土を人工的に作り出し、世界の食料問題を解決したい

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編集委員 増満浩志

 「人類が生きていくうえで不可欠な地球の資源」と言ったら、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。少なくとも三つある。空気(酸素)と水、そして土だ。80億近い人口を養う食料の生産は、土なくして成り立たない。

藤井一至さんの相棒はスコップ。世界各地を歩き、様々な種類の土壌を自分の目で観察してきた(共同研究を行っている宇都宮大で)
藤井一至さんの相棒はスコップ。世界各地を歩き、様々な種類の土壌を自分の目で観察してきた(共同研究を行っている宇都宮大で)

 このうち酸素と水は組成が単純なので、人工的に作ることもできる。実際、国際宇宙ステーションでは水から酸素を作って利用している。これに対し、土は人工的に作れない――というのが常識。森林総合研究所(茨城県つくば市)の藤井 (かず)(みち) 主任研究員(41)は昨年、この常識を覆す「人工土壌」の研究に本格的に踏み出した。熱帯の焼き畑などでは土壌の深刻な劣化が進んでおり、「世界の食料問題を解決したい」との使命感がにじむ。

40年前に埋められた試料を発掘

 土は、岩石が風化して生じた砂や粘土に、動植物や微生物の死骸などが混じり、それを微生物が分解する営みを通じて作られる。一般的には厚さ1センチ分の土壌ができるのに100~1000年かかる。ところが、藤井さんはインドネシアの土壌を研究していた2015年頃、過去に採取された試料を整理して調べ、荒廃した土壌が約30年で10センチ近く回復した例を見いだした。「好条件を整えれば、短期間で土を作れるのではないか」と考え始めた。

約40年間埋められた8種類の試料の変化。ミミズも入り、団粒構造が発達していた(写真は藤井さん提供)
約40年間埋められた8種類の試料の変化。ミミズも入り、団粒構造が発達していた(写真は藤井さん提供)

 昨年、その構想を大きく前進させる発見に恵まれた。森林総研の大先輩が1978年、岩石の粉末や火山灰など8種類の試料を、ストッキングに詰めて山中などの7か所に埋めていた。その一つを奄美大島(鹿児島県)で探し当てたのだ。どの試料にも様々な微生物が周囲の土壌から入り込み、約40年で「かなり土っぽいもの」に変わっていた。「実験室では得られない貴重な試料。人工土壌への大きなヒントが得られる」と、興奮した。

探し当てた埋設場所。プラスチックの杭がしっかり残っていた(奄美大島で。藤井さん提供)
探し当てた埋設場所。プラスチックの杭がしっかり残っていた(奄美大島で。藤井さん提供)

 試料の捜索は、研究というより探検だ。「私も山中に試料を埋めることがあるが、その回収はいつも大変なんです。目印の (くい) が抜かれないよう、人の目に触れにくい場所を選んで埋める。そういう所は数年もたつと土砂崩れや倒木で地形や風景が変わりやすく、自分でさえ見つけられなくなってしまう。森の中では全地球測位システム(GPS)の精度も悪いので」

 78年といえば、GPSもなかった時代。大先輩の野帳(野外調査ノート)に書かれた地図と「石標から西へ20メートル、北へ7メートル」という説明が頼りだった。その通りに歩くと、果たしてそこに杭があり、5センチの深さに宝物が埋まっていた。奄美大島には台風がよく襲来するが、「風に強い低木ばかりの平地だった。それが幸いしたのでしょう」という。他の6か所のうち、研究所内などの2か所では試料を回収できたが、残り4か所は見つかっていない。

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