「クライミングは孤独」「サッカーうらやましい」…16歳の日本王者・安楽宙斗が語る本音
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「孤独」――。日本のスポーツクライミング界に
あどけない素顔
外はすっかり暗くなっていた。千葉県八千代市の閑静な住宅街の一角に、練習を終えた安楽はいた。初めての一日密着取材が終わろうとしているとき、少しだけやわらいだ表情で食卓についた。
「今日は特別、豪華っすね」
キッチンからは、安楽の好物の唐揚げが揚がる音が聞こえる。4人掛けテーブルに食器が並ぶと、食べ盛りの弟・晴希君(11)と父・武志さん(41)が腰かけた。「いただきます」。母・久美子さん(50)もエプロンで手を拭きながら、席についた。

東京五輪から採用されたスポーツクライミングで、4月から高校2年生になった安楽はトップ選手の一人だ。高さ12メートル以上ある壁を、制限時間内にどの地点まで登れるか競う「リード」が得意種目で、2021、22年と世界ユース選手権を連覇。同年代では「最強」との呼び声が高い。
9日には、高さ4メートルほどの壁を制限時間内にいくつ登れるか競う「ボルダリング」と、リードの合計点で争う複合ジャパンカップで昨年に続き頂点に立った。決勝のリードでは最大傾斜約140度の、垂直よりも険しい壁をただ一人登り切って100点満点を獲得。8月にスイスで開催される世界選手権の日本代表にも内定した。日本はクライミングの強豪国として知られており、成人の選手も含めたフルカテゴリーの大会で優勝した安楽には、パリ五輪での活躍に期待する声も上がる。
「うん、うまい」
唐揚げを頬張る安楽の横顔を母が見つめる。その日一日、彼が見せたアスリートとしての姿からは想像もつかないあどけなさに、思わず笑ってしまいそうになる。
数学は学年トップクラス

この日の朝8時。安楽は制服姿で自宅の玄関から現れた。
「今日はよろしくお願いします」
初めて顔を合わせる記者に、照れながらあいさつする。通っている県立八千代高校は難関大学合格者も多い進学校だ。プロとして食べていく覚悟の安楽は、ここを「近いから」という理由で選んだ。緊張をほぐそうと少し話を聞こうとしたものの、「もう行かなきゃ」といった様子で、さっそうとペダルをこいで消えていった。
「あー安楽君! いたいた!」
それから4時間後。取材が許可された昼休みの学校を訪れると、金内佳子教頭が安楽を呼び止めてくれた。背丈も同年代の男子の平均以下の安楽は、狭い廊下を移動してきた他の生徒と交じり、マスクをしていると見失ってしまう。金内教頭は「本当に目立たない子なんですよね」と声を潜めた。