赤いトラックジャケットを着た細い男がふらりふらりと夜の街を徘徊するミュージックビデオを見たことがあるだろうか。
男はりきみのない歌声で
目が見えなくとも/姿 形 色が分かる/ような気がしている僕らじゃ/何も得る事はできないのだろう
と都会で生きる若者たちの心情を吐露している。その肩の力の抜けた洒脱さは、登場時から現在に至るまで、じわじわと時代を彩るナンバーとして支持されるようになった。
今回この記事で紹介するのは夜の東京の街をふらふらと徘徊する男・角舘健悟が首謀者の、都会におけるPOPの進化をテーマに活動する音楽集団Yogee New Waves(ヨギー・ニュー・ウェイブス)。2014年当時、キャッチーなメロディーとは裏腹に、どこか諦念を携える彼らの登場は、新しい時代の到来を告げているように思えた。
大学在学中だった彼らは、楽園を意味したアルバム『PARAISO』をリリースした頃から「シティポップ」を牽引する存在として音楽ファンからの熱い視線を注がれるようになる。2015年12月の『SUNSET TOWN e.p.』リリース時には、彼らをORIGINAL LOVEなどを筆頭に台頭した「渋谷系」や70年代半ばに登場した荒井由美や山下達郎などの「ニューミュージック」といった音楽を引き合いに、その系譜に連なるバンドとして語る人もでてくるなど時代の追い風を受けているようだった。
彼らと同年代のバンドに目を向けてみよう。2016年は何度も対バンを果たしているSuchmos(サチモス)は新しいe.p.を3枚、ネバヤンことnever young beach(ネバー・ヤング・ビーチ)は2ndアルバムをリリースし、ステージを一段飛ばしで駆け上る年でもあった。
Suchmosやネバヤンがブレイクを果たしていく一方で、Yogee New Wavesはメンバーの脱退や新メンバーが見つかることなく苦しんでいるように感じられることもなくはなかった。
最前線で時代の風を巻き起こした彼らは、昨年しばしの間そうした渦から離れながらも、不思議なことに着実にライブの動員数を伸ばし、ファンを拡大しつづけていた。
音楽、映画などあらゆるエンターテイメントの消費サイクルが短くなり、日々目の前に現れては過ぎ去っていく情報の洪水に溺れている現代において、彼らの音楽は心地よいBGMとして聞き流し、忘れ去られることなくファンの心を鷲掴みにしていったのだった。
今年5月におよそ2年半振りにリリースされた待望の2ndアルバム『WAVES』は、新作を待ちこがれていたファンから熱狂とともに迎えいれられた。
『PARAISO』リリース時からしばらくの間「シティポップ」の旗手として存在していた彼らは、2017年の今、どのようにリスナーから受け入れられているのか。2015年からこれまで筆者が行なった数回に渡るインタビューの引用とともに、一面で語ることのできないYogee New Wavesというバンドの魅力や特異性について考えていく。
一面で語れない人間の感情そのものを描き出す
Yogee New Wavesが1stアルバム『PARAISO』をリリースした2014年。インタビューのなかで角舘は「『PARAISO』というアルバムは家族やスタッフ・メンバーとこれからも楽しく活動できる場所を作ろうとしてできた」と語っていた。小学校時代からの幼馴染である矢澤直紀(Ba.)らと結成されたバンドは就職するか、音楽活動を続けていくかという迷いの中で、メンバーとできるだけ長く音楽活動を続けていきたいという願いを込めて、『楽園』を意味するタイトルを冠したアルバムをリリースしたのだった。チルウェイヴシーンのアーティストWashed Outが『Paracosm』というアルバムを出したときに感じた逃避的な願望と風通しのよさを感じた。
彼らの余裕を感じさせる佇まいや出で立ち『Climax Night』に表出するムードは、「東京生まれ・東京育ち」という角舘健悟のシティボーイ的なクールさがファッションなどの流行に絡めとられながら、時代の急先鋒として注目を集めていたのだった。
しかしながらつぶさにアルバムを捉えれば、モチーフになっていたのは異国や自然、日常から離れた土地で見た景色を自身の生活圏に持ち込み、日常から離れた場所で獲得した情感をトランスフォームするような楽曲群が並んでいることが理解できる。なんといっても白眉なのはミュージックビデオにもなったSF的詩世界が展開される『Hello Ethiopia』だ。
レーザービームはすぐに止めて/だけどあの子の息は止めないで/あの人の肌に触れて/平和を願った夜もあった
バンド名にも冠された波音からはじまるこの楽曲は、どこか異国の血なまぐさい過去と現在の景色が見え隠れする言葉の行間に潜む情感に、理解を越えたところで胸に訴えかけてくるものを感じた。2年前の7月、この曲の背景を知りたくなり角舘とともに東京を離れ、歌詞にもあるような海の見える灯台の側で撮影とインタビューを敢行していた。

近しい人の死に影響されている曲で、冒頭の波の音はその人にゆかりのある街の海辺の音をiPhone のボイスメモに取り込み、それを使った
