こんにちは、ジモコロ編集長の友光だんごです。本日は高知県にやって来ています。その目的は、そう……「カツオ」です。
高知といえば「カツオ」か「龍馬」が真っ先に挙がるのでは、というくらいの名物ですよね。旅行で来て、豪快に藁で焼いたカツオのタタキを食べたことがある人も多いはず。
僕も大好物です。カツオのタタキ。
さて、そんな高知で一番おいしいカツオを食べられる町があるのをご存知ですか? 高知空港から車で約1時間ほど、中土佐町(なかとさちょう)の「久礼(くれ)」というエリアです。
400年以上前から「カツオの一本釣り」が行われてきた漁師町で、漁港から市場の距離は車でわずか5分。新鮮そのもののカツオが食べられるとあって、高知県内でも「カツオの町」として知られています。
そんな久礼のポイントをまとめたのが、こちら。
<久礼のここがすごい>
・日本全国からおいしいカツオを食べに人が訪れる
・高知市内からも、わざわざカツオを食べに来る
・地元の人たちが「カツオの味」に超うるさい
・カツオ漁師が年収1000万!
・カツオを「稼げる食材」にした、レジェンド魚屋さんがいる
高知市内でカツオを食べて「東京よりも美味しい!」なんて言ってましたが、その上を行く世界があったんです。
「高知=カツオ」のイメージは全国的に知られているものの、「なぜ高知のカツオはおいしいのか?」の理由まで深く語られている記事は、意外とありません。しかし、久礼のレジェンド魚屋こと田中鮮魚店さんにお話を聞いていくと、知られざる「高知のカツオがおいしい理由」が見えてきたんです。
最後まで読めば、高知へカツオを食べに行きたくなること間違いなし。さあ、奥深きカツオの世界へどうぞ!
ここは「魚屋が試される町」
やってきたのは田中鮮魚店があるという「久礼大正町市場」。市場の入口にもカツオが掲げられてますね。
市場をしばらく進むと……ありました、田中鮮魚店。レジェンド魚屋さんはどの人だろう。
「こんにちは〜。高知で一番おいしいカツオを取材しに来たんですが」
「あ、社長ですね。いまちょうどカツオを捌いてます」
案内していただいた先に、いかにもレジェンド魚屋然とした男性の姿が!
こちらが田中鮮魚店の代表・田中隆博さん
「いらっしゃい! お待ちしてました。ちょうどカツオを捌いてたので、見ていきますか」
「お願いします!」
すると田中さん、さっそく新しいカツオを取り出し、
あっという間に、
ドン。ツヤッツヤのカツオの柵(サク)が完成!
「もうすでに美味しそうです」
「この時点で味を確認してます。色味や、触診したときの感触からわかるので」
「触診で味を???」
「カツオを触って味がわかるのは、高知の魚屋だけの技術じゃないですかね。僕の場合、味の最終確認は8割くらい、触診です。見た目もほら、こっちとこっちで全然違うでしょう?」
「あ〜、たしかに左のほうが白っぽい。素人目には言われたらわかるレベルですが」
「船で一本釣りされた後に氷で鮮度を保つんだけど、その氷の利きが弱いと白っぽくなるんです。あとは脂の多さとか。久礼ではカツオの味の見極めができないと、魚屋はやっていけませんね。地元の人のカツオに対する舌がすごく肥えてるから」
「このカツオはいまいちだな、とすぐバレてしまう?」
「もっと細かいね。一般の人にはわからないくらいの微妙な差だけど、久礼の人にはそれぞれ『好きなカツオの味』があるんです。だから常連さんには、この捌く段階でカツオを取り分けておきますね。この味はあそこのじいちゃん用だな、みたいな」
「そもそも、そんな『カツオの味の差』を意識したことがなかったです」
「あまり知られてないけど、カツオって一匹一匹で味が違う、すごく面白い魚なんですよ。さ、タタキ用に焼くところもお見せしますね」
焼きはわずか2〜3ミリ。保冷剤を頭に当てながら1日300本を焼く!
