《横浜市招待国際ピアノ演奏会 SPECIAL》
【主催者言】
横浜を拠点に国際的に活躍したピアニストの故 山岡優子を中心に、1982年に横浜市が開始した「横浜市招待国際ピアノ演奏会」は、将来が嘱望される才気あふれる若きピアニストたちを紹介し続けてきました。
横浜みなとみらいホールが改修工事を終えて再開館する今年、第40回という大きな節目にあたり、第29回からこの演奏会の企画委員長を務める海老彰子と長年にわたる篤い友情で結ばれたマルタ・アルゲリッチを迎えて、デュオ公演が実現します。
過去に、クリヴィヌ、デュトワ、シャイーといったマエストロとステージを共にして「横浜みなとみらいホールはお気に入り」というアルゲリッチが、気心知れた海老彰子との共演を日本でもようやく果たします。ピアノ・デュオの珠玉の名曲が並ぶ一晩限りのプログラムに、ますます期待は高まるばかり。どうぞお聴き逃がしなく!!
【日時】2022.11.17.19:00~
【会場】横浜みなとみらいホール
【出演】マルタ・アルゲリッチ、海老彰子
【曲目】
①モーツァルト:2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K. 448(375a)
(曲について)
モーツァルトが25歳の時にウィーンで作曲、1781年11月に完成した。
モーツァルトにはヨーゼファ・バルバラ・アウエルンハンマーという女性の優れたピアノの弟子がいたが、この曲は2人で弾くために作曲され、1781年11月23日に彼女の家で開かれたコンサートで初演された。草稿の欄外に赤インクで1784と書かれているためK.448となったが、1781年11月24日の父宛の手紙にモーツァルト自身とアウエルンハンマーがこの曲を演奏したことが書かれていたことなどから、1781年11月の作と推定されるようになった。モーツァルトは弟子の中でもアウエルンハンマーの才能をとりわけ高く評価しており、貴重な時間を毎日2時間彼女のレッスンに割き、何度も共演したり曲を書いたりしている。しかしその一方で、モーツァルトに好意を寄せる彼女の厚かましい言動に閉口し、「もし画家が悪魔をありのままに描こうと思ったら、彼女の顔を頼りにするにちがいありません。……彼女は田舎娘のようにデブで、汗っかきで、吐き気を催すほどです」(1781年8月22日付)と手紙に彼女の容姿を書いている。この曲に連弾ではなく2台のピアノを用いたことに、彼女の才能と容姿に対するモーツァルトの評価を関連させて見る向きもある。
クラシック音楽をテーマとした『のだめカンタービレ』で主人公の千秋真一と野田恵(のだめ)が初共演した曲として登場し、知名度が上がった。
②ラフマニノフ:組曲第2番 Op. 17
(曲について)
セルゲイ・ラフマニノフのピアノ・デュオ曲。1900年12月から1901年4月にかけて作曲された。交響曲第1番の失敗による神経衰弱のため、前作『楽興の時』作品16との間には5年ほどの空きがある。神経衰弱の克服後、当時親しく交際していたピアニストのアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルのために最初にこの曲を作曲(献呈)することを思い立った。この組曲が作曲された時期に、ピアノ協奏曲第2番と同時に平行して作曲された。
初演は1901年11月24日にモスクワにて、ラフマニノフ本人とアレクサンドル・ジロティのピアノで行われた。曲は1901年10月にグートハイル社から出版された。曲は4つの楽章からなる
③ルトスワフスキ:パガニーニの主題による変奏曲
(曲について)
ポーランド出身の現代を代表する作曲家,ルトスワフスキの作曲した2台のピアノのための小品。「パガニーニの主題による変奏曲」というタイトルの曲はラフマニノフの作品を初めとして,数多く作られている。例えば、ブラームス、ローゼンブラート、チェルニー等々。この曲もそれら同様、パガニーニの「カプリース」の第24番の有名なテーマに基づく。この第24番自体,変奏曲形式で書かれているので,このルトスワフスキの作品は,ヴァイオリン独奏版をピアノ2台用に編曲したようなところがあり、時間的にもオリジナルとほぼ同じ長さである。
