事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

訴状を陳述前公開しても著作者人格権侵害による損害が無いとされた裁判例:福永活也弁護士事案:令和3年(ワ)第31025号

どうしてこれは裁判所HPに無いんだろう?

福永活也弁護士事案:令和3年(ワ)第31025号

ねコピ氏(@necopippipi)から提供された判決文

東京地方裁判所令和4年8月30日判決令和3年(ワ)第31025号

この民事第46部の判決文、民事第40部の令和3年7月の判決文よりも後発だからなのかなんなのか、令和4年12月16日現在、裁判所HPでも掲載されていません。

※追記※

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=92643

令和6年1月に裁判所HPに掲載されたようです。

※※追記終わり※※

「福永活也弁護士の事案」で、訴状を陳述前に公表したことが著作権(公衆送信権)・著作者人格権(公表権)等の侵害だとする内容を含む損害賠償請求訴訟の事案です。

名誉毀損やプライバシーなどの話もありますが、全部請求棄却となっています。

ここでは著作者人格権の話に絞って触れていきます。

訴状を陳述前公開しても損害が無いとされた裁判例

5 争点2(本件開示請求書及び本件開示請求訴状を公開したことについての違法性)及び争点5(損害)のうち争点2に関するものについて

(1) 著作者人格権の侵害について

 原告は、本件開示請求書及び本件開示請求訴状が著作物に当たり、被告の行為により、著作者人格権(公表権)が侵害されたと主張して慰謝料を請求する。

 このうち、本件開示請求書(甲19)は、所定の条項に基づき開示請求をする旨、IPアドレスその他の対象となる通信を特定するための情報、掲載された情報、権利が明らかに侵害されたとする理由(それぞれ具体的な記載を挙げた上で、「私がパパ且つをしているという虚偽の具体的事実を摘示し、私の名誉権を侵害し」、「名誉権を侵害している。」と記載)等について、それぞれ特段の工夫もなく、順に記載しているだけであり、創作的な表現はなく、ありふれた表現であり、著作物であるとは認められない。

本件は「開示請求書」についても著作物であり公表権侵害だと主張していたのですが、そもそも著作物ではない、とされました。

 本件開示請求訴状については、仮にこれが著作物に当たるとしても、本件開示請求訴状は、その後の遠くない時期に原告により公開の法廷で陳述されることを想定して原告が裁判所に提出したものであり、その陳述後は自由に利用できるものである(著作権法40条1項)。本件において、そのような本件開示請求訴状について、陳述される前に公表されたことによって原告に慰藉すべき損害を生じさせる事情は認められず、少なくとも、原告に慰藉すべき損害が発生したとは認められない。

裁判所は、本件開示請求訴状は、本件においては、損害が生じたとする事情は認められないと判断しました。

著作者人格権=公表権の損害の認定の仕方はどうするのか?

令和3年7月の判決では2万円の損害を認めていましたが、そのロジックが「第三者による批評で精神的苦痛が生じたから」というものでした。これはおかしいと思います。

公表権侵害は公表したことそのものに対するものなのだから、その後に行われた行為による事情によって損害を認めるのは法の趣旨ではないハズ。

著作権法 第3版/有斐閣/斉藤博
p148〜149

 氏名や肖像などが、「名誉」への包摂により、したがって、「名誉権」を介して保護される段階が過ぎ、より包括的な人格権の承認が求められるようになると、さきに述べたようなプライバシーの権利に限らず、氏名や肖像などについても、氏名権や肖像権などの個別的人格権が承認されるようになる。それらは、名誉権から独立した権利であり、その分、名誉権の内容は縮減する。人格価値を侵害する事例で直ちに想起されてきた「名誉毀損」も、氏名権侵害、肖像権侵害などの認識に変わってきた。わが国の場合、人格価値を名誉権により包括的に保護する時代が過ぎ、文字通り包括的な「一般的人格権」を承認する時代を迎えるに至り、この一般的人格権の具体化を通して、さまざまな個別的人格権が認識される時代となったのである。ここに、人格権の保護につき、1つの体系が確立されるに至った。もちろん、ここで考えている著作者人格権もその体系の中に位置づけられる。その著作者人格権は、公表権、氏名表示権、それに、同一性保持権である。

p157

典型的著作者人格権と著作者の名誉

第1に、著作物が自らの未公表著作物を公衆に提供または提示するにつき有する公表権はどうか。未公表著作物の無断公表は、著作者が文脈の調整や引用の方法等につきなお手を加えるべく保管していた、いわば欠陥を持った著作物であるような場合においては、公表権によらなくても、著作者の名誉を毀損する事例として扱うことで済みそうであるが、そうではない。公表権の意義は、著作物公表の結果ではなく、著作物を世に出すこと自体を著作者の意思にかかわらしめているところにある。公表権固有の意義が存するといえよう。

斉藤博教授は名誉権と著作者人格権との関係を詳述しています。

そこでは名誉権とは独立した固有の人格権としての公表権という捉え方が為されています。このことからは、公表権侵害というのは、公表後の事情ではなく、公表それ自体による損害を認定すべきということになりそうです。

他方で著作権法逐条講義7訂新版 [ 加戸守行 ]では、公表権侵害によりそのまま損害と認定できるかのような書きぶりであり、損害額の算定方法には見解の一致はなさそうです。

なお、著作権法には名誉又は声望を害する方法による利用を侵害とみなす規定がありますが、たとえば公表それ自体による損害が証明できないから、これに基づいて損害を認定するというのはなんだかヘンテコな気がします。

著作権法

(侵害とみなす行為)
第百十三条 次に掲げる行為は、当該著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。

11 著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。

なお、民事訴訟法では損害の性質上その額を立証することが極めて困難である場合に相当な損害額を認定できるとあります。

民事訴訟法

(損害額の認定)
第二百四十八条 損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。

が、公表権侵害は損害立証が困難なんでしょうか?

「公表されたことそれ自体によって被った損害」、たとえば、訴状を陳述前に公表されることで訴訟実務や普段の弁護士活動に支障が出たといった具体的な事情があるとか。

後に公表が予定されている訴状だけは特別な扱いをすべきかなど、この話は福永活也弁護士が居る限り今後も問題になると思われます。

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