医学と宇宙物理学、異色のコラボで安全な画像診断を目指す
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「役に立つ」科学研究が求められるようになってきたと言われて久しい。その是非はともかく、実用的な技術が生まれやすい研究分野もあれば、そうでない分野もあるのが現実だ。そして、科学の様々な分野の中で、実用から遠い代表的な分野の一つが「宇宙」ではないだろうか。学生時代に宇宙物理学をかじって以来、そんな印象をもってきた。

ところが、この印象は最近、筑波大学計算科学研究センターの矢島秀伸准教授(43)に覆された。矢島さんは、宇宙物理学の研究で上げてきた成果を、医学に応用しようとしているのだ。エックス線を使うコンピューター断層撮影法(CT)と違って放射線
光の複雑な散乱を計算する独自技術
宇宙で起きる様々な現象の観測は、長い距離を旅して地球へ届く光が頼りだ。電波や赤外線から、目に見える光(可視光)、エックス線やガンマ線まで、様々な波長の電磁波、つまり広い意味での「光」が観測に使われる。ニュートリノや重力波といった新たな観測手段も現代では登場しているが、光の観測が中心であることに変わりはない。
ただ、星が放った光は、必ずしも一直線に地球へ向かって来ない。銀河の中にはガスやちりの多い空間があり、光は漂っている物質に当たっては方向や強さが変わるということを繰り返した末に、その空間から抜け出してくる。矢島さんは、こうした空間で光が複雑に散乱されながら進む様子をスーパーコンピューターで計算する、独自の技術をもつ。

人間の体に赤外線を当てると、体内で散乱して、一部が再び体外へ出てくる。その赤外線(光)の動きを、宇宙物理学で培った手法で計算すれば、体外へ出てきた光のデータを基に、体内の様子を画像化できるはず――。それが、いま浜松医科大と共同で取り組んでいる研究だ。
宇宙も体内も物理法則は同じ
宇宙空間でも生身の体でも、光は同じ物理法則に従って進む。しかし、それを計算するとなると、大きな違いがある。まず、光の動く時間や距離のスケールが20桁以上違う。また、「宇宙は10倍、100倍といった『桁』で大まかに考えるのに対し、医学検査で測定する光の数値は、2~3倍の差でも大きい」と、矢島さん。体内での光の動きを精密に計算する方法を、一から組み立てた。
ただ、計算を単に精密化すると、計算量が膨大になりすぎる。そこで、計算結果に大きな影響を与えずに、計算量を軽減する工夫も施した。出来上がった計算コード「
生体を模擬したポリウレタンの塊を実験材料として、(1)TRINITYで計算(2)赤外線を照射して模擬材料から出てくる光を計測――という二つの結果を比較したところ、ぴったり一致した。現在は、甲状腺の検査を想定して、首付近の複雑な構造を対象とした実験へと進んでいる。この技術に使う近赤外線は血液によく吸収され、空気をよく透過するので、血管や気管の影響を的確に計算しなければならない。


将来は人工知能による計算も組み合わせ、計測した光の波形の変化から出血やがんなどの異常を検知できるようにするのが目標だ。
複雑な計算の「壁」、宇宙物理学を突破口に
共同研究を最初に持ちかけたのは、浜松医科大の星
それを打開してくれる計算技術を求めてインターネットで検索し、宇宙物理学者の梅村雅之・筑波大教授が見つかった。そして、梅村さんの教え子である矢島さんに白羽の矢が立った。
その時、矢島さんは東北大の「学際科学フロンティア研究所」で助教を務めていた。名前の通り、学際的な研究を重視する研究所で、異分野の研究者同士で意見交換する機会が多かった。「生命科学への関心が高まり、『何か新しい研究もしたい』と思い始めていた。あの研究所にいなかったら、宇宙物理学以外の研究をしようという気にはならなかったかもしれない」という。
こうして、医学と宇宙物理学が出会った。かなり異色の組み合わせの学際研究だからこそ、成功すれば破壊力の大きなイノベーション(革新)になるのではないかと期待させる。