山古志住民会議が販売したNFT作品第1弾。実際の作品は後掲のGIFファイル。Okazz’s work "Colored Carp"
提供:山古志住民会議
人口わずか800人ほどの限界集落が、「ふるさと」の生き残りをかけて取り組んでいる挑戦に、注目が集まっている。
挑戦者は、新潟県長岡市山古志地域で活動する「山古志住民会議」の人々だ。
山古志が誇る「錦鯉」アートのNFT販売、デジタル住民票発行、デジタル村民総選挙の実施……。
過疎化の著しい限界集落が、なぜそうした最先端テクノロジーを取り入れることができたのか。そこには、「集落存亡」に対する強い危機感があった。
中越地震で全村避難
世界中に愛好家を持つ錦鯉の産地として名高い山古志地区は、2004年10月23日の新潟県中越地震で深刻な被害を受けた。集落の各所で地すべりが発生し、地震発生2日後、住民全員がヘリコプターで集落外へ「全村避難」した。
当時、山古志村(現在の長岡市山古志地域:2005年に長岡市に編入合併)には約2200人が暮らしていたという。
山古志住民会議の代表、竹内春華さんはこう振り返る。
「(村外の)仮設住宅から山古志に戻ってきたのは約1600人。子育て世代の人たちもたくさんいました。戻った住民は今も暮らし続けています。ただ、進学や就職などで徐々に減っていったんです」(竹内さん)
山古志住民会議代表の竹内春華さん。
オンライン取材よりキャプチャ
65歳以上の高齢者の人口は、2021年に55%を超えた。
山古志村近くの集落出身だった竹内さんは、地震直後から復興に携わり、2007年に発足した山古志住民会議にも参加。以来、足掛け16年にわたって仲間たちとともに活動してきた。
財源打ち切りの危機
この間、ツアーやイベントなど、山古志の住民とともに「あらゆることにチャレンジした」という竹内さん。その彼女が「最後にどうしてもやりたかったプロジェクト」が、VRなどのテクノロジーを使って、山古志の関係人口創出を図ろうというものだった。
「最後」となる理由は、財源の打ち切りだ。
「地域住民のチャレンジをサポートする『地域復興支援制度』が2021年度末に終了することになり、人件費を捻出できなくなったんです」(竹内さん)
それでも、竹内さんたち住民会議のメンバーは諦めなかった。山古志の人たちの気概や生き様にほれ込んでいたからだ。
「山古志の人たちって、生き様がカッコいいんです。ありのままの山古志に誇りを持って、山古志での生活を楽しんでいる。そういう人たちが築き上げてきた文化や歴史、スピリットに共感してくれる人たちを増やし、新しい山古志コミュニティのようなものを一緒に作りたいと思ったんです」(竹内さん)
流行りのテクノロジーが「異例」の市・公認プロジェクトに
住民会議の自主財源をはたいてでも実現したい。そう思った竹内さんたちは企画書を作り、VRやメタバースのプラットフォームを持つ企業や関係者、大手代理店を回った。億単位の資金が必要だと言われ、くじけそうにもなった。
そんな中でたどり着いたのが、全国各地で新たなコミュニティ作りを仕掛けているNext Commons Lab(ネクスト・コモンズ・ラボ)の林篤志さんだった。
「最後に挑戦するなら、林さんとやりたい」。そんな思いで竹内さんが林さんに相談し始めたのが2021年の2月ごろ。それから数カ月後、竹内さんたちのもとに朗報が届いた。
「住民会議でまとめた企画が通って、国の交付金をもらえることになったんです。しかも、住民会議のメンバーがこのプロジェクトを成功させようと奔走し、長岡市から補助金を獲得。私の人件費も捻出してくれたんです」(竹内さん)
交付決定を林さんに伝えると、「NFTやブロックチェーンの最先端で活躍しているという、TARTの高瀬俊明さんを紹介してくれた」(竹内さん)。林さん、高瀬さんという2人のアドバイザーを得て、プロジェクトはフルスピードで動き始めた。
林さんが出したアイデアは、NFT技術を使ったデジタルアートを山古志地域の電子住民票として発行する仕組みだった。
例えるとしたら、北欧バルト三国の一つ、エストニアが2014年に世界で初めて導入した「電子国民プログラム」が近い、と林さんは言う。エストニアのプログラムではオンライン登録によってIDを発行し、国民・住民でなくてもエストニアの行政サービスの一部を受けられる。すでに、世界で約9万人、日本からも約3300人が登録している。
電子住民票とNFTという最先端のテクノロジーを組み合わせたプロジェクトに、果たして自治体がゴーサインを出すだろうか。林さんは当初、半信半疑だったという。というのも、日本はおろか、世界でもまだ前例がなかったからだ。
