◎ショパン国際ピリオド楽器コンクールについて
2018年に第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールがフレデリック・ショパン研究所によって企画され、その年の9月2日から14日までワルシャワで開催されました。 9カ国から30名のピアニストが、コンテストに招待されました。 コンテストでは、ポーランドのトマシュ・リッテルが優勝し、日本から出場した川口成彦さんが、2位を獲得、その模様は、NHKテレビでも放送されて、大きな話題となりました。5年に1回開催されるこのコンクールの第2回目は、昨年2023年10月5日にポーランド・ワルシャワで開幕。第1次予選には14か国から35名が出場し、第2次予選を経て、10月13日~14日に本選を開催、優勝者が決定しました。カナダ生まれのエリック・グオが、栄冠を獲得したのです。今日は、そのグオによる我が国最初のオーケストラと共演するコンサートで、古楽ファンのみならずピアノ、取分けショパンに関心のある多くのクラシックファンに取って注目のコンサートです。使用ピアノは、ショパンが愛したといわれる、フランス・プレイエル社のフォルテ・ピアノ。管弦楽は、我が国の現在では、これ以上の古楽奏団はいないとも言える「コレギュム・アンサンブル・ジャパン」です。
【日時】2024.1.30.(火)19:00〜
【会場】東京オペラシティーたけみつメモリアルH
【管弦楽】バッハ・コレギウム・ジャパン
【指揮】鈴木優人
【独奏】エリック・グオ(フォルテ・ピアノ)
〈Profile〉
エリック・グオは、2002年トロント生まれの21歳。トロント王立音楽院グレン・グールド・スクールでデイヴィッド・ルイに師事している。これまでにロイヤル・フィル、ミネソタ響、オンタリオ・フィル等と共演しており、イギリスのヘイスティングス協奏曲コンクールや北米の国際コンクール等で入賞歴がある。フォルテピアノの演奏経験は少ないが、今大会では1842年製のプレイエルを中心に選択した。
【曲目】
①モーツァルト: 《フィガロの結婚》序曲 K.492(管弦楽)
②ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 Op.21 (ピアノ)
③ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11 (ピアノ)
【演奏の模様】
会場のタケミツメモリアルは、ほぼ満員の大入りでした。管弦楽は、古楽集団らしい二管編成(多分、管が自分の1階前方席からは、弦楽部隊に遮られて良く見えませんでした。配布資料にも書いてない)弦楽五部10型(10-8-6-3-3)。
演奏される3つの曲は、音楽界では良く知られたものばかりです。
①モーツァルト: 《フィガロの結婚》序曲 K.492
これまで演奏会やオベラで聴くのは、比較的大編成のオーケストラのケースばかりだったので、今回の様な小編成の古楽器で聴くと、何か別物を聞いている様な、一種独特な印象をうけました。勿論リズムや旋律は殆ど似たもの同士ですが。先ず弦楽アンサンブルが、素朴な響きというか図太い調べを立てていました。Fl.やOb.、Cl.の木管は、ずいぶん柔らかい調べに感じましたが、金管は響きが通常オケに比し鳴っていない印象、特にHrn.は、このあとのショパンの曲を含めて外すケースが結構あったというか、不安定に思われた。割れた様な音が、時々気になりました(古楽器のHrn.って、もともとそう云う音なのでしょうか?)。
②ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 Op.21 (ピアノ
第1楽章:マエストーソ
第2楽章:ラルゲット
第3楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ
楽器編成 二管編成弦楽五部8型(8-8-6-3-3)
