事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

【地方行政・地方議会から国政を変えた実例】としての外国人の脱退一時金制度改善

地方から国政が変わるんだ

再入国許可を受けた外国人の脱退一時金支給制限

外国人の脱退一時金問題に関して、厚労省の事務局が改善の方向性を示しましたが、この原案の内容について12月10日の行橋市の答弁が端的にまとめっているので引用します。

市民部長答 再度繰り返しになりますがこの11月15日開催の社会保障審議会の資料および議事録の方も厚生労働省のHPで公開されておりますので、その資料によりますと、事務局案としての見直しの方向性が示されております。内容は、具体的には「在留資格にかかわらず、再入国許可つきで出国した者は、日本に再度入国する意思を持って出国しており、再度日本の公的年金に加入し老齢年金の受給資格を満たし得る可能性があることから、原則として単純出国した場合のみ脱退一時金を支給することとし、再入国許可付で出国した者には当該許可の有効期限内は脱退一時金は支給しないこととする」、との提案が出され、審議会では特に異論がないということで事務局提案についての了承がなされております。

 つきましては、この審議会で了承された内容で制度の改正がなされていくものと認識しております。改正が実施された際には、定められた指針に沿いまして運用してまいりたいと考えております。

「外国人の脱退一時金問題」改善までに何をやったのか?

令和6年12月10日、福岡県行橋市議会における小坪慎也議員の質疑

動画の45分過ぎから、この話の一連の経緯が語られています。

小坪市議 何で市議会でやるんだと思っているかもしれませんが、これは元々脱退一時金おかしいじゃないかということで、最初は数字すら無かった。72万件っていうちょっと10年間で72万という数字が異常だと、大きいと、いうことを私は告白といいますかブログにも書いていったんですけども、じゃあそれがどこかといいますと、行橋議会なんです。市民部の部長答弁をベースにして調べた。元々厚労省はこれ中々出したがりませんで質問しても分からないという回答だったんですが、国勢調査ですね、e-Statの分から逆引きをして市の職員が丹念に単年度毎作っていただいて10年間の積算を市民部長が答弁したのがスタートなんです。

以降は細かく区切って当日の小坪議員の発言の紹介をしますが、この話がネット上に出た当初は「デマ」だのなんだのと言ってくるアカウントが居ました。でも、その指摘は誤っていたでしょ?正直、私も疑うわけではないですが、懸念するための根拠となる数字が足りないなぁ、この数字が出てきませんかねえ?と思っていました。が、それは後のちにどんどん出てきました。数字が把握できるように運用も変わりました。

国勢調査の結果から数字が出てるだろうということで市の職員がe-Statで調べたのがスタートというのは感慨深いものがあります。たとえば、すくに見つかるものだと「厚生年金保険・国民年金事業統計」の「厚生年金保険(第1号) 一時金裁定状況」で単年度の結果が分かりますが、国から公式の数字として10年の積算が出るのは、この話が始まった後です。公には、昨年9月の質疑が実質的な始まりと言えます。

総務省・法務省出入国管理庁・厚生労働省・デジ庁・等への申し出

小坪市議 これは将来的に無年金状態になるんじゃないかということを国会議員を通じて厚労省に申し出とかレクが何度かあったんですけども、最初は塩対応でした。わからんと。そもそもこれは労働者や短期で帰る人ですと。そこについては入管ですと。つまりは法務省ですね。自治体の話はこれは総務省です。凄いたらいまわしにされました。全部回りました。一般質問方式でオンラインのものも含めてですけど、官僚たちと一人一人話をして、やっぱりこの数字はおかしいと。10年間で72万件だと。じゃあ無年金状態で基礎自治体にかかってくるのはどれくらいの金額なんだと。わからんと。デジ庁からあっちからこっちから言って。これはみんなでやったんです。

「外国人の脱退一時金問題」は地方財政の問題なので総務省と財務省、入国や永住許可については法務省出入国管理庁、脱退一時金の支給を受けたかどうかのデータの追跡はデジタル庁など、年金を所管する厚生労働省以外にも協力を仰ぐ必要がありました。

そのために与党の役職にある国会議員や大臣・副大臣経験者らに陳情、協力のお願いをしていく、メディアも利用する、ということも行われていました。これらはSNSでその着実な歩みを見せてくれました。

この動きの仕上げが週刊新潮に掲載された本制度・問題の進捗を特集した記事でしょう。この記事は初見の方でも疑問に思う点を順序だてて氷解させる文章になっていると思います。その練られた構成にプロ達の本気を見た気がします。

