主人公=読者=ゲームのプレーヤーという漫画、心強い「ふたりループ」…今月完結「サマータイムレンダ」作者に聞く

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 人間の情報をコピーして、同じ姿になり、その人物を殺して成り代わろうとする「影」。和歌山市沖の離島を舞台に、謎の存在である影と若者たちが対峙(たいじ)する漫画「サマータイムレンダ」(集英社)が2日発売の13巻で完結した。作者の田中靖規さん(38)が読売新聞のインタビューに応じ、ゲームの要素を取り入れた制作秘話を明かした。(文化部 川床弥生)

慎平と潮が描かれた13巻の表紙のイラスト(C)田中靖規/集英社 
慎平と潮が描かれた13巻の表紙のイラスト(C)田中靖規/集英社 

<あらすじ>主人公の慎平は、幼なじみの潮の葬儀のため、故郷の和歌山市の島に2年ぶりに帰省した。島では、人間の姿をコピーした「影」が、入れ替わるために「コピー元」の人間を殺し始める。異変に気づいた慎平は、なぜか味方となった潮の影や、島出身の小説家・南雲竜之介たちと、タイムループを駆使して影を倒すために動き出す。

「ドッペルゲンガー」+「ループ」

――物語の着想のきっかけとは。

 新人の頃、「ジャメヴ」というドッペルゲンガーを題材にした読み切りを描いたのですが、連載会議では通らず、ボツになっていました。ですが、数年前、初代の担当編集者で、今は週刊少年ジャンプ編集長となった中野博之さん、そして現在の担当編集者の片山達彦さんの3人で飲む機会があり、「サスペンス調の漫画が人気だし、今なら『ジャメヴ』を、うまく企画として成立させられるんじゃないか」と言われたんです。

 その後、正月に和歌山市の実家に帰った時、スマートフォンで何げなく目にしたゲーム情報サイトが、タイムループを題材にした新作ゲームの記事を載せていました。それ自体はありふれたネタですが、ドッペルゲンガーとループをくっつけたら面白いのではと、(ひらめ)きました。そこからは早かったです。スマホのメモ帳に人物設定や大まかなプロットを一心不乱に打ち込み続け、1週間ほどで大枠は完成しました。

慎平は死ぬことで時間を遡ることができる(C)田中靖規/集英社
慎平は死ぬことで時間を遡ることができる(C)田中靖規/集英社

――主人公の慎平は、世界を俯瞰(ふかん)して見ることができるキャラクターですが、その理由は。

 僕も片山さんもゲームが好きなので、アドベンチャーゲームやホラーゲームのような読み味にしようと考えました。「慎平=読者」、つまりゲームのプレーヤーとして、一歩引いて全体を理解するキャラクターにしました。その対比として、ヒロインの潮は、明るくみんなを引っ張っていく性格になりました。この漫画は全体的に怖く、暗い話なので、潮は金髪にして明るく、そして同時にどこか現実感がないような異質な存在に。他の登場人物がみんな現実的な衣装で地味なので、潮を水着姿にしました。見れば一瞬で彼女だとわかるアイコンがほしかったんです。

 潮をはじめ、南雲先生や(みお)朱鷺子(ときこ)と登場人物に強い女性が多いのは、僕が単純にしっかりした女性が好きだからかもしれません(笑)。描いていて面白かったのは南雲先生。何が起きても動じないからいいですね。敵の「シデ」も好きです。悪役は描いていていつも楽しいです。物語を考えている最中、僕自身、慎平の気持ちになって「どうやったら勝てるんだろう」と一緒に悩んだり、逆に敵の「シデ」になって、「どうやったら主人公を倒せるんだろう」と考えたり。毎週漫画を描くというよりゲームをやっている感覚でした。

「スキャン」「コピー」「影」…シンプルな言葉で

――「影の病」や「ヒルコ伝承」など、島に古くから残る言い伝えについて、その内容をコピーやスキャンといった現代的な言葉で説明した理由は。

 単なる怪談ものにはしたくなかったんです。古い伝承の話だけだと、おどろおどろしいよくある話になってしまう。もし現代でリアルに起こったら、今の高校生は「スキャンしたデータを次のループに持ち越せる」「コピーしたデータを引き継げる」とか言うんじゃないかなと。この漫画には、起きている事態を把握している人が出てこないので、みんな推測で話しているんです。事情に詳しい人が登場して、設定や用語をしゃべったりする物語はよくあると思うんですけど、中二病っぽい名称はなるべく排除しようと努めました。

