絵画界への影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/09 00:31 UTC 版)
「ジョージ4世と競馬」の記事における「絵画界への影響」の解説
ジョージ・スタッブス(1724-1806)、「1791年、バロネット号とサミュエル・チフニー騎手」。4本すべての脚が空中に描かれている。 この勝利のあと、ジョージは自身がパトロンであった王立美術学校からジョージ・スタッブスを招聘し、バロネット号の肖像画を描かせた。スタッブスは6月のアスコット競馬場でのオートランズステークスを見に行ってはおらず、この作品は10月のニューマーケット競馬場で国王賞(キングスプレート)というレースを勝ったときのもので、背景にもニューマーケットの建物が描かれている。ジョージはこの作品を住まいであったカールトン・ハウスに飾った。 チフニー騎手は、ジョージの服色である、「紫の胴に緋色の袖、袖と胴に金の飾りつき、黒帽子(purple waistcoat, with scarlet sleeves, trimmed with gold, and black cap)」を着用した姿で描かれている。この服色は現在も王室所有馬の服色となっている。 バロネット号の4本すべての脚は、前後に伸ばして空中にあるように描かれている。この作品は、全力疾走中の馬を描くにあたってこのような表現が行われた最初の作品である。疾走中の馬の脚をこのようなすがたで描くという発想は、解剖学を修めたスタッブスの師匠で、2年前に死んだ名馬エクリプスを解剖した医師による意見の影響だったと考えられている。競走馬をこのように描く手法は、その後長いあいだ、絵画界の伝統となった。 こうした表現は、19世紀の後半にエドワード・マイブリッジが初めて疾走中の馬の高速度撮影に成功し(『動く馬』)、実際にはこのような走り方をしていないことを明らかにするまで続いた。
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