焼き場に着いた途端、どんどんカツオを焼き始める田中さん。
「気にせず質問してくださいね。今日の分を焼いちゃいたいので」
「1日どれくらいカツオを焼くんですか?」
「だいたい1日300本くらい。夏は保冷剤を頭に当てながら焼くんだけど、それでも何回か熱中症をやってますね」
「ここに立ってるだけで熱気がすごいですもん。真夏は戦場だ」
「カツオの焼き加減はこだわりがあるんですか?」
「藁焼きには大きく二種類あって、ひとつは藁の煙でスモークして、燻製にするところ。うちの場合は、大きく火を立てて焦がすための燃料として藁を使ってる感じかな。すぐ着火するように、藁の下には四万十の間伐材も入れてます」
話しながらも次々とカツオを火に入れていく田中さん
「焼く時間はほんとに一瞬ですね。見極めが難しそう」
「焼きを大体、2〜3ミリくらい入れたいんです。これはこの辺りの土地の焼き方で、もっと焼く地域は6ミリぐらいまで火を入れる。久礼は漁師さんたちが多くて、大体が刺身で食べるから、中の赤い色を綺麗に残すんですね」
表面は焦げてるけど、中はしっかり赤いまま
「焼きの担当は田中さんだけですか?」
「別の人間がやることもあります。ただ、どうしても人によって焼き方の癖があって、仕上がりが多少違うんだよね。それぞれにお得意さんがいるので、無理やり同じに揃えることもしてないですけど」
「カツオ自体の味に加えて、焼き方にも好みが。すごい変数だ」
「カツオは5〜6月が『初ガツオ』、9〜11月が『戻りガツオ』と年に二回の旬があるから、そこでも細かな好みがあったりしますね。『初ガツオのこういう味が好き』みたいな。ぜひ実際に食べていってください」
「食べたいです!!!」
久礼のカツオで「生臭さ」を感じたことはない⁉︎
ということで、待望の実食。まずは刺身からいただきます。
「いまは戻りガツオの時期なので、ちょっとサイズも大きめですかね」
「なんて美しい色……いただきます」
「うま!!!!!!」
「普段食べてるカツオと全然別物でした……特に食感が。ねっとりしてて、めちゃくちゃおいしい。あとは全然生臭くないですね。東京のスーパーとかでカツオの刺身を食べると、あとで生臭さを感じることがあって」
「そう聞きますけど、僕は久礼のカツオをずっと食べてて、生臭さって感じたことがないですね(笑)」
「あの風味はカツオの特徴と思ってたけど、本当のカツオを知らなかっただけだった……」
「タタキもいってみてください。田中鮮魚店オリジナルの塩があるので、これと薬味を添えて」
「うま〜〜〜〜〜〜〜!!!!! タタキもやばいですね。刺身も最高だけど、やっぱりタタキも好きだな〜〜」
「昔は山の中にある集落へカツオを運ぶのに1〜2日かかってた。だから、そっちへ住んでる農家さんは殺菌の意味も込めて、カツオを藁で燻して焼いて食べてたと言われてますね。農家に藁はたくさんあるからね」
「それがタタキのルーツ!」
「ミョウガや大葉なんかの薬味は、毒消しの意味があったんじゃないかな。さらに、高知でたくさんとれる柚子でつくったお酢をジャブジャブつけて。その汁をなじませるために、包丁の背で叩いてたのが『タタキ』の語源のひとつとも言われてるね」
「へえ〜〜〜。新鮮なままカツオを輸送するのが難しかった時代に、それでも美味しく食べるための方法がタタキだったんですね。でも、こんな美味しいタタキを食べちゃうと、もう東京の居酒屋では食べられなくなっちゃいそうです」
「そう言って、遠方から久礼に食べに来る人も多いですよ」
「同じ赤身の魚のマグロと比べても、カツオの味はすごく多様性があるんです」
「マグロのほうが味が一定なんですか?」
「はい。マグロの場合、氷をちゃんと利かせて保存すれば、個体ごとの味の違いはそんなに出ない。カツオのほうは20本あったら全部バラバラ。その味の違いを楽しむ魚だと思います」
「へー!! 毎日食べられるのはカツオのほうというか」
「まさにそう。マグロを毎日食べてたら飽きちゃうんじゃないかな」
「今でこそ『カツオは味の多様性がある』なんて言ってますけど、昔は久礼の魚屋もここまで味のレベルにこだわってなかったんです。『昨日のカツオ、臭かったぞ!』と言われても『ああ悪い悪い、でもカツオやから!』みたいな」
「そもそも味のブレがある魚だし、仕方ないと」
「だからカツオが安かったんです。当たり外れがあるものに、人は高いお金を出さないでしょう。それを、僕の代からちゃんと味のレベルを一定以上にして、カツオの値段を徐々に上げたんです。そしたら『久礼のカツオは美味しい』となって、地元の漁師も儲かるようになっていった」
「その話、詳しく聞きたいです!」
カツオの値段を倍にしたら、漁師の年収も1000万円を超えた
「実際、カツオの値段は昔と比べてどれくらい変わったんですか?」
「昔は1本で、競りの値段が大体3000〜4000円くらい。それが今だと7000円くらい」
「ほぼ倍になってる! そのために田中さんが変えたことは、カツオの味を安定させて、高く買ってもらうようにした?」
「そうやね。具体的に言うと、まずいカツオ、ハズレのカツオをちゃんと除けるようにしたんです。さっきみたいに捌くときにちゃんと見て、触診して、一定のライン以下のカツオは刺身やタタキ用から外しました」
「捌く時に味をチェックしてたのは、そのためだったんですね」