 なので登場人物はみんな、「影」みたいなシンプルな言葉を使います。うまくいったなと思うのは、慎平と潮がバディでループする設定です。ループの話って主人公が孤独な場合が多いんですが、もしもふたりでループできたら、すごく心強いですよね。そのふたりの関係性を描いてみたかった。ループでたどってきた記憶を他人に移せるようにしたのも、ループするたびに毎回読者が説明を受けるのを避けようと考えたからです。一気に読んでもらおうと、コミックス1冊を1話ととらえ、扉絵もなくしました。

――慎平のメモやノートなど、コミックスの巻末やカバー下にも謎解きのヒントがちりばめられています。

 これは完全に僕の趣味です(笑)。ゲームの中で、アイテムを入手して、その断片的な情報から全体を考察するのが好きで、「SIREN」という傑作ホラーゲームがあるんですが、カルテや手記、ポスターなどのアイテムから得る情報で、登場人物や、その世界で起きていることが推測できて、面白いんです。より本物らしさにこだわりたかったので、作中に子供が書いた自由研究の画像を載せた時は、その文字を僕の小学生の娘に頼んで書いてもらい、子供の筆跡にリアリティーを持たせました。6巻のカバー下にある古い写真は、実際に僕の祖父母や先祖の古い写真を加工したものです。よく見ると(敵の)「シデ」も写っているんですよ。

鉛筆画をデジタルで仕上げ、迫力のある画面を生み出す(C)田中靖規/集英社
鉛筆画をデジタルで仕上げ、迫力のある画面を生み出す(C)田中靖規/集英社

ラストバトルは苦労した

――連載中、思いがけない展開になったことはありましたか。

 島で暮らすしおりちゃんという女の子にハイネ(影の始祖)が化けているという設定と、小説家の南雲先生が、亡くなった双子の弟の人格を持った二重人格であるという設定は、当初はまったく考えていませんでした。しおりちゃんも初めはただの被害者で、南雲先生も、ボイスレコーダーに吹き込んで記録しているのは(もう一つの人格の)双子の弟宛てではなくて、南雲先生を担当する編集者に向けてのものでした。結末は決まっていましたが、キャラクターの動きがどんどん膨らんでいったので、当初の想定よりも長くなりました。

――連載で一番苦労した点は。

 ラストバトルの和歌山大空襲の場面です。設定や時代考証も含めて、空襲シーンを描く覚悟を決めました。これを一人で描けるのかとも思ったのですが、絵が頭に浮かんじゃったので、逃げても仕方がない、やろうと。和歌山が空襲を受けた話は、幼いころから祖父母から聞かされていたんです。敵の戦闘機が来て、機銃で掃射された話とか、近くに焼夷弾(しょういだん)が落ちてきた話も聞きました。和歌山市出身で、物語の舞台にした以上、避けては通れないというか、描写しておきたいと思ったんです。漫画に描いた、ラジオから「和歌山市のみなさん、ご健闘をお祈りいたします」と流れてプツッと切れたシーンは本当にあった出来事だそうで、こわいですよ。

「ジョジョ」荒木飛呂彦の下で学ぶ

――漫画家になろうと思ったきっかけは何ですか。

 物心つく頃には絵ばっかり描いていました。幼稚園や小学校の頃は友達とみんなで悟空の絵を描いたりとか。小学校で「マンガイラスト部」に入り、何作も描いていたことが原体験です。みんな「面白い」って言ってくれたので、その頃には将来の夢は「漫画家」と書いていました。そこからずっと絵を描いていて、デビューは大学2年生の頃です。大学の講義中にこっそりネーム(コマ割り構成)を描いていました。デビューした後は、法学部の授業に興味が持てなくなり、大学4年で、いよいよ卒業が危ないという時に、「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木飛呂彦先生がアシスタントを募集していることを知り、大学を中退して上京しました。