曲は12の変奏曲とコーダから成っている。テーマ自体,もともと躍動的なものだったものが,一層躍動的なものになっている。5分間の中にスリリングなスピード感と多彩な表情が十分に盛り込まれている。ただ1941年に書かれた作品ということもあり,現代的で前衛的も雰囲気も有する。この曲はワルシャワのカフェで初演されたという変わった曲であるせいか,途中,ジャズ風のリズムを感じさせる部分もある。
④ラヴェル『マ・メール・ロワ』
(曲について)
「マザー・グース」を題材にして作曲したピアノ四手連弾の組曲。また、それをベースとして管弦楽組曲およびバレエ音楽も作られている。
オリジナルの連弾曲は、子供好きの(しかし独身であった)ラヴェルが、友人であるゴデブスキ夫妻の2人の子、ミミとジャンのために作曲し、この姉弟に献呈された。
1908年~1910年にかけて作曲され、1910年4月20日、パリ・ガヴォーホールで開かれた独立音楽協会(SMI)の第1回演奏会において初演された。本来はミミとジャンが弾くことを想定して作曲されたが、それでも幼い姉弟が演奏するには難しかったため、マルグリット・ロンの弟子、が演奏した。
「親指小僧」「パゴダの女王レドロネット」「美女と野獣の対話」には、原作から短文が引用・付記されている
⑤ラヴェル『ラ・ヴァルス』
(曲について)
原曲はモーリス・ラヴェルが1919年12月から1920年3月にかけて作曲した管弦楽曲。作曲者自身によるピアノ2台用やピアノ独奏用の編曲版も作られた。タイトルの「ラ・ヴァルス」とは、ワルツの意味で、19世紀末のウィンナー・への礼賛として着想された。ラヴェルの親友であったピアニスト、ミシア・セール(Misia Sert、1872年 - 1950年)に献呈されている。
【演奏の模様】
今日は Allデュオ・連弾(四手)の曲という事もあって、ピアノの配置はどうするのか先ず気になりました。映像などを見ると、(1)舞台に横に対向的に二台並べるケース、(2)通常の一台の隣に並んでもう一台並べるケース
の二通りが見掛けられました。それぞれ一長一短があるでしょう。(1)だと奏者が互いに遠くに座っているので、曲を合わせるのが、主に耳だけになってしまう。特に冒頭の弾き始めを合わせるタイミングが必要。
それに対し(2)は合わせやすいですが、右側の響板をどうするか、多分外すのでしょう。(1)でも客席の逆向きに開く蓋は、外しますから。
実際会場に行ってみると、(1)方式にならんでいました。
事前に見た映像では、アルゲリッチとネルソン・フレイレとの連弾では(1)のケースでやはり外していました。又彼女がバレンボイムと一緒にモーツアルトを弾いた映像では、(2)の場合で、二台とも響板を外していました。
配置と響板の扱いは音の響きに微妙な影響を与える可能性があります。
①モーツァルト『2台のピアノ』
第1楽章Allegro com spirito ニ長調 4分の4拍子 ソナタ形式
第2楽章 Andante 4分の3拍子 ソナタ形式
第3楽章 Molto allegro ニ長調 4分の2拍子
ロンド形式
定刻になり舞台に現れた両奏者は、アルゲリッチが客席から舞台を見て右側のビアノに、左側には、海老さんが座りました。
モーツァルトは、若い女性の教え子と一つのピアノで連弾するのが嫌やで、二つのビアノの曲を書いたとする向きもありますが、二台になると迫力間が違うことをよく分かっていて、そうした曲を作りかったのでは?と思う程、軽やかで力強いふたりの演奏でした。
②ラフマニノフ『組曲第2番』
第1楽章 序奏、アラ・マルチャ、ハ長調、2分の2拍子。
第2楽章 ワルツ、プレスト、ト長調、4分の3拍子。
第3楽章 ロマンス、アンダンティーノ、変イ長調、8分の6拍子。
第4楽章 タランテラ、プレスト、ハ短調、8分の6拍子。
この曲の演奏会裏事情は、アルゲリッチと海老さんが、ピアノを入れ替わって弾きました。ラフマニノフらしい力に満ちた且つ洒落た旋律も交えての曲は、二人の演奏を目をつむって聴いていると、何かオーケストラを背景にピアノの音が、錯綜して混っているかのような錯覚を覚えました。それだけ四手から発せらりれる分厚い又繊細な多重音が、複雑に絡みあって入り組み、会場一杯に鳴り響いたからでしょう。
≪20分の休憩≫
③ルトスワフスキ:パガニーニの主題による変奏曲
二人は再度ピアノを入れ替えて弾きました。基本法には、パガニーニの旋律の面影が多用な変形を受けて繰り出す変奏の連なりでした。