この曲では何と云っても、第2楽章の美しい調べが好きで、果たしてピアノフォルテで、それがどこまで表現できるのか、注目して聴いていましたが、グオは見事にそれを克服していました。スタンウェイなどと比べ弱音の微妙な音を、音の柔らかいプレイエルでも出せるか良く聴いてみると、確かに最弱で打鍵した時は、響きのない音、たとえは悪いですが、単に板をたたいた音でしたが、グオは、そこまでpppで弾く事は少なく、高音のトリルなどは、やや強めに(ppか?)弾いて他の音との響きの整合性をとっていた様です。十分美しい。
ff→ppの急変も滑らかに弾き、ほぼカデンツァ的上行パッセッジも、高音部の速い修飾的箇所でも、十分表情豊かな表現でした。
次の第3楽章などでは、絶好調の様子で、数え切れない程弾きこなしている曲を軽々と指が勝手に動いて弾いて呉れるといった風で、鍵盤上を指が縦横無尽に、動き廻っていました。
《20分の休憩》
③ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11 (ピアノ)
第1楽章:アレグロ・マエストーソ
第2章:ロマンツェ、ラルゲット
第3楽章ロンド、ヴィヴァーチェ
楽器編成 二管編成弦楽五部8型(8-8-6-3-3)
この曲は現代ピアノで何回となく聴いた曲です。ショパンコンクールの本選で、幾多のコンテスタントがこの一番を選ぶ割合は、上記の2番を選ぶよりもケースよりも多いと思います。それだけ聴いた人の耳がこの曲に関しては、肥えていることも意味します。今回のピリオドコンクールでも、当のグオは、プレイエルを使って1番を弾き見事優勝したのですから、どんな優れた弾き方をするのか、注目していました。
結論的に言えば、グオのこの曲の演奏は、それこそ、何百回、何千回と弾いたことがある手練れのピアニストが弾いている感じで、前半の2番の時以上にさすが感を強く感じる演奏でした。特に第1楽章では、メリハリが効き、パッセッジとパッセッジとの間の空白の間の取り方も絶妙で、また第2楽章の最初のゆっくりしたカデンツァ表現は、力が籠もり良かったし、それに対するオケの合いの手も納得出来るものでした。テンポ、歯切れ、表現が、双方共ピッタリ一体感がありました。終盤のビアノが高音で、ポツン・ポトン・ポタンと単音を鳴らすカデンツァ部では、水琴窟の水の音を連想した程でとてもよかった。ただ全体的に手放しでほめる程の完璧な演奏だったかというとそこまでは言えなかった。例えば、第1楽章の最初のカデンツァ的ソロ部分の表現は、やや平易だったし、第2楽章の1Vn.アンサンブルの高音の合いの手が入った後のグオのテーマの変奏はテンポの変化がやや大袈裟に感じました。本人は、気持ち良さそうに弾いていましたが。また、第3楽章での、「ピョコタン・ピョコタン・ピョコタン」と下行するパッセッジはやや不明確だったし、その後の繰り返し部は、少し急ぎ過ぎた感がありました。グオさんは、演奏の腕を大きく振り降ろしたり、体で感情表現をしていましたが、パーフォマンスの大きさが、心が入った演奏の十分条件ではなく、真に心からの演奏だったとは、言い難いとおもいました。この若者は、今回のコンクールまで、古楽器に因る演奏はしたことがないそうですが、それでも、プレイエルで優勝したということは、如何に彼が、器用な優れた才能があるかを立証しました。その才能を、今度は、通常の「ショパンコンクール」で、発揮してもらいたいと思いました。
尚、本演奏後の大きな拍手と歓声に(直ぐにスタンディングオーベーションする人も多数あり)、アンコール演奏があったのですが、それも何回も何回も繰り返されたのでした。都合4曲のアンコール演奏がありました。
《アンコール曲》
①ショパン『前奏曲Op.28-4ホ短調』
②ショパン『前奏曲Op.28-13嬰ヘ長調』
③ショパン『マズルカOp.59-1』
④ショパン『ワルツ第4番Op.34-3ヘ長調』
どれもが得意中の得意な曲なのでしようが、観客の大歓声に、グオはノリノリになって最後の方では、やや雑な演奏になってしまいました。