「全国市長会」:地方自治法上の首長らの全国的連合組織

小坪市議 例えば賛同者に小堤議員が付いてくれましたが、一般質問の翌日に意見書出しまして。そのときには素晴らしい文書にするために、実は議会事務局の力もずいぶんと借りておりまして、市長会の役員の方が裏でかなりサポートしてくれまして、ちゃんとやらないとまずいんだと。全国市長会は全体で採決まで採ってくれております。さらには武見厚労大臣に会いに行ってくれたのも市長会の委員長でした。現職大臣と市長会が会うって結構凄い事で、その場で答弁も帰ってきてるんです。ここには無いですが、吉田委員長は市議も元々されておりましたから…だったと思いますけど、全部行きました一軒一軒。別にネットで拾ってきた話をぺらぺら今この場でやっているわけじゃなくて、ここに記された厚労省の資料というのはもともと全部行橋市の執行部の答弁をベースにしたものです。

全国市長会とは、地方自治法第263条の3に規定されている首長らの全国的連合組織のうち、市長らによって組織されているものです。

市長会は行政の長で構成されますが、議会は行政側と分立・牽制関係にある機関ですから、その双方から要求されるということは、国を動かす起爆剤となります。実際、そうなりました。

全国1700議会への資料送付・地方議会での国への意見書採択

小坪市議 のち、全国1700議会の人たちが、これはやっぱりおかしいということで制度概要を記した上で、竹光*1扱いよくされますけど、地方自治法99条*2に基づき、行橋市同様の意見書を挙げていただきたいとお願いをしたところ、大きな自治体で言えば大阪府議会をはじめ、多大な議会が動いてみんなで追及をした、ついには国も認めざるを得なくなって、国の委員会質疑にも公租公課の話も含めて載って、最後に行政庁として市長会が動いて、大臣から年度内じゃない、年内改善という話をもらって、資料が出来て…

地方議会から国に対して地方自治法に基づく意見書を採択して提出。そこに脱退一時金に関する改善の申し入れが記入されていました。各議会の中で、会派へのロビイング、根回しがどれほど行われたことか。

全国1700議会への資料送付には工数も費用もかかります。

巷間では政治資金パーティー禁止だの企業献金禁止だの、日本国の政治家の手足を縛る兵糧攻めの論が主張されて喧しいですが、仕事をさせない・仕事をしたくないのでしょうか?と、こういう動きを見ていると思わざるを得ません。

陳情に行くための金額に限っても、政務活動費は使えるとしても、国会議員のように「新幹線代が無料」というものは存在しない中で、どれだけ負担だったでしょうか?各地の議会の議員報酬を定める条例は、物価高に連動して改正されているでしょうか?

市長会が動いて大臣からの年内改善の方向性についての発言は全国市長会の吉田信解委員長が報告されていました。

2024年6月7日

武見大臣からは、
脱退一時金の現行制度には課題があり、年金部会においてあるべき制度改正について協議し、方向性を年内に出して行きたい。
基礎自治体のみならず国にとっても日本人外国人問わず生活保護受給者が増えることは財政的に大きな負担となるので、しかるべき制度改正を行う。
今後も公正な社会づくりに取り組みたい。
と、力強いお言葉をいただきました。
増え続ける外国人労働者の労働環境のみならず社会保障をどうするのか、国として基礎自治体としてどうしていくべきか、まだまだ模索は続くと思いますが、より良い社会づくりのために一石を投じる事が出来たかなと思います。
国会で質問された稲田先生や、地方議員の立場から声を上げていた行橋市の小坪市議他、多くの首長議員の皆さまにも敬意と感謝を申し上げます。

年金法改正の5年毎スケジュールの根拠と改善のための政治的ハードル

小坪市議 年金法簡単じゃないんです。こんな所で僕が言っちゃまずいんでしょうけど、市議会一個でどうにかなる話でもありません。例えば私や工藤市長や井上議長がある日とつぜん厚生労働大臣になる可能性はゼロじゃないんです。民間人でもなれますから。選挙結果で政権がどうなるかもわからない。そのときにころころコロコロ変わらないように大量のロックがついておりまして、憲法改正なみにハードルが高いものです。毎年改正できるわけでもない。今のように審議会に絶対にかけないといけない。たとえば議長が判断できなくて絶対に議運に付せと。ケツも採れと言った感じで、ものすごくロックがかかってるんです。

「ロックがかかっている」というのは、年金関連法の改正法の附則に、次回改正までの種々の手続が規定されているからです。直近の法令⇒【年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律 法律第四十号(令二・六・五)】

https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/000636611.pdf

年金制度改正法(令和2年法律第40号)が成立しました|厚生労働省

種々の「必要な事項についての検討」の義務付けが為されているのが分かります。

その一つが【財政検証】*3であり、直近では令和元年=2019年に検証結果が出ており*4、「少なくとも5年ごとに 財政見通しの作成、マクロ経済スライドの開始・終了年度の見通しの作成を行い、年金財政の健全性を検証する」と書かれています。