彼はインタビュー時にこう語っていた。
なるほど、メロディーにギターのフレーズに、どこか異国情緒を感じられるのはそのためだったのか、と膝を打ったのだった。
そういえば先日、バンド史上最大のキャパとなる赤坂Blitzのライブを満員で終えた彼らが、裏ファイナルと題して沖縄のライブハウス・Outputでライブを行なっていた。ライブ冒頭沖縄初上陸と豪語していた角舘であったが、『Hello Ethiopia』を演奏したあとのMCでこう語っていた。
今『Hello Ethiopia』をやって、幼少期におじいちゃんと2人で沖縄に来たことを思い出した! 変なおじいちゃんだから、タクシーの運転手にひとまず1万円を渡して、海岸沿いを巡ってくれ!と無茶な注文を運転手にしたの。そんなふうにしながら、海を見た記憶があることを演奏していて思い出した。おじいちゃんは戦争で異国の地で兵隊としてかり出されていた。その頃の記憶を思い出すように海を見ては悲しそうにしている姿が印象的だった。その頃の記憶や思い出がこの曲には詰まってるんだよね。でも知ってる? エチオピアには海がないんだよ! (笑)
不可解とすら思える言葉の羅列がメロディーになり音楽として表現されたとき、言語や音だけでは伝わらない一つの情景を立ちあがらせることに成功している。これは楽曲を作る際、角舘本人が意識しない頃の記憶や感情までもを言葉やメロディーに閉じ込めることに成功しているからといえるのではないだろうか。
一個のライブ表現やアルバムで『こういうバンドですよ』とわかりやすいものを提示することは比較的簡単だし、ライブでも盛り上がりやすい。今は一つの角度からコンコンと鉄を打つように感情の一面を切り取って音楽を作っている人たちが多いけど、Yogee New Wavesは人間の感情そのものを表現しようとしている。喜怒哀楽があって、いろんな感情が音になっている。どんな感情もどんなお客さんもないがしろにしたくないし、同じ感情を使い回して表現したくはないんだよね
今回FUZEに記事を掲載するにあたって話を聞いた際に、角舘はこんなことを語っていた。一瞬のきらめきを切り取るだけでなく、そこに何かしらの感情の背景や彼自身のルーツとなるものを混ぜ込んでいく。一曲一曲に対する情報量が多いと感じるのは(ひょっとしたら筆が遅いのも)、彼がこうした手法を楽曲制作時に採用しているからといえるかもしれない。彼は浮かび上がった感情をすぐに音楽にしない。もっと根深くて揺るぎないものになるまで醸成させることを選んでいるのだ。
「怨念めいたもの」じゃないけれど、楽曲に込めたものが強ければ強い程その音楽は残ると思う
いつだったか、車を運転しながらこんなことを口にしていたときもあった。
ニヒリズムに抵抗する唯一にして最大の手段とは
『PARAISO』では自らの友人、家族に向けて「楽園のなかで楽しく過ごそうよ」という旨の作品を描いていたという。が、2015年12月に発売された『SUNSET TOWN e.p.』では、自らの音楽を聞いてくれているリスナーの存在を感じ取りながら制作されたようだった。e.p.のリード曲であり新作『WAVES』にも収録された「Like Sixteen Candles」では
思いは私に任せて/君は君のリズムを取れ/僕はすかさずギターを手に取るよ/この曲は君の曲になるんだろう
という強烈なヴァースを吐き出している。
『PARAISO』時に"伏し目がちだった"と自ら評す彼らの言葉と精神性はこの頃から逃避としての音楽ではなく、日常を生き抜くうえで鳴っている音楽の価値を見いだしていく。前任のギターであった松田光弘が抜け、音楽活動を続けるうえでさまざまな選択を余儀なくされた彼らは、それゆえに角舘健悟にサバイブするという行為に対する正しさを見いださせたのかもしれない。
4人の楽しいだけでやっている時期が過ぎ去ったみたいな気分があった。3人になったら今までのバランスが崩れちゃうかもしれないけど、それでもバンドを続けるという行為は「大人」になることを受け入れることでもあると思った
そして今年1月ベースの矢澤直紀の脱退するニュースが駆け巡ったとき、多くのファンはヒヤヒヤしたに違いない。Yogee New Wavesを五弦ベースでどっしりと支えていた彼が抜けることが、どんな方向にYogee New Wavesを導くのだろうか、と。

しかしながらそんなファンの心配をよそに脱退の翌日竹村郁哉(gt)と上野恒星(ba)を正式なメンバーとして迎え入れることを発表。そのお披露目となるライブを恵比寿リキッドル−ムで3月に披露するやいなやその不安は払拭されていくのだった。Jappersのメンバーとしても活動し、欧米のフォークやトラッド音楽に造詣の深い上野やブルースやジャズやファンクに影響を受けているBonちゃんこと竹村が正規メンバーとして加わったことで、バンドとしての体力と音楽としての厚みを見せている。
