"神の御座"
- 2021/12/08
- 22:00
時子様はシュウとサフィーネの娘である。とサンタクロース VS F-2のネタがありますが、読まなくても多分大丈夫です。
大気が鳴動し、空間が砕け散る。
その先「空間ではない空間」には一つの巨影。
汎用殲滅特殊機動重装甲兵器【アーシャ】の操縦席でモニターに映る“それ”を確認したクロス・ナタズは思わず息を吞んだ。
「神の御座だと!?」
神の御座、大いなる神威を携えた巨大人型祭器。
神を迎える為の場所を意味する名前からも分かる通り主体は機体ではなく搭乗者である。
正しき者が使えば世界救済も可能だが、逆に悪しき者が使えば世界を破壊してしまう。
故にこの機体は人間には余ると判断した開発者であるアメリア・ローレンスの手で封印された……筈だった。
では今目の前にあるこれはなんだ?
「誰だ、誰が動かしている? 魔導師か探索者か、あるいは旧支配者に連なる者ではないだろうな!?」
つい口調が荒くなり叫んでしまう。
もしここで戦闘になれば甚大な被害が出る。それだけは避けなければならない。
操縦桿を握る手に力が籠る。
神の御座――正式名称【
クリエイティブ・デフォルト
ワヒシュトゥリートラヤ】を現在操作しているのはかつてクロスの愛機【アーシャ】の操縦士を務めていたリリス・エルフィールであり、彼女もまた驚愕していた。
なにしろ現れた場所が不味かった。
(まさか、この神域に来るなんて……!)
リリスが居る場所はクトゥルー神話に纏わる全ての神々を束ねし原初の母【ティアマト=クロノス】が眠るとされる惑星規模大の湖、【ククルカンの大釜】があるとされる場所であった。
(どうする、この場から離れさせる?)
否とリリスは自身の心を否定する。
もしこの場所から離れても他の邪神達と遭遇でもしたら大変なことになる。
そして何より――
(――まだ、死ねない!!)
まだ死ねない。自分は生きたい。
この世界に、あの人と、あの人の傍にいたい!
(だから――ッ!!)
その願いに応えんとするかの様に機体が光り輝き始める。それはまるでリリスの声に応えたかの如く……。
やがて光り輝く機体は動き出し、【天界開門ノ鍵】を取り出し構える。そして同時に、リリスにも声が届いた。
(お願い、私の力を使って!)
(……分かったよ。その代わり、終わったら一緒に遊ぼう。皆と、君と一緒に……!)
刹那、【ワヒシュトゥリートラヤ】を中心に光が溢れる。
まるで太陽が生まれたかのように眩く輝き、周囲の風景が真っ白に染まった――。
クリエイティブ・セリフ
クォ=ヨロン】
その機体各所が開いて巨大な何かが這い出てくる。
その大きさは大型輸送機程もあり、現れたそれらは全て頭部から触手のようなものを伸ばして【アーシャ】を取り巻いていく。
「くっ!」
一体一体の動きは非常に遅い。しかしその数は余りにも多すぎる! あれは危険すぎると判断すると同時に通信回線が開かれる。
『あー、もしもしこちらアメリアさんの助手、ナターリャ・リキエスです』
聞き覚えのない少女の声。しかし何故かひどく懐かしい。
「貴女がこれを!?」
そう叫びかけて言葉を失う。
轟音と共に何かが飛来し、【アーシャ】を取り囲んでいた無数の触腕が一斉に引き千切られ宙へと消えていったのだ。
そして残ったのはたった一振りの神剣。それはまるで神が自らの意思を以て振るったかの様に神々しかった。
*
*
*
「お目覚めですか? アメリア・ローレンス博士」
目を開けると薄暗い部屋の中に私は横たわっていた。
目の前にいる男はどこか不気味に見えるがそんなことはどうでもいいことだった。
何故私が生きているか分からないからだ。
私は【クォ=ヨロン】と共に【空亡】を地球に呼び込んだ。
【空亡】とは古き星々の一つにして最も深淵なる恐怖を司る邪神だと言われている。
その力を使い地球を滅ぼそうとしたのだ。なのになぜ?