お二方ともフォルテの打鍵は力強く、速いテンポでも音が明瞭で切れ味良く、音に張りがあって音が煌いている。表現にもメリハリがあって、山あり谷あり起伏が激しく多彩な演奏でした。
二つのピアノからの音は、ぴったり揃っているので、不協和音でも強い打鍵音でも響きが綺麗、パガニーニっぽいデモーニッシュで幻惑的な雰囲気もたっぷり出ていました。
終盤の変奏ではジャズポイ旋律もあって大変楽しく面白さを満喫させつてくれる演奏でした。
④ラヴェル『マ・メール・ロワ』
この曲は、蓋を開いている一つのピアノを使って連弾されました。次の標題的内容を有する曲です。
第1曲 眠れる森の美女のパヴァーヌ(Pavane de la belle au bois dormant)
4分の4拍子 Lent(ゆっくりと)
シャルル・ペローの童話集『マ・メール・ロワ(マザーグース)』の「眠れる森の美女」から。
第2曲 親指小僧(Petit Poucet)
4分の2拍子 Très modéré(とても中庸に)
『マ・メール・ロワ』から。曲名に関しては「い寸帽子」という訳があてられることもある。
第3曲 パゴダの女王レドロネット(Laideronnette, impératrice des pagodes)
4分の2拍子 Mouvement de marche(マーチのリズムで)
ドーノワ伯爵夫人(1650年頃 - 1705年)の『緑の蛇』から。パゴダとは塔を意味し、そこに住む中国製の首振り陶器人形の物語。
第4曲 美女と野獣の対話(Les entretiens de la belle et de la bête)
4分の3拍子 Mouvement de Valse très modéré(とても中庸なワルツのリズムで)
マリー・ルプランス・ド・ボーモン(英語版)(1711年 - 1780年)の『子供の雑誌、道徳的な物語』からの「美女と野獣」に基づく。
サティの「ジムノペディ」の影響を指摘する向きもある。
第5曲 妖精の園(Le jardin féerique)
4分の3拍子 Lent et grave(ゆっくりと荘重に)
「眠りの森の美女のパヴァーヌ」と同じくペローの「眠れる森の美女」から。眠りについた王女が王子の口づけで目を覚ますシーン。
今日の曲の中で一番おだやかさをもって演奏されました。次の⑤の曲と比べると、これが同じラヴェルの曲なのかと、不思議に思えるくらい静かさを感じる演奏でした。自分としては、モーツァルトは別として、かなり気に入った曲でした。
⑤ラヴェル『ラ・ヴァルス』
これも一台のビアノを使った連弾です。舞台に近い高音側がアルゲリッチ、低音側が海老さんです。
最初のスタートから暫くは、割りと穏やかな低音の響きの演奏でしたが、次第にクレッシェンドして行き、音量もアップ、ワルツの旋律に乗って人びとは、ダンスというより、多くのスケーターが、見事にシュプールを描きながら、互いにぶつかることなく、滑り廻るイメージが浮かぶ程のリズミカルな演奏でした。これは、将にラヴェルの『ボレロ』に繋がる系譜の曲でした。手に汗握る一瞬の興奮を呼び起こす演奏でした。
予定曲を弾き終わったお二人は、手をつないで舞台を一回りして、惜しみない大拍手に湧く会場に、満遍なく挨拶回りしていました。その後再度舞台に現れた、アルゲリッチと海老さんは、左手のピアノに二人で仲良くすわり、アンコール曲を弾き始めました。低音側がアルゲリッチ、高音側が海老さんです。
しっとりとした調べがしめやかに流れ、厳かにゆっくりと時は流れました。宗教的な曲だと思いましたが、やはりバッハでした。
バッハ『神の時こそいと良きとき』BWV106だそうです。確か教会カンタータだったと思います。心が洗われる様な連弾演奏でした。
又大きな拍手。もうお終いだと思って、資料などを鞄にしまったりしていたら、再度ピアノの前に座って二人で何やら話しています。すると袖から男性が、楽譜をもって来て
急いで譜面台に載せました。二人は、楽譜を見て、"そうそう、これこれ" と言っている様子、会場は大いに湧き、再度アンコール曲が演奏されました。
今度は、すぐにモーツァルトと分かる旋律。『四手のためのピアノソナタニ長調K.381』でした。
とても気持ちが軽やかになって、帰路につくことが出来ました。