「少なくとも5年ごと」は、国民年金法第4条の三及び厚生年金保険法第2条の四*5に、そのように書かれていることをベースにしています。

このような枠組みは平成16年の制度改正によって始まったものです。*6法理論上は5年以内の改正は可能ですが、「5年毎」という慣例が出来上がっているようです。現実的に、財政状況を分析した上で審議に付して必要な改正項目を決めなければいけないため、毎年の改正というのは事実上不可能であると言えます。それも年金関係全体の財政状況を見た上で行うということでは、一部の改善項目だけを突っ走らせるというのは難しい。

社会保障審議会とその部会の審議事項は、厚生労働省設置法と社会保障審議会令に定められた権限に基づいており、そこにおいて年金制度改正に関して必要な検討が行われています。*7

【地方行政・地方議会から国政を変えた実例】としての外国人の脱退一時金制度改善

小坪市議 いま頂いた答弁が何かと言いますと、その社会保障審議会の年金部会等々、議場の凸でやれる手続が全部終わったという報告になります。ただ年金法これは一体改革でありますから、いま自公議決、総数でございますので、絶対にどうなるというわけじゃありませんが、絶対に超えられない壁だろうとされた年金法、行橋市を端緒として、一般市を端緒として、そして部長たちの答弁を議会事務局からの尽力や市議達が共に立って過半数を構成して意見書一本で変えれたじゃないですか。私はなんとか爪痕を残すことができたことを、この議場に在ることを誇りに思っております。どんなに難しいことであっても、地方自治法に意見書一本なんて意味ないって言うことがよく言われますけど、意味あったじゃないかと。

1年4カ月ほどの間、外国人の脱退一時金制度に関して、制度概要や問題点、改善方向について、途中の動きも含めてまとめてきました。

この一連の事案について、視点を広くしてみた場合、【地方行政・地方議会から国政を変えた実例】としての意義があるのではないでしょうか?他にもこういう例があるのかもしれませんけど、埋もれているのでしょう。

より踏み込んでいえば、本気で制度改善を願う者としての行動、発信の在り方を見せつけられました。同じ事柄について言及するにしても、過激な言葉で怒りを煽るレイジエコノミーに頼るのでは、効果が限定的だというのは普遍的な法則でしょう。他者の協力が必須なのだから。

私から偉そうなことは言えませんが、私自身も、この動きを見たことで、ネット上の動きについて思い直して変えたこと、始めたことはあります。

他にも、ネット上の言論空間が変わりました。いや、変えようと動いていたのを私は見て、聞いています。私はそれを邪魔したくなかっただけ。

「君主危うきに近寄らず」で済む人間なんて限られている。日本国が誇る文化である将棋は、敵の駒を自分の駒に出来る。オセロは黒い駒の隣に寄って挟まないと白に裏返しできない。戦略論の大家である孫氏曰く、用敵論として敵を撃破するより味方に引き入れる方が上策と。

これは誰かが書かなければなりませんでした。

憲法98条みたいなのは、説得力が低いのでね。

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*1:削った竹を刀身に見せかけて作った、形ばかりの刀

*2:第九十九条 普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の公益に関する事件につき意見書を国会又は関係行政庁に提出することができる。

*3:将来の公的年金の財政見通し(財政検証) |厚生労働省

*4:令和元年財政検証結果等について

*5:国民年金法第4条の三(財政の現況及び見通しの作成)
第四条の三政府は、少なくとも五年ごとに、保険料及び国庫負担の額並びにこの法律による給付に要する費用の額その他の国民年金事業の財政に係る収支についてその現況及び財政均衡期間における見通し(以下「財政の現況及び見通し」という。)を作成しなければならない。

(調整期間)
第十六条の二 政府は、第四条の三第一項の規定により財政の現況及び見通しを作成するに当たり、国民年金事業の財政が、財政均衡期間の終了時に給付の支給に支障が生じないようにするために必要な積立金(中略)を保有しつつ当該財政均衡期間にわたつてその均衡を保つことができないと見込まれる場合には、年金たる給付(付加年金をく。)の額(以下この項において「給付額」という。)を調整するものとし、政令で、給付額を調整する期間(以下「調整期間」という。)の開始年度を定めるものとする。

*6:第1回社会保障審議会年金部会 議事録|厚生労働省冒頭参照

*7:細かい適用関係は調べていないが、政府で検討⇒年金は厚労省所管⇒省内で検討するなら社会保障審議会、という事になるのは組織上、自明のことと思われる