「なぜ生きている?という顔ですね。まぁそれも当然でしょう、自分のしたことを理解していれば殺されるのが普通ですから」
……確かに私のやったことは許されざることだ。人類の歴史を否定する行為であり冒涜的所業だ。
「しかし貴方のお陰で我々が助かったこともまた事実、その点は素直に感謝していますよ」
目の前の男が笑みを浮かべながら手を差し伸べてくる。私はゆっくりと立ち上がり差し出された手を握り返した。
「それで、私を助けて何をさせたいのですか」
私の疑問はもっともなものだったと思うのだが、目の前の男は一瞬驚いたような顔をして再び微笑んだ。
「いえね実は我々は貴方のことを以前から探していたんですよ。特に【空亡】が暴れまわる直前くらいからですが。いやはやようやく見つけることができました」
そう言いつつその男は自らの正体について語り始めた。
【外なる神】の信者だと。
「あなたは我々から見れば救世主ということになります。我々の悲願である【門】の創造が叶うかどうかの瀬戸際、そこに立ちはだかる強大な敵を打ち倒してくださったのですからな」
「【アーシャ】は【空亡】に負けたのですか」
「ええ、尻尾を巻いて逃げ出したようです。それでですね、アメリア博士。我々はもう疲れてしまったんです、神がいなくなった世界で生きていくのは。なので新たな世界を作ろうと思うのです」
目の前の男――恐らく【ツァトゥグァ】の神官である男は淡々と言葉を続けた。その内容はあまりにも狂気的で狂信的な考えだったが私は「それは面白い発想だな」と思わず笑ってしまった。
今まで考えたこともなかった新しい考え方だったからかもしれない。
「賛同いただけると考えても?」
「もちろんだとも。しかし君たちの計画に協力するのだから一つ頼みがあるんだが聞いてもらえるかね」
「我々にできることであれば」
「【門】が完成した時【クォ=ヨロン】を動かせるようにしてもらいたい。頼めるか?」
「もちろんお任せください」
男は満足そうな表情を浮かべた後「それではこれが必要なデータをまとめたファイルです。上手く使っていただければと思います。それではまた会いましょうアメリア・ローレンス」
* * *
* * *
クリエイティブ・ナラティブ
エルダーデウス】。全長40mを超える鋼の巨人はそれを動かすに相応しい人物を選ぶ為にこの惑星上で最も高い場所に設置されたという。
そして起動に成功したのはこの惑星においてただ二人、その内の一人は既に死んでいる筈であり、もう一人はまだ幼い少女であったはずだ。
まさかとは思うが……とクロスが思考を進める中で機体から声が届いた。
≪……あーテステス。お兄ちゃん聞こえる?≫
少女のような幼く高い声でそう語りかけてきた。
≪聞こえるぞ、お前が操縦しているんだな≫
≪うん! すごいでしょ? でも私一人じゃなくてね、ほら、みんな出てきてよ~≫
その瞬間、大地が大きく揺れ動き山々の間から巨大な黒い塊が飛び出したのだ。
それは一見すれば人の形をしているようだったが、違う。
頭部にあたる部分は目や口に該当する部分が見当たらず真っ黒なのだ。そして胴体部分もまるで黒い鎧を着ているような形状をしていた。
ただ全身が鈍色に輝いており不気味ではあるが、どこか美しいと思わせる造形美があると思った。
(こいつは……)
≪紹介するよ。これが人造機動兵"イザヴェル・ノーデンス"だよ。カッコいいよね? 私の一番好きな機体≫
【エルダーデウス】はゆっくりと【アーシャ】へと近づく。
≪おいちょっと待て。なんのつもりか知らないがこれ以上近寄るなら敵とみなす。離れろ≫
しかし相手からの反応はなく、更に接近してきた。警告を無視しているのだろうか?……ん?
クロスは【エルダーデウス】の異常に気付く。
巨体の右腕が変化し始めたのだ。
最初は黒い鋼鉄の腕から刃のようなものが現れていく。その形状はまるで剣だ。
更に左腕も光を放ち始め徐々に変形していくではないか。
(これは……銃!?)
クロスは咄嵯の判断でその場を離れようとしたが間に合わず、発射される弾丸を見てしまった。
一発目は左肩に被弾し装甲の一部が剥がれ落ちた。
続けざま二発目が脚部へ撃ち込まれ転倒してしまう。
更に間髪入れず三発目が腹部へと直撃した。衝撃により【アーシャ】のコックピットが激しく揺さぶられる。
それでも何とか体勢を立て直す事には成功したのだが――その時すでに目の前にまで敵機が迫っていた。
慌てて反撃を試みるが相手が速すぎる。まるで巨体を扱っているとは思えない速度である。必死に操縦桿を操作し相手の攻撃を避ける。
しかし回避に専念せねばならず中々攻め手に転じることができないでいた。
(このままではいずれ押し切られる。ならば!)