「全体の15%くらいがハズレのカツオになるんやけど、それを全部捨てるのはもったいない。だから、ハズレのカツオも塩を入れて茹でたり、干して削り節にしたり、別の商品として売るようにしました。加工すればちゃんと美味しくなるからね」
臭みや硬さのあるハズレのカツオは「ゴシ(ゲジ)」と呼ばれる。そうした田中鮮魚店で出たゴシを使い、土佐市宇佐町にある創業150年の鰹節店「浜吉ヤ」で加工した「THEタナカのツマミ」は人気商品に
「もともと久礼では、刺身やタタキに使う『赤身』以外の部位も美味しくいただく文化があるんです。『チチコ』と呼ばれる心臓は生姜煮にしたり、中骨は出汁をとって煮物に使ったり。カツオの頭は近くの漁師さんに渡して、伊勢海老やタコの漁の餌にしてます」
「カツオで伊勢海老を釣る! 豪華すぎることわざだ」
「食いつきがいいらしいですよ(笑)。こういうカツオの資源循環は、ここ久礼では、昔から当たり前に存在したんだけどね」
骨や内臓などの『アラ』は地元の農家さんが肥料にして使うそう
「田中さんが家業を継いだとき、どんな状況だったんですか?」
「久礼の魚屋は、みんな目利きの技術は持ってたんです。でも、いいカツオも悪いカツオも売ってしまうから、逆にカツオの価値が上がらない悪循環に入ってしまってた。僕は一度、商社でサラリーマンをやってたから、売り方を変えればオンリーワンになれると思って、そこに絞ったんですね」
「なるほど。カツオが高く売れるようになると、漁師さんからも高く買えるようになりますよね」
「親父のときもけして漁師さんから買い叩いてたわけじゃないけど、カツオが安い魚になってしまってたから。当時は1kg200〜300円くらいが買値で、800〜900円で売っていた。それが今は500〜600円で買って、1400〜1500円で売ってる。ほぼ倍だよね」
「すごいですね! そしたら漁師さんにも還元されて……」
「漁師さんの所得も倍になって、年収1000万円を超える人がゴロゴロいます。こんな田舎でそれだけ稼げる仕事は数えるほどだけど、漁師は30〜40代でもそれくらい稼ぐ人がいますね」
「夢がある! カツオドリームだ。もともとあった『カツオ』という特産品の売り方を変えることで、地域もちゃんと稼げるようになっていったんだなあ」
カツオの漁獲量は減少してるけど、久礼が大丈夫な理由とは
「カツオの消費のされ方って、昔と今で変化してるんでしょうか?」
「昭和の頃、東北に大きいカツオ漁の商業港ができたんだよね。気仙沼が有名かな。もともとカツオ漁が盛んだった高知の大きな船も、みんなそっちへ行って、高知へ帰って来なくなっちゃった。大消費地が近いからね」
「経済の論理で移動が起きた……」
カツオ漁は、大きく分けて二種類ある
「どんどんカツオ漁船が東北へ移ったのに、久礼でカツオ漁が続いた理由はなんだったんでしょう?」
「こっちは7〜8人乗りの小型船で、土佐沖だけをピストンで釣るやり方だったから。大型船がトレーラーだとすると、こっちは軽トラくらい(笑)。燃料も多く積めないから、基本的には日戻りで帰ってくる。だから一回にとれるカツオの量も限界があるんだけど、それでよかったんです」
「それはなぜ?」
「久礼のカツオを扱う魚屋さんはだいたい40〜50軒くらいで、1日に3〜5トンくらい上がれば十分なんです。それ以上獲ってこられても売れないからね」
「なるほど! 久礼では小さい規模のままでよかったんだ。新鮮なカツオを新鮮なまま食べるって文化があるから、そもそも、その日のぶんがあればいい。それで大型化する時代の流れとは真逆をいったと」
「気仙沼の大型船だと、1〜2tの漁獲量で帰ってきたら大赤字。でも、久礼の小さな船だと1k500円でカツオが売れれば、2tで100万円。燃料代と会社にストックする金額が30万あればいいから、残りの70万円を船に乗ってる7人で分けると日当10万円。悪くないでしょう?」
「年間100日漁に出れば、年収1000万円!!! そんなに簡単な計算じゃないにせよ、『稼げる』のは本当ですね」
「来る前にネットで調べてたら、カツオの一本釣りの漁獲量は世界的に見て落ちてるんですよね。久礼で影響はないんですか?」
「全体では落ちてるんだけど、高知県が20年前に土佐沖に人工魚礁をつくったんです。特に『黒潮牧場』ができたおかげで、黒潮に沿って和歌山のほうへ一気に抜けてたカツオの群れが、高知沖で止まるようになった」
「魚礁を人工で!」
「その後、高知の近海では徐々に漁獲量が増えてきて、ここ4〜5年ですごく安定しました。元々が大量に獲るやり方でもないから、一回の漁で1tくらいは安定してとれますね」
「ちゃんと行政が手を打っていて、その成果が出てる。すごいですね」
「全体的にカツオが減ってる分、魚価は高くなってます。特に鮮度のいいカツオは高価になってるから、より漁師さんの所得も上がった。年収1000万円超えが出てきたのも4〜5年前からですね。それまでは『命懸けの仕事で年収500万円だとサラリーマンのほうがマシ』ってやめちゃう人も多かった」
「小型船で漁をしていたことが、結果として時代と合ってきたんですね。いまは水産資源のとりすぎにも敏感になってますし」
「僕らは昭和の時代のやり方を、たまたま一足先に抜けられてたんですね」
久礼はなぜ「カツオの町」になった?
