬動揺したところに強烈な横薙ぎを食らい吹き飛ばされる。そのまま岩に叩きつけられた彼は口から血反吐を吐き出すと膝をついて息を整えた。
「げほっ……ごぼっ……がはあ!」
「はっはっはっ! 切支丹の加護とやらは凄まじいな!」
「ちぃ……」
信長が身に着けていた具足は今の攻撃でボロボロになり使い物にならなくなった。一方で向こうはまったく傷を負っていない。
「今のはわざと加減しておいた、次はこうはいかないぜ」
「抜かせえぇ!!」
立ち上がった信長は再び突進するが今度は受け止められてしまう。だがそこで終わらない。槍を強引に引いて空いた右手で懐に隠し持っていた小刀を取り出して斬りかかったのだ。
蘭丸はそれに反応し、素早く左手で受け止めるが予想以上の信長の力に怯んだ隙を見逃さなかった。
「ぬんっ!!」
全身全霊をかけて放った突きは見事、彼女の左目に直撃。肉が潰れる嫌な音が聞こえたと同時に赤い液体が噴き出すが蘭丸は気にしない様子で再び笑い出した。
その様子にさすがの信長も冷や汗を流したがそれでも槍を握る手は緩めずにさらに押し込む。
「へへへ、効いたぜ?いい技だ……本当に強くなったな、信長様よぉ」
「な、に?」
信長は動揺した、その一瞬が致命的だった。
「あ~でもちょっとだけ惜しかったな……あともう少し強かったらあたしも本気が出せたんだがね!」
「……!?まさか……ぐあああっ!?!?!?」
信長の腕に激痛が走った。見れば手首が骨を砕かれたかのように変形している。
(なんだこれは!?力が入らない!?)
そう思う暇もなく信長は馬乗りになって押さえつけられる。その圧倒的な腕力に信長は全く身動きが取れなくなってしまった。
(こ、こんなはずでは!? 俺は、織田信長は天下布武の覇道を歩もうとしているはずなのだぞ!? それを阻むというのか!?蘭丸!!!)
信長の心の叫びを浴びる蘭丸の姿は異形そのものと化していた。
銀色に輝く肌はまるで昆虫の外骨格のように見えており、頭部からは鋭い角のようなものが伸びていた。目は爛々と赤く光っており、その姿は正しく魔人と呼ぶにふさわしいものである。
「残念だよ……ほんっと、お前には恨みはないし、本当は殺したくないんだけどな」
彼女は悲しげな表情を浮かべていたが、次の瞬間それは狂気に満ちた邪悪な笑みへと変わった。
信長もそんな彼女を恐ろしいと思ったがその気持ちはすぐに絶望へと変貌した。
「じゃ、サヨナラだ……第六天魔王」
彼女は手を振り上げようとする。
(駄目だ、死ぬわけにはいかん。なあ、日乗)
(……?)
信長の様子がおかしい事に蘭丸は気が付いた。何故か必死に手を伸ばすとこちらの顔に手を伸ばして何かを掴み取ろうとしていた。
「……蘭丸、待て。お前がやるべきは……殺すことではない」
(こいつ、まだ意識があるっていうのかい?この状況下で)
普通なら気を失っていてもおかしくないという状態でまだ抵抗しようとしている事に内心驚く。
しかし彼女には信長を生かして捕らえる余裕はなかった。
「悪いな、こっちにも事情ってものがあるんだよ!さよなら、信長様!!」
蘭丸は躊躇なくその巨大な手を信長の頭目掛けて振り下ろすと頭蓋骨を叩き割った。
地面に倒れ伏した信長は白目を剥いていたが完全に絶命した事を確認した蘭丸はゆっくりと立ち上がる。
「まったく……手間取らせてくれるなあ」
彼女の腕の筋肉が盛り上がり再び元の大きさに戻ると服の破れ目も元に戻った。
それからゴーレム達に向けて合図を出すと彼等は無言のままその場を後にした。
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こうして信長の軍勢との戦いを終えた蘭丸であったが、彼女はまだ知らなかった。この直後に訪れる悲劇のことを……------
クリエイティブ・セリフ
「我はアンチクライストではなくブッディストだ」
日乗の法力が消えた瞬間を狙って、大司祭は手に持っていた水晶球を懐から取り出して床に投げつけた。
パリンッという音が響き渡ると同時に、妖術師に付き従っていた信徒達が次々に倒れた。
日乗は瞬時に状況を理解して即座に撤退を試みる。だが遅かった。
「うわああぁあああ! 俺の体が勝手に動くぞ!」
ゾンビ化した信徒達が起き上がって一斉に走り
「うぎゃああああっ!」
生者を恨む死者達が次々と襲い掛かる。
(しまった……奴らは既にアンデッド化されていたか!)