機体を大きく横転させそのまま敵機へと体当たりを敢行する。
だが向こうはそれを予想していたかのように即座に対応して見せた。瞬時に背部ユニットのブースターが点火すると凄まじい推力を得て【アーシャ】を蹴り飛ばすように吹き飛ばしたのだ。
機体は激しく回転しながら後方へ吹き飛び、木々を巻き込みつつ数十メートル地面を転がり、止まったところで力なく大の字に倒れた。
モニターに表示されるダメージ状況を見て思わず顔をしかめるクロス。
機体は左上腕部が完全に砕かれ、胸部にも複数個所に損傷が発生し、内部部品の一部も破損していた。左腕は完全に使用不可。そして右下腿部にも大きな亀裂が入っていた。
(あの一瞬の攻撃だけでこれか。とんでもない破壊力と反応速度だな)
そう考えつつも機体を再起動させようとするが……。
【エルダーデウス】が【アーシャ】の上に跨った。そして右腕を変化させた剣を振り下ろす。
たったそれだけの行為であったが【アーシャ】は両腕を斬り飛ばされる。
≪待ってくれ。降参だ、降伏するから殺さないでくれ。俺にはこの星を守る義務がある、こんな所で死にたくない。お前、何のために神の御座を動かしている≫
通信越しにそう懇願するが、【エルダーデウス】の動きは止まらない。
次の瞬間には頭部に刃を突き付けられてしまった。
(ここまでか……俺は死ぬだろう。でもせめてこいつだけは――)
クロスが諦めたその時だった。突如空から無数の光の玉が降り注ぎ【エルダーデウス】に直撃する。
あまりの輝きに目を瞑るクロス、一体これは何なのかと思い再び瞼を開いた時には……イザヴェル・ノーデンスも含め【エルダーデウス】の姿は忽然と消えていた。
(一体これは、どうなっているんだ?)
ふと上空を見ると、そこにあったのは翼竜に跨る少女の姿。そしてその少女の周囲には多数の光輝く精霊達がいた。
――あれが噂に聞く神の御子か。なんとも幻想的な光景であるな、とクロスは思うのであった。
神威霊装・八番こと通称ヤオヨロズと呼ばれる生体兵器。
かつて旧支配者との戦いの中で、旧神は異界より来たる侵略者達に対抗するため、この世界を守護する為にこの兵器を作り上げた。
その性能は人間という種が作り出した兵器とは一線を隠すものであり、この世界で現在運用が可能な唯一の超科学兵装とされている。
ただこの兵器を使用する為には多くの犠牲が必要であり、現段階での使用には危険があると判断されて封印された筈だ。
(まさかそれが今このタイミングで現れるなんて、誰が思っただろうか)
翼竜がゆっくりと地面に降りると、それに跨っていた黒を基調とした軍服のような服を着た褐色肌の少女が降りてくる。
クロスは【アーシャ】から飛び降りると少女の傍へと歩み寄っていく。
彼女は手に槍を携えているのが見えた。
クロスは彼女の前に立ち止まり、敬礼をする。少女もまたそれに返してくれたのを確認すると、自己紹介を始める。
≪私は神威霊装・八番。またの名をクロノス・アルハザード。この星の民を導く者である。お前の名は?≫
≪俺の名はクロス・ナタズ。この惑星で魔導師として働いている≫
互いに顔を合わせながら名前を言い合い、握手を交わす二人。そして翼竜と巨人は黙って見つめる。
≪さてクロスよ、単刀直入に訊こう。先ほどの機体……いや【エルダーデウス】という機体について教えてくれないか?≫
≪……あれは元々アメリア博士が作った機体だ。それを起動させたのが、例の少女だという事は聞いた。しかし何故あれが動いたのかまでは、分からない。ただ……あの機体は何かに取り付かれているように、暴走しているように見えた≫
クロスの言葉を聞いたクロノスは少し考え込むような表情を浮かべた後、小さくため息をつく。
それからすぐに真剣な眼差しで、告げた。
≪ならば話は早い、アレを止めろ、そして救え、それが今のお前の役目だ。その為に力を授けよう。お前にはそれを可能にするだけの素質があると私は確信している≫
クロスはそれを聞いて驚いたが、どっちみち【エルダーデウス】とは再戦する事になるだろう。助力が貰えるならありがたく貰う。
≪了解した、これより自分は任務を遂行する。貴女は如何様にするおつもりかな?≫
≪私のやる事は変わらない。まずは神降ろしの準備を始め、それからお前を【エルダーデウス】のところまで送ろう。あとついでにこれも渡しておくぞ≫
クロノスが取り出した物は、金色の液体が詰まった注射器だった。
それは神々の血、旧支配者が地上に降臨するために必要な儀式道具であり、本来なら滅多な事で人間が触れる代物ではない。
それを彼女は無造作にクロスの腕に突き刺し中に入っている血を一気に体内へと流し込んだ。影響は劇的だった。身体が軽く感じ、全身の魔力の流れもはっきりと認識できるようになっていた。
≪では行くぞクロス、我が眷属にして同胞よ。お前をこの惑星の神となれる存在へと変えてやる、感謝せよ≫
≪了解、偉大なる主様≫
クロスは心の籠っていない声で茶化し気味に応えた。
だがクロノスは満足そうな笑みを浮かべると【エルダーデウス】がいる方角に向けて飛翔していった。
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