「NFTといういわば流行りのテクノロジーを地方で実装するのは、そう簡単なことではありません。ところが、竹内さんはじめ住民会議の方々にアイデアを説明したら、結構すんなり『やってみよう!』ということになった。結果、長岡市も受け入れ、長岡市公認プロジェクトとして動き始めたんです。正直、驚愕でした」(林さん)
山古志NFTプロジェクトのプロジェクトアドバイザーを務める林篤志さん。
オンライン取材よりキャプチャ
テクノロジーで課題解決が可能に
世界初の試みを動かしたのは、住民の心に根付く「アイデンティティの強さ」ではないか、と林さんは振り返る。
かつての山古志村は行政区分上なくなり、現在は長岡市の一部になっている。人口流出、少子・高齢化と、いわば過疎化の典型のような地域だ。それでも、山古志の人間であるというアイデンティティは失いたくない。
「NFTというブロックチェーンの技術を使えば、山古志の住民であるということを世界に証明できる。それが、住民の人たちの思いと合致したんだと思います」(林さん)
林さんは、そのアイデンティティを体現するモチーフとして、山古志が誇る「錦鯉」を使うことにした。
独自財源でプロジェクトを実施
山古志住民会議は2021年12月、発行するNFTに錦鯉の英名「Colored Carp」と名付け、第1弾のデジタルアート作品を発売した。
山古志住民会議のNFT作品第1弾。購入したデジタル住民とは日々、コミュニティチャット上で、さまざまな意見を交わしている。年末年始には、あるデジタル住民が、山古志に「リアル帰省」したという。Okazz’s work "Colored Carp"
提供:山古志住民会議
この作品は、山古志地域の電子住民票を兼ねている。
既存の住民票やマイナンバーとの接続はないものの、「デジタル住民」と山古志の「リアル住民」がつながり、地域課題の解決、関係人口の創出につなげていくことが狙いだ。しかも、それらの活動を、NFTの販売収益という独自財源で進める。
第1弾のデジタルアートの購入者は約350人。収益は仮想通貨イーサリアムの価格によって変動するが、3月の時点で400万円程度になっている。
購入者の反応は、やや意外なものだったという。
「初めてNFTを購入したという人が4割もいたんです。NFTにそれほど興味はなかったけど、初めて購入したいと思うNFTが出てきたという声もありました」(林さん)
しかも、NFTのデジタルアートにありがちな、転売目的で購入する人もゼロ(2月末現在)。販売数が増えるにつれて転売される例が出てくる可能性もあるが、通常のNFTとは異なる文脈で関心を集めていることがうかがえる。
「山古志住民会議の本来の目的だった関係人口、コミュニティの創出につながっています」(林さん)
アイデア募集しデジタル総選挙
デジタル住民たちは日々、専用のコミュニティチャット(Discord)上でさまざまな意見を交わしている。
そこから生まれたプロジェクトが、「山古志デジタル村民総選挙」だ。
山古志を盛り上げる事業プランをデジタル住民から募り、各プランについてチャット上でオープンに議論、それを踏まえてデジタル住民が投票する。当選したプロジェクトの活動予算として、第1弾のデジタルアートの売り上げの約3割を充てるというものだ。
提案されたプランの中には、山古志をリアルで体験するものが少なくなかった。
例えば、山古志に滞在して地域住民と交流、そこで撮影した写真をNFTとして販売するプラン。また、NFTアーティストたちが山古志で即興作品を作り、それをNFTとして販売するという案もあった。
2022年2月下旬に行われた総選挙では、この2つを含め、4つのプロジェクトが「当選」。今後、提案者のプロジェクトオーナーを含め、公開ミーティングを重ねながら実現に向けて詰めていくという。
2022年3月に発売開始したNFT作品第2弾。raf’s work:Generative patterns "NISHIKIGOI"
提供:山古志住民会議
2022年3月9日には、第2弾のデジタルアート作品を発売。直後から購入が相次ぎ、デジタル住民の数はついに山古志地区のリアル住民(約800人)を超えたという。
「林さんをはじめこのプロジェクトの実装に力を尽くしてくれる皆さん、そしてデジタル住民の皆さん。仲間がどんどん増えてきている実感がありますね。ありがたいです」(竹内さん)
林さんは、山古志NFTプロジェクトの意義についてこう語る。
「住民の人たちが、テクノロジーに詳しい必要はないんです。地域のこの課題を解決したい、こんな地域にしたい。それさえ明確にあれば、テクノロジーによって実現できることも多いんです。山古志のプロジェクトは、その好事例だと思っています」(林さん)
(文・湯田陽子)