令状なしの「GPS捜査」を違法とした3月15日の最高裁大法廷判決は、GPS捜査のあり方についても、立法で整備することが望ましいと踏み込んだ「歴史的」ともいえる内容だった。判決を受け、警察庁は全国の警察にGPS捜査の自粛を指示した。
警察のGPS捜査はこれまで、その実態がほとんど知られてこなかった。捜査書類にGPSを使ったことを書かないなど、秘密にしてきたからだ。
その存在を明るみにし、警察の捜査に「待った」をかけた弁護団の6人は、いずれも法科大学院を経て弁護士になった、キャリア10年未満の若手だ。メンバーは62期(2009年12月、司法修習修了)の亀石倫子(主任)、小林賢介、西村啓、小野俊介、舘康祐と64期の我妻路人の各弁護士。事件を担当し始めたときは、弁護士になって4年ほどだったという。
1人分の弁護料を6人で分け合い、ほとんど手弁当で3年近く戦ってきた。「経験が浅いので、法科大学院で学んだ憲法や刑事訴訟法の基本に忠実に、事件と向き合ってきた」(亀石弁護士)という、彼らの歩みを振り返りたい。
●「GPS捜査のこと、知らなかった」
そもそも、この裁判は2012~13年に、集団で店舗荒らしを繰り返し、窃盗などの罪で起訴された男性被告人(45)の刑事裁判だった。大阪府警は約7カ月間、被告人らの車両19台にGPS端末を設置し、捜査を続けた。
逮捕された男性から最初に依頼を受けたのは、亀石弁護士だ。当時所属していた事務所の先輩弁護士が担当するはずだったが、スケジュールの都合で亀石弁護士に回ってきたという。男性からは、警察からGPS捜査を受けたこと、手元には残っていないが実物も見つけたことを相談されたそうだ。
当初、亀石弁護士は、GPS捜査のことをまったく知らなかったと言う。「調べてみたら、アメリカでは2012年に違憲判決が出ているのに、日本では裁判例すらなかった。これは大変なことなんじゃないかと思った」
GPS捜査があったことを確信したのは、公判前整理手続で出てきた証拠の中に、13時間にわたって、犯行グループ4人の行動を追跡した捜査資料が出てきたとき。「GPS」の文字はなかったが、「絶対GPSを使わないとできないと思った」という。
●弁護団の結成「権力の暴走」危惧
しかし、「類型証拠」の開示を求めたものの、GPS捜査をはっきりと示す手掛かりは出てこない。そこで亀石弁護士は、「予定主張」にGPS捜査のことを書き、「主張関連証拠」の開示を求めた。検察が反応し、警察にGPS捜査の有無を確認したことで、初めてGPS捜査があったことが明らかになった。
「これでGPS捜査の違法性が正面から問題になると思った。GPSに関する証拠を集めて、実態を解明しないといけない。自分1人の手には負えない」。亀石弁護士は同期の弁護士や後輩に声をかけ、仲間を集めた。2014年6月弁護団が結成された。
弁護団は多いときで週1回程度、顔を合わせ、GPS捜査の実態解明に向けてアイデアを出し合ってきた。警察と同じGPS端末を借り、車を使ってその精度を確かめたこともあった。警察が立ち入った場所を実際に訪れ、内部資料の公開も求めてきた。マスコミも注目し、各地の裁判所でGPS捜査の違法性が判断され始めた。謎とされてきたGPS捜査の輪郭が少しずつ明らかになっていった。
弁護団を駆り立てたのは、「権力の暴走」に対する危惧だ。今回の事件では、GPS端末が被告人だけでなく、事件に関係ない交際相手の車にもつけられていたという。バイクに設置された端末は、パーツを1度取り外してつけられていた。さらに亀石弁護士によると、GPS端末はバッテリーがもたないため、2~3日で取り換える必要があるのだという。
捜査のためとはいえ、令状なく他人の所有物をいじっても良いのか、勝手に私有地に入ってよいのか。そもそも、捜査対象が犯人でなかったらどうするのか。取り付けられる対象が拡大する可能性はないのか――。基準はすべて国民から隠され、警察内部のルールのみで運用されていた。
●GPS捜査の「否定」ではなく、「ルールづくり」求める
今回の判決を受け、GPS捜査ができないことで、治安の悪化を懸念する声もある。しかし、弁護団はGPS捜査そのものを否定しているわけではない。求めてきたのは、ルールづくりだ。
「警察は犯罪捜査のために、GPS捜査がどうしても必要という。だけど、警察のルールだけで運用するのは危険。被疑者・被告人だけの問題ではなくなる可能性がある」(亀石弁護士)
また、GPSで位置が分かっても、何をしているかまでは分からない、という声も少なくない。しかし、誰がいつどこにいるかが重要な意味を持つことはままある。今回の事件では、ラブホテルへの立ち入りを示すGPSの記録もあった。
最高裁は弁護団の主張をほぼ認め、憲法35条に照らして、GPS捜査が「個人の行動を継続的、網羅的に把握する」ことからプライバシーを侵害しうると認定。そうした端末を「ひそかに」取り付ける点で、尾行や張り込みなどの「任意捜査」とは異なる「強制捜査」と判断した。今後はGPS捜査について、早急な立法が求められる。
●弁護団からは「自信になる」「今後の指針に」の声
判決後の記者会見で、主任弁護人の亀石弁護士は、「新しい捜査手法と人権とのバランスが問題になるケースで、必ず参照されるリーディングケースになる」と判決に満足した様子だった。
裁判官15人全員で構成される最高裁大法廷は、年数回しか開廷されず、誰でも立てる場所ではない。その舞台で、画期的な判決を勝ち取った若き弁護士たち。
弁護団の小林弁護士は「経験が浅くても、徹底的に調べて主張すれば、認められるのだと自信になった」、西村弁護士は「利益に関係なく、意義ある裁判で結果を残したいと思ってきた。とても大きな場所で実現できたので、今後の指針になる」と語り、笑顔を見せていた。