実は昨年11月に彼らは軽井沢の山奥で本アルバムのプリプロダクションとセッションを重ね、荒治療的に関係値とバンドとしてのグルーブを重ねていたのだった。フェスやライブの出演以外に表向き目立った活動がなかったYogee New Wavesはしっかりと地に根を張り、自分達が駆け抜ける準備をしていた。




発売されたアルバムから披露された『World is Mine』で
この街がいつかなくなってしまう前に 僕ら一緒に飛び立とうよ
と歌いあげる真意は、上澄みだけを掬いとることで漂白され形骸化しつつあるシティポップ・ムーブメントを笑い飛ばしているようにすら感じられるし、
世界は誰にも渡せないって 言ってたヒーロー逃げたろ
という歌詞はヒロイズムを押しつけられたミュージシャンそのものを象徴していると深読みしうる余地を残している。メロディーには布施明の『君は薔薇より美しい』といった昭和歌謡へのリスペクトを感じられるほか、ツイストなどテイストもある多面的なトラックになっている。
ピンチを乗り越えて、余裕綽々軽やかに新しい場所へと進もうとする心情を示すような軽快なナンバー『RIDE ON WAVE』にはじまり、パンクキッズさながらの『Dive Into the Honeytime』も新鮮な輝きがある。そして内省の森へ聞き手を連れ行くような楽曲群が並ぶ後半のトラックに進んでいく。
前作から確実に音楽の幅は豊かになっているのは、メンバーそれぞれの個性が上手くぶつかり合い、角舘自身の思想にバンドとして肉体がともない補完し、ぶつかり合いながら一個の塊になって誕生した楽曲群といえるかもしれない。
ファンのあいだで人気の高い8分弱に渡るトラック『HOW DO YOU FEEL?』で
息を吐くほど/歳をとるほど/君を知っていくんでしょう
と歌いかける。歩くような速度でビートは刻まれている。
Yogee New Wavesがいた未来に生きる僕らは、彼らの楽曲と一緒に歳をとっていく。Yogee New Wavesは愛すべき対象を見つめながら、楽曲とともに聴き手が年を重ねることをどこか直感しているように思える。
少し考えすぎかもしれないが、SF小説作家カート・ボネガットJr.が小説『タイタンの妖女』で、過去と現在と未来が同時に存在していて、その世界が永遠に繰り返すことを小説で表現したように、Yogee New Wavesの音楽も地球の誕生以来波が寄せては返していくように、それぞれの持ち場でサバイブしながら生きていくことや、しばし「日常」を離れて退屈のなかに身を置きながら物思いに耽ることを行ったり来たりしながら、過去と現在そして未来を繋いで音楽にしているようにすら思えるのだ。
俺は忘れっぽい人間で、なにか印象に残ったときはすぐさま言葉にしてメモを取っているんだけど、ほとんどそれを見返すことはない。だけど幾月か経たあとに、はたとその忘れていた感情や言葉に再び出会ったりする。そういう風に自分のなかに残ったものだけを言葉にして音楽にしている。いろんな音楽の聞き方・使い方があっていいと思うけど、俺の場合はいろんなジャンルの音楽を咀嚼して、聴いている人の心のドアをノックして開けたいんだよねぇ。前で踊っている人も、後ろのほうで腕を組んでいる人もどっちもないがしろにしたくないんだろうな
SNSに表層的な言葉が並んでは、水泡のように意識の外へと消え忘れ去っていく時代に、純粋さでもってして、長きに渡り心に残る感情を表すこそがニヒリスティックな時代に抵抗しうる唯一にして最強の手段だと彼らは信じ、賭けている。
時代のリーダーとしてSuchmosがシーンに風穴をあけ、腰が揺れる音楽を奏で、ネバヤンが一瞬のきらめきと日常のかけがえのなさを歌う姿を横目に、Yogee New Wavesは、弱さや後ろめたさを内包した人間そのものを音楽にする。なんて時間のかかることだろうか。
SNSのどこにも表出できない取りこぼしてしまいそうな感情と結びついて、キッズやかつてキッズだった人たちの純粋さに響いているのではないだろうか。かれらは人情深いフーテンの寅さんのごとく「生きることのおかしみ」を知っている人達の気持ちをそっと救いだし、肯定し背中を押してくれている。難しいことは抜きにして、まずは波に浮かぶようにまずは彼らの音にただ身を任せてみればいいのだ。

Yogee New Waves
『RIDE ON WAVE』2017年5月17日(水)リリース
初回盤[CD+LIVE DVD] ¥3,300(税抜価格)
通常盤[1CD] ¥2,300(税抜価格)
Track listing:
01. Ride on Wave
02. Fantasic Show (album ver.)
03. World is Mine
04. Dive Into the Honeytime
05. Understand
06. Intro (horo)
07. C.A.M.P.
08. Like Sixteen Candles
09. HOW DO YOU FEEL?
10. SAYONARAMATA
11. Boys & GirlsⅠ(Lovely Telephone Remix)
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