能登半島の地震で明けた令和6年も、歌とともに暮れた。大みそかに放送された第75回NHK紅白歌合戦は「あなたへの歌」をテーマに、歌が持つ「人に寄り添う力」に焦点を当て、昨年にふさわしいメッセージを発信した。能登の被災地へ思いをはせた坂本冬美(出場36回目)の「能登はいらんかいね」と石川さゆり(47回目)の「能登半島」が、その象徴だった。
坂本は、石川県輪島市の高校の体育館から歌った。集まった人々一人一人と握手を交わし、同市の県指定無形文化財である「御陣乗太鼓」のリズムに乗って復興を祈った。
石川は「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」だけを年ごとに交互に歌うという平成19年以降の独自の方針を変えた。
「平凡な日常が一日も早く戻りますよう心を込めて歌います。皆さん、元気でいてください」と語り、NHKホールから被災地に寄り添ったが、圧巻の歌唱だった。石川が大トリでもよかった。
ほかにも日本人3人を含む韓国の9人組多国籍ガールズグループ、TWICE(5回目)が日本語歌詞で披露した「Feel Special」やSuperfly(8回目)の「Beautiful」、特別企画枠の朝ドラ「虎に翼 紅白特別編」における米津玄師の「さよーならまたいつか!」なども、そうしたテーマに沿った内容の歌だった。
こんなに企画が必要か
一方で昨年は、子供向けの歌や来年の放送100年にちなんだ懐メロを取り上げるコーナーなど企画も盛りだくさんで、いささかにぎやか過ぎた印象も残した。
これだけの歌手が居並んでいるのに、司会の俳優、芸人に何度も歌わせる必要があったのか。
紅白はお祭りだから、にぎやかでもいいではないか。これらもまた「あなたの歌」なのだという意見もあるだろう。
だが、被災地と向き合った部分がぼやけてしまったかもしれない。
企画といえばB’zが、朝ドラ「おむすび」主題歌「イルミネーション」に加え「LOVE PHANTOM」「ultra soul」まで披露したサプライズは会場のNHKホールを盛り上げたが、氷川きよし、米津玄師、玉置浩二と紅白を超越した「特別企画」枠での出場者が多かった。
日本フォーク界の草分け、南こうせつ(6回目)とイルカ(2回目)は、それぞれ白紅組に分かれて出場したが、「紅白の枠を超えて」と2人で「神田川」と「なごり雪」をハモった。いっそこの2人も特別企画枠でよかったのに、何が違ったのか。
NHKは、紅白に分かれた合戦形式が時代にそぐわなくなったと考えているのか。だとしたら紅白どちらにも属さない特別枠を増やすのではなく、ジェンダー混合で紅白に分け、歌合戦という伝統のフォーマットは守ったほうがいいのではないか? この特徴を捨てたら、ただの歌番組になってしまう。
もっとも昨年、紅白の勝敗に関心があったのは審査員の内村光良ぐらいだったかもしれない。
昨年は白組が勝った。能登への思いを歌った紅組の坂本、石川の熱唱は勝敗のゆくえとは無関係だったようだ。
課題は多くても
ドミノ倒しやけん玉の世界記録挑戦など歌と何の関係があるか分からない余興をいつまで続けるのだろう。
昨年の司会陣は、ばたつく場面が多く騒がしかったのも気になった。
12月30日のTBS系「輝く!日本レコード大賞」は、俳優の川口春奈を相手に安住紳一郎アナが落ち着いて進行した。NHKは、もう少し鈴木奈穂子アナに任せてもよかったのではないか。
そのレコ大の会場では、「紅白は企画ものが増えすぎて真剣に歌う場ではなくなった。NHKは歌の力を信用していないのではないか」という音楽関係者の嘆きも聞いた。
なるほど。紅白よ、もう一度、歌本来の力を信じてみたらどうか。その年にふさわしい企画ならまだしも、テーマパークとタイアップするなど民放のバラエティー番組まがいの安易な企画ならもういい。
音楽番組としての出だしは上々だった。ガールズグループのME:I(初)が踊り、演歌の天童よしみ(29回目)の熱唱に続いて、こっちのけんと(初)がラップを決めた。伝統と革新が混在し、歌の多様性を示せることこそ紅白本来の魅力だ。
星野源の当初の選曲オファー問題、B’zの音響機材トラブルなどもあった。
視聴率が発表されると、また、さまざまな声が上がるだろうが、それでもNHKには放送200年を迎えるときにも公共放送らしい紅白を続けていてもらいたい。歌で1年を締めくくる平和な時代が永遠であってほしいから。(石井健)