死者を操る魔法である『屍者の命令』により操られているのだと判断したが後の祭りだ。
日乗自身も抵抗するが数が多すぎて押し倒され組み伏せられる。そして、
(この気配……こやつらもしかして)
大司祭の邪な企みを感じ取って嫌な予感を抱く。
「さすがに察しが良いのうルシファーの契約者よ! は~っははははは!!」
邪悪そのものの大司祭が邪悪な高笑いをあげると虚空から二人の男が姿を現した。
一人は見覚えのある巨漢だった。
「久しいの坊主」
そう言って笑う男は全身に火傷を負った筋骨隆々の騎士であった。その傍らには鎖帷子を着た小柄な剣士もいる。
彼らは元テンプル騎士団の精鋭にして『地獄王子』ことエドワード黒太子、『赤髭卿』ジョン・シルバーバック。いずれも欧州で名を馳せた傑物。
「シモニアか。下賤な者だが力だけはあるらしい」
「貴様らが我が忠実なシモベとなったことは喜ばしく思うぞ!」
高らかに叫ぶ大司祭の両手にはそれぞれ二枚の金貨があった。それを見ただけで何を意味するのか理解できた日乗の顔から血の気が引いた。
『聖ゲオルギウス金貨』。これはゲオルギウスなる聖人の血を浴びた銀貨であり、「不死殺しの力を持つ」「竜殺しの聖者が落とした物」、「悪魔の攻撃を防ぐ聖なる武器となる」、「いかなる傷にも打ち勝つ力を持っている」等という伝説が伝わる。事実は定かではないが一説には中世期以降ヨーロッパにおいて神聖視する地域もあったという不思議な貨幣。
「ふ、ふざけるな……何故このような事を!?」
必死に抵抗するものの拘束から抜け出すことが出来ない。そして大司祭が呪文を唱え始めると同時に日乗の両目が光を失う。眼球が魔力を帯びた金粉となって崩れ落ちるのを見て彼は絶叫する。
やがて魔術が完成すると同時に彼の意識は完全に闇へと沈んだ……。
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「これで邪魔者は消えた……あと残るは」
"悪魔憑き狩りの天才少女か"……そう呟いたエドワード黒太子は不敵な笑みを浮かべていた……。
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クリエイティブ・ナラティブ
喚き散らしながら妖術師は次々と魔物を使役するが、どのみち雑魚だ! 日乗は次々と魔物を切り捨てていく。
その時、突然日乗の足に鎖が現れ巻き付く!
しまった!!︎
日乗はその隙を見抜かれたのか足元から現れた影の槍で全身を串刺しされる!
-----【影魔法】【影縛】
日乗を縛り上げた術者の姿が現れる。そいつの腕には聖女マルタの錫杖と同じ紋章が刻まれた腕輪があった……
そうか!あいつがグノーシス教団の指導者で教皇僭称者エマヌエル=グランクレド!
その背後にいる巨大な骸骨が魔神バズラである事を認識した時、日乗は意識を失った。
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日乗は目が覚めると見慣れない天井を見た後自分が何処に居るのか確認しようとした時に強烈な痛みに襲われる!
(うぐっ?これは……?)
自分の体に何が起きたかを理解できなかった。
--私はあの悪魔と戦っている最中、突然謎の力で拘束され、影で串刺しになったハズなのに!?︎ ---
何故私が生き残っているのだ?そもそもここはどこだ?
疑問が次々と浮かぶ中で一人の女性が近づいてくるのが分かった。
白を基調としたドレスのような衣服を身につけている少女で日乗を見ると驚いたような表情を浮かべると同時に涙を流して抱きついた。
混乱していた日乗であったがすぐに正気に戻り離れようとしたが彼女の抱擁は思った以上に強かった。
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日ノ本編第1章終了です。
次話から別視点の話になります ------
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