――荒木先生のところではどんなことを学びましたか。

 ジョジョ第7部の「スティール・ボール・ラン」の頃で、2年間いましたが、漫画家としての姿勢をすべて学びました。荒木先生は1日のスケジュールをきっちり管理されていて、アシスタントへも具体的な資料を示して、指示を出していました。絵の面でも、荒木先生の描き方から学んだ視線の誘導の仕方や、絵に一体感が出る効果線の手法を今回の作品に生かしています。

9巻の表紙(上)とその原画。鉛筆の描き込みも細かい(C)田中靖規/集英社
9巻の表紙(上)とその原画。鉛筆の描き込みも細かい(C)田中靖規/集英社

鉛筆で線、ペン入れせず…一人で作画

――今回は、ペンを使わず、鉛筆で描かれていますが、その理由は。

 絵として本質的に別物なんですが、アニメ-ターの描く線に憧れがあるんです。アニメの原画は鉛筆で描いていることが普通なので、漫画でも似たようなことができるんじゃないかと思ったんです。紙ではなく、webアプリでの連載だったというのも大きいですね。何か新しいことに挑戦したかった。普通のコクヨのB4のコピー用紙に鉛筆で描いて清書して、スキャンしてパソコンに取り込んで、ベタやトーン、カラーはデジタルで仕上げます。

 背景も一部を除いてほぼデジタルです。コマありきで描いてしまうと迫力が減ってしまうと思ったので、人物、効果線、背景……とパーツごとに絵を描いて、パソコン上で組み合わせています。鉛筆だと、髪の毛や服のシワなどが、柔らかくなめらかに描けます。Gペンだと描ける方向が手前しかないんですが、鉛筆だと自由自在に描ける点が好きです。

B4用紙に鉛筆で描き、ペン入れをしない表現手法に挑戦した(C)田中靖規/集英社
B4用紙に鉛筆で描き、ペン入れをしない表現手法に挑戦した(C)田中靖規/集英社

――アシスタントに依頼せず、本作はすべて一人で描き上げたそうですね。「週刊連載では極めて異例」とのことですが。

 元々背景を描くのが好きなんです。上手なスタッフに任せて、自分の中にない描写を採用する楽しさは失われてしまいましたが、風景写真などを参考にして描くことで、同じような楽しみを見つけました。写真には自分の意図しないものも写り込んでいますので、それをどう生かそうかなって。作品を通して、絵の描き方がある程度定まったなという気がします。1、2巻の頃は、今読み返すと僕の中では見るに堪えないですけど、最後の方は、自分が頭の中で理想とする画面に近づけた気がします。最後までモチベーションが高かったです。

「どれだけ長く生きたかじゃない」

――好きなシーンは。

 南雲先生の<どれだけ長く生きたかじゃない。いかに命を使い切ったかだ>というセリフが気にいっています。ループから抜け出すというのは大きなカタルシスとして用意していましたが、どんなことがあっても日常は続いていく。ラスボスは永遠に生きることを目指していましたが、そのアンチテーゼですね。慎平も思いを受け継いで、ラストバトルで同じようなことを言っています。全体を通してたどり着いた結論になりましたね。

――アニメ化も決まりました。

 うれしいです。僕自身、いかにキャラが動いているか、音楽が鳴っているように見えるかというのを目指して漫画を描いているので。たぶん僕の中にあるものとは違ってくるとは思いますが、それを楽しみたいと思っています。極力、イメージが一緒になるように、脚本会議にも参加させてもらっています。完結しましたが、今も作品と向き合っているので、あまり実感がわいていないですね。和歌山弁がミソなので、それをどれだけ再現できるのか楽しみです。

 田中靖規(たなか・やすき) 和歌山市出身。2002年、「(ばく)」で第39回天下一漫画賞佳作を受賞し、翌年、デビュー。07年、週刊少年ジャンプで「瞳のカトブレパス」を初連載。17年から漫画アプリ「少年ジャンプ+」で本作の連載スタート。

 今年7月22日には、今作の島のモデルとなった和歌山市の友ヶ島で、事件や謎を解き明かす「リアル脱出ゲーム」が開催決定。参加者を4月26日まで募集している。詳細はホームページ(https://www.shonenjump.com/p/sp/2021/summer_reald/)で。

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1984173 0 エンタメ・文化 2021/04/14 11:45:00 2021/04/14 11:45:00 /media/2021/04/20210412-OYT1I50079-T.jpg?type=thumbnail

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