「ここまでの話の根っこには『久礼の人がカツオの味に超うるさい』があるのが面白いなと思います。ちゃんと美味しいカツオならお金を出してでも買う人がいたから、今の状況ができてますよね」
「久礼に限らず、昔の魚屋さんは目利きはできてたと思う。でも、目利きしなくても売れる時代だったんだよね。十分、店がやっていけてた」
「気仙沼のほうには、高知ほどのカツオ文化はないんでしょうか?」
「うーん、もちろんカツオの味の違いがはっきりわかれば、お金を出す人はいると思うよ。でも、もともとカツオを刺身で食べる文化がないから、常時お店で出すところは少ないと聞くね」
「もともと食べる文化がない。そうか、カツオが水揚げされるようになったのも、大きな商業港ができたから……」
「理由が『経済』だから、文化として根付くのはなかなか難しいのかもね。高知の場合、カツオを食べながら暮らしてるから。水揚げが多い時には漁師さんたちが配ってくれて、嫌でも毎日食べなきゃいけない、みたいな環境(笑)。だから今日は刺身、明日はタタキ……みたいに美味しい食べ方を自分で考えてきた」
「それだけ食べる機会が多いから、細かい味の好みも自然と生まれますよね。それがまさに『食文化』なのかも……」
「経済が優先されてたら、久礼の競りみたいに1、2本しか買わない人の相手までしてくれないと思うよ」
「そんな人もいるんですね!」
「居酒屋の人もいるし、じいちゃんばあちゃんも一本ずつ買っていったりする。市場の人も『おばあちゃん、はよ決めよ、決めてから入札しいや』って待ってくれてね(笑)」
「そんな光景が(笑)」
「何トンも買って東京や大阪へ送ってくれるお客さんのほうが、カツオも捌けるし本来はありがたい。そういう人に合わせると、競りは夕方になるんだよね。夕方にカツオを買って、そこからトラックを走らせるから。でも、久礼の競りは毎朝6時半なんです」
「それは地元の人に合わせて?」
「そう。魚屋さんも居酒屋さんも夕方までお店が忙しいから、夕方の競りだと来るのが難しい。小さな商売人の人らが困らないように、もう50年以上、競りの時間は変わってない」
「それも、ものさしが『経済』じゃなく『文化』のほうにあるというか。だからカツオの食文化も残ってるんですね……」
「その結果、今や全国からこの市場へ美味しいカツオを食べに人が来てくれて、観光資源にもなった。あとは漁師のなり手が増えてくれたらいいね。適性もあると思うけど、稼げる仕事なんだとわかったら、なりたい人もきっといると思うから」
「この記事でもまさに伝えたいですね!」
「この辺はサーフィンも盛んなんだけど、うちのスタッフも『ちょっと今日いいですか?』って早抜けしてサーフィンに行ったりしてる。都会の暮らしが合わないけど、サーフィンやりながら漁師したい、みたいな人とかね」
「毎日こんなに美味しいカツオも食べられるし。興味が沸いた人は、とにかく一度、久礼に遊びに来て欲しいです!」
おわりに
カツオをこよなく愛する地元の人の文化も、無駄なく必要な分だけ獲る一本釣りも、元々ずっと久礼にあったもの。元々あるものを活かして「売り方」だけを変えたような田中さんのやり方は、今の日本において大きなヒントが詰まっていると感じた取材でした。
とにかく久礼のカツオは本当に美味しいので、これだけを食べに高知へ旅行しても損はしない、と言い切れるくらいです。気になった人はぜひ体験してみてください!
取材協力:田中鮮魚店 https://www.tanakatuo.com/
☆今シーズンの「戻りガツオの藁焼きタタキ」EC発送は11/30まで。注文はお早めに!
編集:徳谷柿次郎(Huuuu)
撮影:小林直博